CASE4

たまには平和が欲しい

 停滞の中に居る人々は、混沌を好む。変化を好む。それがどんなにか愉しいものかを想像しながら、停滞の中に微睡む。

 混沌の中に居る人々は、停滞を好む。不変を好む。それがどんなにか価値あるものかを想像しながら、混沌に蠢く。



 『首狩り族』と呼ばれるようになってから、俺にはまともな平和が長期間存在しなかった。確実に安全と言える時間は授業中か碧花と過ごす時間、そして天奈と過ごす時間くらいなもので、それ以外のどの時間でも、俺は気を抜く事が出来ていない。と言っても、普段は腑抜けみたいな顔をしているが。

 しかし。よく考えてみたらもう一つ例外があった。絶対に何も起きないと過去のデータから判明しているもの。それは―――




「体育祭いいいいいいいいいいいいいい!」




 そう、それは行事だ。行事の日は何も起こらない。小学校の時も中学校の時も、そして一年生の時も、何も無かった。

 つまり行事だ。行事最高。行事こそ至高。何が至高って、何も起きないし、何よりいつもとは違った一面が見られる可能性があるからだ。更に言うと、体育祭は俺も参加しなければならない。そこからどうにかこうにか女子と知り合い、仲良くなり……そして、そう。青春だ。

 俺がもう彼女を作るのを諦めたと思っていた輩が居るのならば、それは只の阿呆である。俺は超絶的不運があり、その不運のせいで異常事態に多少耐性が付きつつあるが、俺自体は全くもって普通の男子高校生だ。漫画の主人公の様に運動神経抜群であれば、多分女子にもモテモテだったのだろうが……人生はそう上手くいかないものである。

「今日はいつにも増してテンションが高いね、君」

「おうよう! 何せ体操服を着た女子が好き放題見られるんだ! こんな嬉しい日はないぜ!」

「……一応言っておくと、私だって着ているんだから、その変態発言は慎んでくれると助かるね」

 現在は体育祭真っ只中。というかそうじゃないと俺と碧花はクラスが違うので話せない。今はこうして奥の木陰の方へ移動して、俺も碧花も自分の出る競技が来るまで駄弁っている。実は碧花と喋っている事で、俺は全てのクラスの男子から敵意の様なものを向けられているが、俺はこの過剰な興奮のお蔭で、実はそれ程気にしていない。というより、気にする程今の俺は気が鎮まっていない。

「君、体操服が好きなのかい?」

「ん? いやあそういう訳じゃない……というか、基本的に俺はどんな服装も好きなんだけどな。只、ほら……体操服ってさ」

 俺は碧花の胸元の辺りに視線を向けてから、慌てて視線を逸らす。碧花は首を傾げている様なので、気づかれなかったか。今のは流石に俺の理性が勝った。けれども、多くの男子がそう思っている事だろう。

 体操服はスク水程ではないが、スタイル抜群な女子が着ると、破壊力の凄まじさったら無い。校内で一番の美人と噂される碧花を例に挙げると、名前から少し上の部分に男なら一目は見てしまうようなそれはそれは豊かな凹凸が存在している。太腿は非常に肉付きが良く、そこから伸びる足はすらりと細く、美しい。

 こうして近距離に居るとかえって見る事すら出来ないが、俺に敵意を抱いている男子達は、どさくさに紛れて碧花の煽情的な恰好……と言っても、別に彼女は露出度の高い格好をしている訳ではないが……見ているのだろう。

 羨ましい。

「……体操服って?」

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 俺はそう言って何とかこの場を切り抜けようとしたのだが、碧花に興味を持たせてしまった様で、いつの間にか立ち上がっていた俺が座り込むと、碧花が四つん這い気味に前傾姿勢を取って、俺に顔を近づけてきた。シャンプーの匂いなのか何なのか、鼻を擽る良い匂いがする。

「何だい、気になるじゃないか。言ってみなよ」

「いいよ。だって変態発言を慎めって言ったのお前だろ?」

「じゃあ撤回するよ。そう言えば、ここには君と私しかいないしね。良く考えてみたら、君の発言を遮る理由が無かった」

「え……いやでも、お前が不快なんだろ」

 碧花は俺の言葉に僅かな硬直をした後、俺から顔を離して、肩をすくめた。

「君の発言が恥ずかしいのは今に始まった事じゃないからね。長い付き合いだ、私でなくとも不快には思うまいよ」

「おい! 俺の発言の今までで何処が恥ずかしいんだよ! 俺は至って普通の男子高校生だ!」

「ふむ……例を挙げようか。まず中学校の頃、私と海水浴場に行った時かな。女子大生と思わしき人の身体をずっと見ていたよね。そしてこう言った、『エロい』とね」

「何だよ! 思春期だったんだからしょうがないだろ! それに、ビキニって女性からしてもそ……そういう用途で着用してるんだろっ?」

 それに、あれはしょうがない。ボンキュッボンを見たいのなら当時中学生とは思えないスタイル(今も高校生かどうかを疑うが)を持っていた碧花をガン見すればいいのだが、俺は彼女と一緒に来ていた訳で。周りの奴等はともかく、至近距離に居る俺には彼女をガン見なんて出来なかった。目に悪いし、色々悪い。

