CASE2

愛の始まり、悪意の育ち



 俺と碧花は、こんな言い方をすると紛らわしいが、殆ど行動を共にしている。ここで勘違いしないでもらいたいのは、俺達は決して恋人でも何でもないという事だ。いや、そう考えてくれる方が、俺的には嬉しいが。碧花からすれば溜まったものではない筈。


「一目見た時から好きでした! 俺と……付き合って下さい!」


「―――悪いけど、君の事を良く知らないんだ。そのお願いには応えられない」


 校内で一番の美人と呼ばれる存在、それが彼女こと、水鏡碧花。そのスタイルは高校生とは思えない程抜群で、その辺のグラビアアイドルよりも、彼女を見ていた方が……という男は後が絶えない。俗な言い方をすれば、現役JKの癖に大人顔負けのスタイルを持っているという事である。その影響か碧花を彼女にしたいと思う男は数多くいて、一部の先生も彼女に恋愛感情を抱いているのでは……という噂もある。こればかりは噂だが、事実のみを語るとしても彼女は成績優秀だ。好意的でない先生が一体何処に居るのだろうか。


 一方で俺。首狩り族こと首藤狩也。決して顔面凶器と揶揄される程崩壊した顔ではないが、かといってイケメンとも言えない。正に地味、地味の中の地味。地味オブ地味。彼女欲しさに普段から外見の手入れは欠かさないが、それでもこう…………何かが足りない。原因は分からないが、取り敢えず言えるのは、俺の外見と碧花の外見が釣り合っているなんて可能性は、天地がひっくり返ってもあり得ないという事だ。


 以上の理由から、俺と碧花は恋人ではない。度々勘違いされる事があるが、本当に違う。単に一緒に居るだけだ。とはいえ…………彼女と二人で海に行った際、周りが釘付けになってしまった彼女の水着姿は、未だに俺以外が目撃した例を知らない。誰かが目撃していようものなら一枚くらいは写真を撮っている筈なので、それで学校が一度も盛り上がっていない時点であり得ない。そういう意味で言えば、彼女の隣に居る俺は、中々どうして幸運なのかもしれない。


 一年生と思わしき男子が泣きながら走り去ったのを見送ってから、俺は携帯に目をやった。



『また告白かよ』



 直ぐ返信が来た。



『見てたのかい?』


『屋上からな』


『暇みたいだね。私もそっちに行って良いかな』


『おうよ』



 今月に入ってニ十回目くらいだったか。情報は出回っているだろうに、どうしてここまで玉砕覚悟の人間が消えないのだろう。『叶わぬと知っても尚』とだけ言えば聞こえは良いが、叶わないものを求め続ける事に意味があるとは思えない。ゼロはゼロだ。それを求めた所でゼロならばお話にならない。


 だから俺は碧花に告る事はしない。こんな美人が常に隣に居て、恋心を抱かない俺ではないが、彼女はあまりにも高嶺の花過ぎて、失敗するか否かが分かり切っているのだ。むしろ今までの関係を壊すだけの結果になりそうだから、俺はこのまま友人としての関係を継続する。碧花もきっと、それを望んでいる。


「お待たせ」


 ここは屋上で、一階から階段を使うとなればもう少し時間がかかると思ったのだが。碧花には特に疲労の様子もなく、その手には二つのコーヒー牛乳が握られている。「飲むかい?」と聞かれたので、俺は受け取る事にした。


 碧花が隣に座って、紙パックにストローを通した。


「今回もお前のお眼鏡にかなわなかったのか?」


「まあね。そもそも私は一目惚れなんてものを信じていない。その人の事を良く知りもしないのに好きになるなんておかしな事さ。君もそうは思わないかい?」


「いや、まあそうは……思うけどさ。だったら言い方ってものがあるだろ、『友達から宜しく』とか、『まずは連絡先を交換するだけ』とか。それをお前、泣かせちまって。良かったのか?」


 高校生とはいえ、その体つきは部活などにも因るかもしれないが大人と大差ないものである。大の大人とは言わずとも、中々に巨体の高校生が涙を流して走り去っていく様など誰が見たい。


 それが、勝負などで敗北した際の悔し涙であれば許せるかもしれない。だが失恋だ、それは恥ずかしい。かっこよくも無ければ、悲しさも感じない。人から見れば惨めにしか映らない。


 分かりやすく考えてみよう。『落ちこぼれの野球部が成り上がって、遂には全国の決勝戦まで上り詰めるも敗北。涙ながらに卒業式を迎える三年生』という展開と、『スクールカースト最底辺の男が学園のマドンナに卒業式直前に告白。あえなく玉砕』という展開。どちらがドラマとして向いているか。言うまでもなく前者だ。後者は只々、惨めである。


 貰っておきながら飲まないという選択肢はないので、俺も同じようにストローを通す。碧花は素っ気ない口調で言った。


「どうして良く知りもしない人にそんな善意を向けなければならないんだい? 私は別に、告白してきた人と友達になりたいとは思っていないし、連絡先も欲しいとは思っていない。気を利かせる必要なんて無いと思うんだけど」


「そりゃあそうだけど! やっぱりそこは女としての優しさをだな…………!」


「意味があるとは思えないね。大体、断った癖に優しさを見せるなんて卑怯じゃないか。そんな事をしたら、またその人が告白してくるかもしれない。私だって悪人じゃないんだ、恨みも無い人を深く傷つける事なんてしないよ。一度断ると決めたら、徹底的に相手を拒絶して嫌いになってもらわないと。それもある意味、優しさだよ。守る事だけが守護じゃないってね。昔の偉い人は言ったものさ」


