それもまた一興

 あれから俺は妹にこっぴどく叱られてしまったが、それはどうでもいいとして。翌朝。

「どういう事……だよ」

 死体が消えた、とかではない。それはちゃんと残っていたので大騒ぎになったのだが…………その場所がおかしいのである。

 聞いた話では、あの時死んだ全員が、その者の自宅の扉に磔にされていたらしい。教師達は徹底してその情報を隠蔽したが、今のネット社会にその程度の規制は意味を為さない。瞬く間に情報は拡散されたので、見事に俺もそれを知る事が出来た。


 藤浪は、俺の見た時と同様、全身を穴だらけにされた状態で発見された。これだけならば特に驚きもしないのだが、顔の皮膚が他と比べると目に見えて老化していたらしい。腐敗、ではない。老化だ。発見された時は、最初は老人の死体か何かだと思われたらしい。


 我妻もまた、同じ様に自宅に磔にされていた。ただし、首から上は切断されていて、そこには美術の時間に使われる石膏像が代わりに乗せられていたそうな。余談だが、そんな怪異は無い。悪質な悪戯にしては度が過ぎているし、こればかりは俺も萌も知らなかった。


 そして、完全に生還したと思われた御影だが…………精神が完全に壊れてしまったらしい。今は何処かの病院で隔離生活を送っているそうだ。こればかりは噂なので知らないが、実際に学校に来ていない辺り、本当なのかもしれない。








 朝のホームルームが始まるまでの僅かな時間。机に挟まれた手紙に気付いた俺は、送り主に真相を確かめるべく、一人、オカルト部の部室へ向かった。

「失礼します」

 相変わらず、暗い。限界まで扉を開いても、部屋の奥まで光が届かない。

「あ、先輩!」

 一足先に萌が来ていた。この暗黒の中でも、彼女の声は太陽の様に明るかった。



「萌を守ってくれて有難う、狩也君。一日ぶりだな」



 奥の方に座っていたのは、案の定、昨日はまるで姿を見なかったクオン部長だった。明るさの関係で、その顔は目を凝らしてみても全く見えない。まるで盲点の中に顔があるみたいだ。

「部長…………」

「聞きたい事は色々あるだろうがまずは座ってくれ。それから話そう。ああ、扉は完璧に閉めておいてくれ。念の為にね」

 何の念押しかは知らないが、俺は椅子の位置を足で把握してから、完全に扉を閉めて、鍵を掛けた。蒸し暑いが、そう思っているのは俺だけらしい。完全に視界が封殺された中、俺がどうにか椅子に座ると、パイプ椅子の軋む音が部室に響く。それを合図に、クオン部長が話し出した。

「知っているとは思うが、オカルト部は俺と萌を除いて全滅だ。いや、正確には都合の悪い奴が居たからそいつ等も居るは居るんだが、病弱と引き籠りで滅多に顔を出さないから、数には入れん」

「クオン部長。御影はどうなったんですか?」

「ああ、そう言えば隔離されて生活……と言われているらしいな。しかし安心してくれ。あれは俺が流したデマだ。彼女には、会おうと思えば会えるぞ」

「え?」

 顔は見えないが、恐らく萌は僅かなりとも希望を持った事だろう。間もなく、その希望を容易く打ち砕く一撃が放たれた。

「ただ、全身を拘束しておかないと直ぐに自殺しようとして、とてもとても会える状態じゃない。後で病院を教えておくから、我こそはと思う奴は会いに行ってくれ。俺としても、次期部長候補を失うのは本意じゃない」


 ……ん?


 その言い方に、妙な引っ掛かりを覚えた。

「クオン部長! そう言えば、陽太君は何処に行ったんですか? 携帯の方で連絡してみても、全然つながらないんですよ!」

「え? 萌、俺は確かにアイツを帰したぞ」

「別に先輩を疑ってる訳じゃないんですよ。だからおかしいなって思ってるんです」

 俺にしても萌にしても、まさか質問に対する答えが重苦しい沈黙とは甚だ予想していなかった。俺達二人は合わせようもない顔を見合わせて、もう一度尋ねようかと口を開こうとする。

「アイツは……死んだよ」






 え?






「し、死んだ…………? 何で! どうして!」

「血濡れ赤ずきんにやられたんだろうな。ニュースにはなっていないみたいだが、俺は昨日見掛けたぞ。ナイフで全身を滅多切りにされた死体をな」

「……消えたんですか?」

 聞きたくなかった。一人を無事に生還させたと思っていたのに、まさかこんな結末になるなんて。俺の不運は一体何処まで他人を不幸にすれば気が済むのだろうか。

「まあ、消えたんだろう。オカルトを追究しているとそう言う事は往々にしてある事だから俺は気にしていない。いう事があるとすれば自業自得だったとしかな」

「そんな言い方ってないじゃないですか! 部長、陽太君とは仲良さそうにしてたじゃないですか! どうして急にそんな事…………」


「アイツがオカルトをこの上なく舐め腐っていたからだよ!」


 備え付けの机が力の限り叩かれる。金属が共振し、凄まじい音が響いた。

「……生半可な覚悟でオカルトを追究しちゃいけないんだよ。それは俺が、オカルト部に入部しようとするお前達に何度だって言い聞かせていた事だ。だが、アイツは偽善にも友人の恋路を手助けする為だけにこの道に足を踏み入れた。我妻も御影も居なくなったのは、そんな半端な気持ちのアイツが居たからだ。アイツが―――七不思議を怒らせたんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! アイツ等が死んだのは俺の……不運だろ!」

