まほろばとは名ばかりの


 まほろば駅。それは電車に乗る人間なら一度は耳にした事があるであろう都市伝説。まほろば駅に行った人間は数居ると言われているが、実際に行った事のある人間は少数だ。

 昔、私は狩也君と共にまほろば駅に入ってしまった。

 迷い込んだと言ってもいいかもしれない。原因はとても単純で、混雑を嫌ったのだ。それで私達は一部の人達と共に車両を移動した。そしてその人達と一緒に、迷い込んだ。



 帰ってこれたのは私と狩也君の二人だけだ。



 他の人はみんな帰ってこなかった。でも仕方ない。だってここはまほろば駅。ここが真にまほろば駅であるからこそ、私と彼以外は帰らなかった。文字通り、帰らぬ人となった訳だ。中には家庭を持つ人間も居た気がするけど、そういう人間でさえ、帰ろうとしなくなるのがここだ。


 まほろばとは素晴らしい場所や住みやすい場所を意味する。まほろば駅の本質は駅にあるのではない。駅なんて入り口に過ぎない。


 私は一足先に電車を降りて、見慣れた光景に気を引き締める。

「こ、ここは何処なんだよ……」

「夢でも……見てるの……?」

 目の前にあるのは寂れた商店街みたいな街並み。今は何も見えないけれど、直に見える様になるだろう。このまほろばの真の姿というものが。

「おい! ここは何処なんだよ!」

「幾ら都市伝説に詳しくなくても、まほろば駅の事は聞いた事があるんじゃないのか? 忘れ去られた駅……そして、この世で最も素晴らしい場所」

 まほろば駅が有名な理由は、希望に渇いた人間に救いを与える噂に原因がある。例えば、宗教なんかでは死ねば極楽に行けるとかあるけれど、まほろば駅はそれと同じ様なものだと思えばいい。

 要はとある条件下で電車に乗れば行ける極楽。他のどんな場所よりも住みやすくて、どんな場所よりも素晴らしい。そこでは生活に困らず、お金にも困らず、地位にも困らず、女性にも困らず、何ににも困る事が無い、と言われている。

 有名なのは、九蘭在校生集団失踪事件かな。通称『まほろば事件』。とある一クラスが各々の机に『まほろばに行く』という書き置きを残して失踪した事件だ。集団で電車に乗ればどう考えても目立つだろうに、警察は全く情報を掴めなかったそうな。

 結局この事件は迷宮入りしたが、それでも残したインパクトは強烈だ。九蘭高校に通う二人なら、当然知っているだろう。

「これの何処が素晴らしい場所なんだッ。只の寂れた商店街じゃないか!」

「ほ、本当にまほろば駅……なんですか?」

「只の寂れた商店街でも何でも、ここはまほろば駅だ。駅の看板を見れば一目瞭然だろ」

「ふざけんな! こんな……こんな所がまほろばの筈がない。だって、ここがまほろばなら…………私の―――」

 何か訳ありみたいだけど、興味はないので全面的に無視をする。二人を置いて歩き出すと、置き去りにされたくない二人が、憐れな子犬みたいに付いて来た。

「こ、こんな所に狩也さんが居るんですか? 邂逅の森で消えたのに……」

「当主様は自分で感じるという事が出来ないのかな? それとも、もしかしてそれが理由かい? 継ぐのを嫌がる理由は」

 沈黙。図星か。まああんな家は滅んでくれた方が私の為彼の為ってものだから、継いでくれない分には都合が良いんだけどね。

「おい、美原に―――!」

「それはもう飽きたからいいよ。過保護な友達を持って君も幸せだね、当主様。しかし過保護っていうのは、本人に気付かれない様にやらないと余計なお節介に終わるんだよね」

「は? てめえ……」

「やめて神乃! 私に当主としての力が無いのは事実なんだから…………」

「そう。じゃあそんな資格不十分な当主様に問おう」

 私は身を翻して、まほろばを背に、彼女に問うた。



「君の家ではまほろばはどういう場所だと伝わっている?」



 当主様はハッと目を見開いて、私の方を信じられないとばかりに見つめてきた。あまり言葉でとやかく言うタイプではないらしいし、せっかくだから代弁させてもらうと―――当主様は果たしてこう思ったのではないかな。