「偉い人? 誰だよ」


「さあ、私は知らないけどね」


「何で引用したんだよ!」


 やはり碧花の感性はズレているというか何と言うか。理由を聞けば確かにそうなのだが、人情の部分で考えると非常に納得しない理屈と言わざるを得ない。誰が碧花に告白しようと俺には関係のない事とはいえ、ここまでドライな事くらい情報として得ているだろうから、さっさとやめればいいものを。


「そういう君はどうなんだい? 彼女になってくれそうな物好きは居るのかな?」


「どういう意味だよ! …………まあ確かに、異能を疑うレベルで不運な俺を好きになってくれる奴が居たら物好きだけどなッ? 居るかもしれないだろ!?」


「居るかもしれないという事は、見つかってないんだね」


「うるせえ! 俺のかっこいい所を見せてやれば、女性の一人や二人ちょいちょいのちょいとだな……」


 俺のかっこいい所……少し考えてみたが、何もない事に気付いた。放課後に暇を潰している事からも分かる通り、俺は部活が面倒との理由だけで部活をやめたホームレスならぬクラブレスだ。ホームレスに人気が無いのなら、俺にも人気が出る道理はなかった。


 言葉に詰まったのは、その事に俺が気付いてしまったからである。


「……い、いけるんだよ。うん。落とせるって」


「突然自信が無くなったね。まあ性欲処理がしたいなら私がしてあげるし、それ程欲しがる必要も無いんじゃないかな」


「またその話か! だーかーらー! 彼女ってのはそういうもんじゃねえんだって何度言ったら分かるんだよ!」


 これだから困る。碧花はどうも、人と人との関係を単純化する傾向が強い。恋人関係は互いの性欲処理、親子関係は血が繋がっているだけ、友人関係は居心地の良さ、先輩関係はその人に付いて行けば有益になるかどうか。大体合っているのだが、それだけで人の世界は成り立たない筈だ。限りなく完璧に近い彼女から欠点を挙げるとすれば、これだろう。


 ロボットと違って感情は確かにある筈なのに、碧花は気持ちの考慮が出来ない。それが余計に彼女をミステリアスにさせて、猶更目立たせて、そして惚れさせている。


 …………欠点?


 後の影響まで考えると、かなり疑わしくなった。


「お前って奴は分かってない! 身体だけの関係だったらもっと然るべき機関があるだろッ? 彼女っていうのはもっとこう綺麗な関係なんだ。ま、お前には分からないだろうけどな!」


 嫌味ったらしく言ったつもりだが、まるで碧花は意に介していなかった。


「全く分からないね。そもそも、汚い関係すら結べていない君が、最初から清潔になろうとするなんて無理があると思うけど」


「うっわひっど! お前は俺の恋を応援する気があるのかよ? なんか最近、疑問に思えてならないんだが」


 碧花は基本的にはどんな事でも応援するスタンスを取ってくれる。勉強を見てくれた時も『君ならやれば出来るよ。ほら、頑張りなよ』などと励ましてくれる。それがあったからこそ、今まで俺は気分よく物事に取り組めたのだが、どうも最近、恋に関しては応援というよりかは否定的な態度になっている気がしないでもない。


 と言っても冗談半分だったが、碧花の牛乳を飲む口が一瞬だけ止まる。彼女が口を離した。


「否定、というよりは無謀なる挑戦を止めているだけだよ。合コンもそうだけど、脈の無い相手を狙うのは悪手だ。私はそれを止めているだけ、君には是非とも幸せな人生を送ってもらいたいと思っているよ?」


「本当かよ」


「相手が居たらの話だけど」


「やっぱ嘘じゃねえか!」


 そういう『たられば』を持ち出している時点で嫌味にしか聞こえない。俺が詰め寄っても、彼女は一切動じずにコーヒー牛乳を飲み続ける。俺なりに威圧してみたつもりだったが、碧花が微塵も怖がってくれないので直ぐにやめた。キャラに合わない事はするものじゃない。表情筋が疲れる。


「そういえば君、いつ帰るんだい? 学校に宿泊する訳でもないんだろう?」


「ん~どうせ帰っても妹から罵声を浴びせられるだけだからなー。まあいつもの事だからいいけど、それよか俺はもう少し考えを整理したいんだよ」


「考え?」


 俺はその問いを待っていたと言わんばかりに、制服の内ポケットから極めて丁重に折り畳まれた紙を取り出した。風で飛ばされない様に指で挟んで碧花に渡す。彼女はそれを広げて、中身に一通り目を通した。


「……良かったじゃないか。ラブレターなんて誰でも滅多に来るものじゃないよ」


「いや~滅多に来ないから困ってるんだよなあ。ほら、釣りって可能性もあるだろ? それを考えると怖くてなあ」


「ふむ。君はあれだね。普段は積極的な癖に、いざ攻め返されると途端に受動的になるタイプだね? ま、適当に考えなよ。女心関連の質問なら、他でもない私が答えてあげるから」 


 その瞳が宿していたのは、単なる善心か、それとも―――










「いいよ。お前の答えとか絶対参考にならないから」


 俺が即答で返すと、珍しく自信ありげに発言した事もあり、碧花の表情が不機嫌になった。

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