「不運…………ああ、そうだな」

 感情を剥き出しに怒っていた直前とは違い、突如としてクオン部長の声音は冷静なものへと変化した。

「―――そう言えば、お前達からまだ聞かれていない事があったな?」

「聞かれていない事…………あ、そうだ部長。昨日は何処に居たんですかッ!」

 そう言えばそうだった。俺が見捨てる判断をしたのも、部長の存在は確認出来ても、どうしても彼が居場所を教えてくれなかったからだった。それは俺も気になるし、まともな理由で無ければこの場で一発ぶん殴るつもりだ。

「昨日はな……途中からは、家に居た」

「……へ?」


「途中から俺は帰宅していた。会える筈がない」


 まともな理由だが、ふざけすぎている。俺も萌も立ち上がろうとしたが、それを察した部長が直ぐにそれを制した。

「待て。ちゃんと理由がある。今回の調査はな、狩也君。君の『首狩り族』の効果についても調査をしていたんだ」

「俺の?」

「ああ…………結果を言ってもいいんだが、その前に色々と疑問を解消していこうか。君も、知っておいた方が良いだろうからな」

 妙に勿体つけた言い方だが、説明してくれるというのなら有難く受けるとしよう。俺と萌は、早速各々気になる事を尋ねる事にした。

「いつから帰宅していたんですか?」

「年彦君が出た、というメッセージを藤浪から受け取り、理科室に行けとお前に言ってから暫くした後だ。昨日お前が俺の携帯に送ってくれた調査結果という名の被害報告まで使うのなら、萌。お前が藤浪に襲われていた頃には、俺は既に帰宅していた」

「何で帰ったんだ?」

「俺だって帰りたかった訳じゃない。只……血濡れ赤ずきんの襲撃を受けたんだ、帰宅しない訳にはいかないだろう。その際、携帯も落とした。だからそれ以降、俺が送ったメッセージは俺が送ったものじゃない。俺以外の誰かが送った……と考えられる」

「幽霊って……携帯出来ましたっけ」

 違う。そうじゃない。それだと理屈的にも俺達の範疇を超えてしまう。しかし、考えてみれば確かにおかしかった。あれ程連絡がつかなかったクオンと、途中からはやり取りだけならば簡単に出来ていたのだ。今考えてみると、あれは別人だったと言われた方がしっくりくる。

 自分を置いて帰っていい、というのも、部長が既に帰宅しているのを知っていればおかしい発言ではない。

「携帯を落としたんですよね? じゃあ、どうしてクオン部長は、その事を知っているんですか?」

「朝、扉に張り付けられていた。指紋を取って見たが、上手く行かなかった。携帯さえ無事なら、トークを見れば分かるだろ」


 クオンが一度溜息で会話を切った。


「俺は今、とても腹が立っている。首藤狩也、君の『首狩り族』は超絶的不運なんかじゃないんだよ」

「どういう事ですか?」

「意図的に引き起こされている、という事だ。正直に言っておくと……今回の七不思議に対する調査も、君に対する調査も、副次的な目的だったんだ。本当は陽太の意思を確かめる為の企画だった。それなのに、それなのに。君の不運が御影を、我妻を再起不能にした……いや、もう一人の参加者が俺の計画を利用した」

 彼の声に再び感情が宿る。しかしてそれは純粋な憤怒であり、そこには俺に対する憎悪ではなく、俺の後ろに隠れている『何か』に対しての憎悪のみが放たれていた。

「参加者?」

「今回の調査には、もう一人同行者が居たという訳だ。流石にそこまでは分からないが…………勝手に計画を利用されたのは腹立たしい。まあ…………お蔭で、萌だけは死なずに済んでくれたが」

「……えっと。あの。さっぱり訳が分からないんですけど…………萌。分かるか?」

「ぜ、全然」

 何を言っているのやら訳が分からない。偽物とか、不運じゃないだとか、そんな実感の湧かない事を言われても、はいそうですかと納得出来る筈があるまい。まるで元気だった頃の御影と話している時くらい、何も噛み合っていない。

「痛み分け、という事だ。流石に、如何な存在と言えども、七不思議を敵に回したのは愚策だった訳だ。ふ、フフフ。フフフフフフ。……時間を取らせて済まなかったな、萌。お前はもう帰って良いぞ」

 妖しく笑う部長に恐怖を抱いたのか、俺に「お先に失礼します」と言ってから、萌は足早に部室を出て行った。扉は開けっぱなしで、暫くぶりの光が俺の瞳孔を刺激した。部長の顔はやはり見えない。

 これで、二人きりか。

「…………部長。一つ聞きたい事があるんですけど」

「ん? 何だ?」

「次期部長候補を失うのは本意じゃないって言葉……俺の考えすぎなら良いんですけど。もしかして、陽太を殺したのって―――」

 僅かに見える首が、横に揺れる。闇から僅かにはみ出た口元は、笑っている様な気がした。





「いいや。殺したのは『血濡れ赤ずきん』だ。中途半端な気持ちでオカルトを追究すると―――死ぬんだよ」

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