 確かあの時は……何故か彼女の鞄にあったナイフをずっと見ていた様な気がする。

「それは違うよ君。水着というのはね、一種のお洒落なんだ。露出度が高くて破廉恥なんて話もあるけれど、恥ずかしいんだとしたらそれは裸と何ら変わりないじゃないか。確かに出会い目的で着用する女性もいるには居るだろうけどね、それが全てだというのは偏見だ」

「因みにお前は?」

「お洒落だけど」

 嘘を吐け、嘘を。あんなスケベな体見せつけといてよくもそんな大嘘が吐けたものだ。あんなのを見て興奮しない男子はそう居ない。貧乳好きであれロリコンであれ、あの体には一度は目が行ってしまうだろう。

「それと以前も言った様に、彼女が欲しい欲しいとがっつくのはどうなのかな。性欲処理なら私がしてあげるのに、十分恥ずかしい発言だと思わないかい」

「だーかーら、違うってんだろ! そ、それと……女の子が、そういう事言うなよな」

「……え」

 キザな台詞かどうかも分からないが、言っていて恥ずかしいので、俺は碧花と真反対の方向を見ながら言った。

「お、お前は可愛いんだからさ……その、そういう事言うと、本気にされる……ぞ」

 俺も男子だ、まして悟りを開いている訳でもない。彼女にあんな事やこんな事を頼んで、実際にそれをしてくれる姿を想像してしまう事も少なくない。けれど、妄想と現実は全く別の話。俺は良識ある人間を貫く以上、彼女の冗談染みた誘惑に乗っかる訳には行かないのである。

「…………にしてくれても良いのに」

「え?」

 彼女の誘惑に抗っていたせいで何と言ったか聞こえていなかった。思わず振り返ると、いつもの澄まし顔が視界に入る。心なしか紅潮している気がするが、天気も良いし、体温が上がったのだろう。

「君は優しいね。私にそんな事を言うなんて」

「あ、当たり前だろ! 俺はお前の事…………えーと、ライクだし!」

 ラブと言えば告白だったのだろうが、どうせ断られるので言わない。

「……ねえ、狩也君」

「何だ?」

「体育祭が終わったら、私の家に来ないかい? 君の組が一位になった記念って事で」

「いや、気早すぎるだろ! まだ開催して少ししか経ってないぞ? ていうかお前、勝つ気ないのか?」

「いいや、勝負事は何であれ全力で挑むのが私の流儀だ。それがたとえ恒例行事、はたまた恋、はたまたギャンブルだったとしても、勝たなきゃ始まらない」

「ギャンブルはやっちゃ駄目だろ! じゃあ何でそんな事言ったんだよ」

「まあ、予言みたいなものだよ。多分そうじゃないかなと思ってね。私が全力を尽くしたとしても、どうやら変えられそうもない」

「当たるのか?」

「五〇パーセントって所かな」

「当てずっぽじゃん!」

 この世の全ては当たるか当たらぬかのフィフティーフィフティー、つまり半々である。こんなの、別に碧花でなくたって俺でも出来る。卒業までに俺は彼女を作れるかどうか……これも半々だ。

 それにしたってその予言とやらはいい加減すぎるので、俺は自虐気味に否定した。

「いやいや、お前運動神経良いのに、そんな筈無いだろ。クラスの奴等にも当てにされてるんじゃないのか?」

「そうだけどさ。私としては君にも頑張ってもらいたいんだよ。ほら、十月には修学旅行があるだろう? それまでに君が格好いい姿を見せておけば、誰かは君を好きになってくれるかもしれない」

「……あ、そっか。成程、一理あるな!」

 運動が出来る奴がモテるのはこの世の理である。碧花は悪くても多分モテてるが。しかし俺は顔が悪いので、モテるとしたら運動でやるしかない。

「よっしゃあ! やるかっ」

 俺は自分のクラス目掛けて歩き出した。後で気付いたが、まだ俺が出そうな競技は無い。傍から見ればやる事もないのに奮起した頭のおかしい人物だが、俺がその事に気付いたのはクラスの集団に紛れた時だった。

 恥ずかしいので、急いでダッシュで碧花の所まで戻ってくる。

「お帰り」

「止めてくれよ! 意気揚々と歩き出して馬鹿みたいじゃないか!」

「悪いね。お詫びと言っては何だが、もしも君の組が一位になったら、君の言う事を何でも一つ、聞いてあげよう」











 


「マジ?」 

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