めでたし、めでたし

 あれから、一週間が経過した。あの後到着した警察によって俺達は保護され、その日は取り敢えず、俺は家に帰る事になった。事情聴取は碧花が受けるという事で、俺は後回しになったのだ。次の日以降、碧花の証言が正しいモノかを確認するべく、刑事数人が俺の所に尋ねてきた。俺は自分が見たもの、感じたもの、全てを話した。打ち合わせなども特にしなかったので、碧花の発言と食い違う事だってあるかもしれなかったが、それでも俺は話した。


 結果。只の一度たりとも食い違いは起きなかった。俺と碧花は被害者として認められ、程なく事件は終幕した。一応、事故と自殺の複合として処理されるらしい。というのは、被害者ごとに死亡状況が全く違うからだそうだ。


 座敷から居なくなっていた蘭子は二階で死んでいたらしく、全身がズタズタに切り裂かれていたが、どうにも人に切り裂かれていた訳ではないようで、にわかには信じがたいが、自分で切り裂いたらしい。


 途中で帰ってしまった奈々は、碧花曰く『大丈夫』だったそうだが、実際は転落しており、発見した頃には瀕死の重体だったそうだ。現在は病院で治療を受けているらしく、何でも記憶喪失を起こしてしまったとか。彼女が嘘を吐いたとも思えないし、央乃の幻聴の件まで併せると、奈々も心霊現象に遭遇してしまったのではないかと、俺は考えている。幻聴が聞こえて、再び錯乱。足を踏み外して落下してしまったのだろう。


 原因が分かったのはこの二人だけで、残りの央乃、リュウジは未だに行方が分からないらしい。二人が何の怪我もなく帰ってくる事を願うばかりだ。


 次の日からも学校に通った俺達は、早速好奇の目に晒されたが、碧花が守ってくれたお蔭で、俺が心に傷を負う事は無かった。元々俺が首狩り族と呼ばれていた事もあり、また暫くは俺とは誰も交流を取ってくれなさそうである。


 碧花以外は。


「ん。有難う」


 俺達は屋上で、今までの日常を繰り返すみたいに隣に座った。暫く孤立の身となった今は、彼女だけが俺の話し相手だった。廊下の自販機で買ってきたコーヒー牛乳を渡すと、彼女は早速ストローを通して、口につけた。


「一週間。長かったな」


「確かに。死人まで出たくらいだからね。君の蔑称を本気にする人間も、少しは増えた気がするよ」


「…………彼女、出来ないのかな。俺。ここまで絶望的に不運だと、何だか相手まで不幸にしちまいそうだよ」


「そう気に病む事はないよ。君の周りに居ても私は死んでも居なければ不幸な目にも遭っていない。それが何よりの証拠。君の首狩りを嘘っぱちと証明する材料さ。皆、それを分かっているから本気にはしないのさ。だってそうだろう? 君の首狩りが本当なら、私だって同じくらい酷い目に遭わないといけない。でも今、こうして私と君は一緒に座っている。それは幸運でも何でもない。君が何処にでも居る一般人だと証明している。元気出しなよ」


 訳もなく俺は携帯を取り出し、眺める。あれから―――当然だが、奈々に送ったメッセージに既読が付く事は無かった。けれども、彼女はまだ生きている。どうにも消す気にはなれず、俺は再び携帯をしまった。


「………………なあ。誰か忘れてないか?」


「……誰か、とは?」


「いや。俺があそこに行く切っ掛けを作ってくれた人。居なかったっけか」


 確かあの時、俺は碧花に心霊スポットについて調べてもらって、あの場所が良いだろうと思ってた時に、丁度リュウジ達が同じ話をしていて、それに対して碧花をダシにする形で参加した。記憶にはそう刻まれているが、何かおかしい。


 あの合コンもどきに参加したメンバーを思い出してみよう。俺、リュウジ、カイト、碧花、央乃、蘭子、奈々。合計七人。


 ………………これで、全部だったか? 一人足りない様な。


「もしかしたら、隠されたのかもしれないね」


「隠された?」


 俺が首を傾げると、碧花は一度ストローから口を離した。


「私もその違和感は感じていたんだ。もう一人居たような気がする。けども思い出せない。それって、幽霊に隠されたんじゃないかな? 言っただろう? あそこは本当に危険なスポットだ。二人は行方不明で済んでるけど、もしかしたら……ね」


「ま、まさか……そんな筈。それだったら、どうして俺達だけが遭わなかったんだよ」


 冗談めかした風に俺が言うと、碧花は無言で俺とお揃いのお守りを取り出した。そしてお守りの封を解いて中身を取り出すと、中からは『悪霊退散』と書かれたボロボロの御札が出てきた。


「うわ! なんだそれ?」


「君とお揃いのものだ。最初は自分用の持ち合わせしか無かったんだけど、どうにか二つ用意出来て良かったよ。この御札はね、最初は綺麗な御札だったんだ。でもあの山を下りる頃にはこうなっていた」


「それ……本当か?」


「今更嘘なんか吐かないよ。君はどうして自分達だけがと言ったけど、それは私達が御札を持っていたからだとすれば、説明が付くんじゃないかな。何にしても、やっぱり君に渡しておいて良かったよ。お蔭で、君はこうして無事に生きている」


「な、なんだよ今更。ていうかお前、騙したな! 恋愛成就とか嘘ついて! 誤魔化されないぞ!」


「ごめんね。あの状況で本当の事を言っても、虚勢を張る君の事だから突き返してくると思ったんだ。今度宿題を見てあげるから、それで水に流して欲しいな」


 言葉では責めているものの、別に大して怒っていない。あの肝試しは彼女が居たからこそ生還出来た様なものなのだ。その時の恩に比べたら、この程度の嘘など軽く水に流せる。コーヒー牛乳の飲み終わった俺は、ぼんやりと天を仰いだ。


 どんな事があっても、俺達は学生であり、一般人だ。やがては日常に戻る。居なくなったアイツ等を差し置いてそんな事をするなんてとも思うが、それが俺達だ。無理に日常から離れれば心を壊す。少なくとも俺はそう思う。


 その時、俺の携帯が通知を知らせてきた。簡易交流アプリを開くと、そこにはブロックした筈のアカウントからメッセージが送られていた。


「ん?」


 その事に驚いてメッセージを見過ごしたので、改めてトークルームに入りメッセージを確認。そこには、



『ドウシテ タスケテ クレナカッタノ』



 と書かれていた。俺は驚いて仰け反り、危うく屋上から携帯を落としそうになってしまう。


「どうかしたのかい?」


「あ、碧花。これ!」


 俺は慌てて碧花に見せる様に携帯を翻す。彼女はその文面に驚いた様に目を見開いてから、


「…………参ったな」


 苦々しく、笑うのだった。



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