血の滲む恋
万策尽きた。私一人では決してこの状態を……怪物五体と碧花一人に囲まれた状況を打開出来ないだろう。こんな所で死ぬ訳には行かないのだけれど……まさか総力を挙げて私を殺しに掛かってくるとは思わなかった。
「御影由利。何か言いたい事はあるか?」
「あ…………うくッ!」
時間稼ぎという意味でこれ以上の働きは無いだろう。きっと萌は首藤君を見つけている。それだけなら私の働きは十分すぎるけど、ここで死にたくはない。私がここで死んでしまえば、一体誰が首藤君を助けられるのか。
でも、これ以上はどうやっても無理だ。肩口にナイフが突き刺さっている。刃は根元まで刺さっており、それが私を壁に打ち付ける楔になっている。よしんばこれをどうにか出来たとしても、彼女の後ろには五体の怪物が佇んでいる。包囲網は完璧だ。せめて誰かの助けが無いと、どうにもならない。
「そう言えばさ、お前は狩也君の事が好きなの?」
「…………急に、どうした…………の」
「友達なのは知ってる。けどお前個人はどうなの? 友達として好きなのか、異性として好きなのか。答えによっては、この場で首を刎ねる」
それは……私にも分からない。
彼と事故でキスをしてしまった時は、少しだけ嬉しかった。それを思うと異性として好きなのかもしれないけど、しかし私には、碧花みたいに『何が何でも自分の物にしよう』という欲がない。もし彼女みたいな気持ちを異性として好きな感情だとするなら、違う事になる。
「―――貴方よりは…………好―――ア゛ア゛ア゛グ゛ィ゛!」
肩口に突き刺さっていたナイフを捩られる。強引に肉を押し広げられた事で出血が広がり、更なる激痛が私の全身を蝕んだ。フィールドワークでも何度か味わった痛みだけど。これだけの激痛は、何度受けても慣れない。
「私よりも好き? 馬鹿な。高校で初めて会った癖に、よくもまあそんな事が言えるね。私は小学校の頃に彼と出会って、それ以来ずっと好きだったんだ。彼が幸せになる為ならと、あらゆる事をしてきたんだ。お前みたいなオカルト狂信者が、『首狩り族』の風評を聞いて近づいてきたような虫が、そんな事を言える資格があると思ってるのかッ!」
汗が止まらない。傷口が熱い。危機的状況なのを身体も理解している様だ。微々たる速度だが、確実に意識が薄れていく。彼女に首を切られずとも、時間が経過したら死ぬか、意識を失ってしまうだろう。
「まあ友達として好きだったとしても許さないけどね。彼を色眼鏡でしか見れない奴が友達を語る資格はない。彼はその色眼鏡を何よりも嫌っているんだ」
「…………だとしても、私、には…………貴方に出来ない事が、出来る」
「何だと?」
「………シス、ター」
「―――シスター?」
彼女には分からない。あれは私達と首藤君だけの秘密であり、絆だ。彼女の言う通り、最初は確かに色眼鏡だったかもしれない。でも、私も萌も、そんな眼鏡はとっくの昔に破棄した。今は単純に彼という人間が好きで、付き合いを続けている。
そうだ。友達として好きか、異性として好きか。白黒はっきりつける必要なんてない。少なくとも首藤君の事を好きなのは、事実だから。
「……何を言いたいのかよく分からないけれど、それが彼の役に立っているの?」
「…………泣いて、喜んでた」
「え」
嘘は吐いてない。事実として私は首藤君に泣きながら押し倒されかけたし、それを押し退けても、時々着て欲しいとまで懇願された。今の所全く着る気は起きないけれど、もしそれが首藤君を碧花から引き離す事に繋がるんだったら、考える。
「な、泣いて喜ぶ…………? そ、それは泣いてたのを慰めたとかじゃなくて?」
「……泣いて喜んでた」
「…………………………………………な、何をしたの?」
食いついた。
どんな人間にも情を介さず殺す彼女も、首藤君の前では一人の女性。ともかく、時間稼ぎは出来そうだ。出来たからと言って私からは何も出来ないが、これが生死を分けるかもしれない。耐えがたい激痛の中で、私は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「いや嘘だ。君に彼の何が分かる。高校で初めて出会った君に何が」
「……分かる」
付き合いの深さだけが、理解度に繋がる訳じゃない。碧花にもある様に、私にも私なりの彼と過ごした時間がある。人の価値観や能力は三者三様。付き合いが短いのは事実かもしれないけれど、私は彼をそれなりに理解しているつもりだ。