 他人にしては水鏡家を知り尽くしている、と。


 その視線には冷めた視線を返しておく。直に当主様は、恐る恐る口を開いた。

「あ、あらゆる霊が…………集う場所。霊道が交じるあまり出来上がった…………巨大な霊的空間」

「正解だ。なんだ、知識は十分じゃないか。流石当主、いや次期当主様といった所」

「え……ちょ、美原! どういう事だよッ」

「どういう事も何も、そのままだろ。ここは一度行ったものはその素晴らしさのあまり二度と帰ってこない事で有名な場所なんだ。霊だって留まるさ」


「そういう事じゃねえよ! 何でそんな……ぜんっぜん素晴らしくないじゃないか! こんな場所なら、どうして私の兄貴は帰ってこないんだよ!」


「知らないし、興味ないね」

 そんな、答えが返ってくる前提で質問をされても答えられないものは仕方ない。強いて言えばここが素晴らしいからだ。個人的にはゴミだけどね。

「ともかく、ここに狩也君が居る筈だ。居なくても最低限場所を知る事が出来る。早速だけど行こうか、この素晴らしい町に」

「ま、待ってください!」

 一刻も早く行かないといけないのに、呼び止められた。九蘭高校の二人、特に次期当主様の方は必要だから振り返るけど、これが至極どうでもいい相手だったら、我慢できずにナイフを抜いていたかもしれない。

「何」

「あそこに乗って意図的に来たって事は……行き方、知ってるって事ですよね?」

「うん」

「しかも全然驚いてなくて、まほろばに何があるのかも把握してる……貴方、一体何なんですか?」

 そこの神乃とは違って、腐っても非常識の世界に身を置く者。美原の方はそれなりに落ち着いていた。或いは相方が取り乱し過ぎて、相対的に冷静に見えるだけかもしれないけれど。

「何なんだ…………か。本当は教えたくないんだけど。まあもう居るし……私は現在探している『トモダチ』、首藤狩也と共に『まほろば』から帰還した唯一の人間だ。そりゃあ知っているよ」

 二人が息を吞んだのが手に取るように伝わった。まほろばから帰還出来るならどうして私の兄貴は、と誰が頼んでもいないのに神乃の方は親族語りを始めそうで、当主様の方は厳密には質問に答えられていない事にモヤモヤしている。あんな答え方をしたから、ますます彼女には私が何者なのか分からなくなっただろう。

 大概血脈が広い家だから、直接教えてもピンとこないかもね。

「因みに後ろの電車はもう動かないから、帰ろうと思ったら違う手段を使う必要があるよ。その事は教えておくから、覚えておいて」

「え、本当ですかッ?」


 嘘に決まってるだろ。


 まるっきり嘘という訳でもないけどね。しかし出し抜かれるととても面倒だから、先んじて対策を講じたまでだ。ここまで来てしまえば、最早二人は私の発言を信用するしかない。

 ……ここまでは予定通りなんだけどね。

 後は狩也君が見つかるかどうかによるか。あんまり『まほろば』に居ると私も帰れなくなる恐れがあるから、早い所見つかって欲しいよ。

「……もういいだろ、質問は。取り敢えず町の中心までは行くけど、そこからは手分けして探そう。あんまり長居すると私達も全員ここの素晴らしさに心から惚れて出られなくなるからね。帰りたかったら文句言わずに付き合う事だ」

 因みに死んでしまうと…………ああいや、これは良いか。死のリスクは私にもある。他人事だと思って優しく忠告してやる程甘くはない。自分の身は自分で守らないとね。危険が迫れば、そっち方面に詳しくない神乃でも、何となく分かる筈。


 あらゆる霊が集うって事が、どういう事か。


 ―――と思ったけど。どうやら彼女はよっぽど当主様の事を守りたい様だしね。二人に死なれると計画が狂ってしまうので、どうか死に物狂いで生き残ってもらいたい。極論生きてさえいれば後は何でもいいからさ。全くの無傷で生きていろなんて無茶は言わないよ。








 大いに痛い目は見てもらわないとね。

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