だって。
「…………首藤君、素直―――だかラ゛……ッ!」
傷が痛む。早く止血しないと手遅れになるが、私を殺さんとしている碧花が止血してくれる道理は無い。或いは私が首藤君を嫌いだと嘘を言っても、止血はしてくれまい。真実を知った人間は生かしておけない。それは碧花に限らず、殺人犯全てがそうだ。
「………………ああ、そうだね。狩也君は素直だ。彼はひねくれてるつもりかもしれない。けれどその根底は何処までも純粋で、だからこそ、この悪意だらけの世界には私が必要なんだ。私はまだ、彼の隣に居ないといけない」
「隣に………………居たいの……間違い、でしょ」
「勿論だ。でも居ないといけないんだよ。お前じゃなくて、私が居ないといけない。彼に見限られたとしても私は……それでも好きだから。幸せになって欲しいから。狩也君は私の全てなんだ。私には彼しか居ないんだ。だから……答えろよ、御影由利。時間稼ぎに付き合ってやったんだ。殺す前にちゃんと吐け」
「何………………を」
「狩也君を泣いて喜ばせるにはどうすればいい?」
その質問を、前後の雰囲気や状況から考えておかしいと感じる人も居るだろう。真実を知られたくないのなら時間稼ぎなどには付き合わずさっさと殺せと、今までに比べたら手温いとも言われるだろう。
だが本質を勘違いしてはいけない。飽くまで碧花は首藤狩也が好きな女性だ。
それが彼女自身の為なのか、はたまた彼女の言う様に首藤君の為なのか。どっちにしても、碧花は彼の事を非常に好いている。あり得ないと言っても差し支えないくらい、彼の事を愛している。なら常識的な感覚として、泣いて喜ばせる方法を知りたいのは当然だ。誰かを殺すなんて二の次。それだけは法律だろうが銃を突き付けて脅そうがきっと変わらない。
私を今すぐ殺さなければ首藤君に真実が伝わる状況ならば話は変わってくるだろうが、どちらかと言えば現在詰んでいるのは私の方。怪物と碧花に囲まれて、時間稼ぎはしてみたが名案も思い浮かばない。
殺すのを一旦辞めるくらいの余裕は十分ある。
「…………その、身体を使えばいいでしょ」
「え、もしかしてお前、狩也君と―――」
「……してない」
見えてる地雷を踏む程私も馬鹿じゃない。それにここでの嘘は全くの無意味だ。彼女にすれば私の服をひん剥いて、実際に確認すれば済む事なんだから。
「ああ……そう。安心したよ。只の提案か。でも泣いて喜ぶとは思えないな。それで私に夢中になってくれたら、とても嬉しい事だけど、今回は泣いて喜ぶ姿を見てみたいんだ。早く教えろよ。意識が薄れてるんだろ? 見れば分かる。ほら、早く―――」
私は目をゆっくり閉ざして、全身から一切の力を抜いた。そんな私の肩を碧花は何度か強く揺さぶったが、遂に一言も喋らない処か反応しなくなったのを見て、肩口に刺さったナイフを勢いよく引っこ抜いた。
「―――はあ。どうやったら泣いて喜んでくれるんだろ」
今まで血を止めていた異物が抜かれた事で失血が早まり、出し抜くつもりで気絶したフリをしたのに、本当に気絶―――処か、失血死してしまいそうだ。気絶した事で私から興味を失ったのか、碧花はそのまま去っていってしまった。止めを自分の手で刺さないなんて彼女らしくもない……
いや、違うか。幾ら何でも彼女が気分でそんな不安要素を生み出す真似をする筈がない。そんな事を気分でする奴が今まで一切の証拠も残さず、一切の足取りも残さず犯罪を繰り返せた訳がない。警察だってそこまで無能じゃない。
考えられるとすれば、『首藤君を泣いて喜ばせる方法を考えていたら頭が一杯になって、止めを刺す事をすっかり忘れた』くらいか。馬鹿みたいな話だが、水鏡碧花にはあり得る話だ。『オミカドサマ』が見せてくれた心象世界で『碧花』と対話したからこそ、私はその可能性が一番考えられると信じている。
ともかく、またとない好機だ。他力本願となるが、萌か首藤君が間に合ってくれれば、私もまだ助かると思う。ただ、ナイフが抜けた事で失血量が増えたので、いつまで意識がもつかどうか。
「………………」
碌に口を動かす事も出来ない。誰でも良いから、入ってきてはくれないだろうか。私に協力的な人なら誰でもいい。私に敵意さえなければ誰でも―――
「中々面白い事を考えているな、君は」
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