ここはスバらしき場所
口の中に綿とか突っ込まれたらどうしようかと思ったが(死んだ人間には中身の漏出を防ぐ為に各部位に綿を詰め込むのである)、口付近の血が吸い取られないので、綿ではない。多分何か……食べ物? 柔らかくて、血の味がする。味に関しては吐血のせいだろうが、これのせいで本来の味がぼかされて、何が何だかさっぱりだ。
しかしその効能は不可思議で、食べ物を強引に呑み込まされてから一時間後。目が動く様になった。更に一時間後、首が動く様になって、それから数時間経過したら、身体を起こせる様になった。さっきまで死んでいた感覚が次第に蘇ってくる。こういう急速的な回復には痛みが伴うものだと勝手に思っていたが、不思議とそれもない。
警戒心から暫く動かなかったが、少年の声が再び近づいた所で、俺はようやく動きだした。指の方はまだ動きそうも無いが、会話なら可能だ。それに何を狙っているのか分からないからと何時間も寝続けるのは、単純に気分が良くない。
ここが何処なのかも知る必要はあるし。
「あ、ようやく目覚めた」
「…………君達が、俺を助けてくれたのか」
俺の視界に居る二人の人物の―――深編笠を被っている方が雪か。もう一人は少年だと分かるが、雪の方は女性なのか男性なのか分からない。今までに一言も喋ってくれないので声も分からない。お蔭で視線が、雪から離れない。
「初めまして。僕の名前は楼です。もしよければ、貴方の名前をお伺いしてもいいかな?」
自らを楼と名乗る少年は、左目に包帯を巻いている。髪の色が抜けきっている所が那峰先輩を彷彿とさせるが、彼女のあれはオミカドサマにやられたものだから、同じではないだろう。緋々巡りによってオミカドサマは封印した。誰かがまた封印を解かない限りは、もう被害者は出ない。
「首藤…………狩也」
「狩……成程、狩ね。分かった」
「そっちは……雪だっけ」
「あ、聞いてたんだ。そうだよ」
何かを食わされて動けるようになったとはいえ、口の中が血だらけなので喋りたくない。何となく申し訳なかったが、もう一つ借りを作る事に決めた。
「……あの、水もらえないかな? 口の中が血塗れで気持ち悪くて」
瀕死の状態からここまで回復したという事実に気を取られて俺はとある事をすっかり忘れていた。気付いたからと言って何も出来ないが、気づけていればまた俺の考えは違っていただろう。
口の中で固まった血が簡単に吐き出せる筈もなく、口内の洗浄にはかなりの時間が掛かった。この家に用意されている水が水道だったらもっと時間が掛かっていただろう。何故か水の貯蓄がたらいに溜まっている水のみなのは気になったが、お蔭で大分早くきれいになったと思う。一番良いのは学校で陸上部とかが良くグラウンドで飲んでる蛇口が上を向いてる冷水だったが、我儘を言える立場じゃない。
俺が部屋に戻ると、楼と雪が囲炉裏の方に移動して俺を待っていた。今更気にするのもどうかと思うが、囲炉裏まで現役とは、この家は大分古い。古すぎて浮世離れしているレベルだ。しかし文句を言うつもりはない。意外に思われるかもしれないが、結構、こういう古めかしい家は好きだったりする。
「助けてもらって何だけど、色々尋ねても良いかな?」
「うん。どうぞ」
…………やり辛い。
二人には何も責任は無い。これは俺の問題だ。敬語を使うべきなのかそれともこれまで通りタメ口で話せばいいのか。後者の方が話しやすいので無意識的に使ってしまっているが、普通他人には敬語を用いるのでは?
敬おうと思えないとかならまだしも、命を助けてくれた恩人だ。しかし一度タメ口で始めてしまったものだから、今更敬語に戻るのもおかしい気がする。どっちで喋れば良いのだろうか。
「えっと……自分で言うのもなんですけど。俺、結構瀕死だったじゃないですか。何で、助けてくれたんです……か?」
「それは雪が助けたいって言ったからだよ。でも正直賭けだった。狩はそれくらい凄い怪我をしていたんだ。間に合わなくても、それはそれで道理だったよ」
ほぼ死んでいたのを怪我と言い表すあたり、何かがズレている気がしてならない。瀕死の重傷という表現はあるが、あれだけ血反吐まき散らして、腹部にナイフが刺さっていたら―――
ふと俺は自分の腹部から痛みが無くなっている事に気付いた。俯いてみてみると、何と刺さっていたナイフが無くなっている。意識が無くなっている間に取り除かれたなら話は分かるが、意識自体は最後まで鮮明だった。そしてその限りでは、二人の内どちらもナイフを抜いていなかった。
では一体何処に?
「……ナイフは? 俺の腹部に刺さってたですよね」
「あれか。あれは……消えた」
「消えた?」
「うん。忽然と何処かに」
…………また不思議な事もあるもんだな。
まあ、いいか。勝手に消える分には余計な処置をしなくて済むだろうし。その事は一度忘れた上で、引き続き俺は状況を把握するべく質問を重ねる。
「俺に何を食べさせたんだ?」
「大したものじゃないよ。でもとっても栄養があって体に良いんだ。お蔭で怪我が治ったでしょ」
栄養があるとかそういう次元の話だろうか。ゲームで例えるなら宝箱で稀に手に入る全回復アイテムみたいな効能をしていたが。即効性が無いにしても、現実的な効能じゃない。
『俺』が引きずり込んだとだけはあって、やはりここは……またも常識の通用しない場所らしい。
「こっちからも質問良いかな?」
「え……あ。い、いいですよ」
敬語とタメ口がやはりグチャグチャだ。いい加減どちらかに統一しないと話しづらいが、どちらで話せば良いのか全く分からない。何せ雪も楼もどちらで話しても何も突っ込まないばかりか、この違和感丸出しの喋り方に関心すら向けてくれないのだ。
……怖いから敬語で統一するか。
「狩はどうしてあんな所に倒れてたの? あんな森の奥じゃ、人なんて来ないでしょ。僕達は、まあ別としても」
「あーちょっとややこしくなるんですけどね。その。何と言いましょうか。俺と同じ顔の奴があの森の中に居るんですよ」
「同じ顔?」
「はい。それで、その人に刺されて危うく殺されかけたんですけど。どうにか不意を突いて逃げ出して―――途中で限界が来て、あそこに倒れてました。絶対死ぬと思ってたんですけど、その……お蔭で助かりました。有難うございます」
「いや、気にしないで。その代わり、狩には暫くここに居てもらいたいんだけど」
「えッ」
それは普通、俺の方から申し出る事では無いのか。行く当てもないし、拠点は必要だ。願っても無い提案なのは言うまでもないが、予想外の提案に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「い、いいんですか?」
「うん。実は僕、結構家を空ける事が多いから、雪の相手が出来ないんだ。だから狩には、ここで雪の相手をして欲しいんだよね」
「……でも雪。喋りませんよね?」
「いいや、喋るよ。暫く一緒に過ごしてたら嫌でも分かる様になるさ。どう? 強制するつもりはないけど、聞いてくれる?」
二択に見せかけた一択というものは存在する。これが正にそうだ。拒否権はあっても使えない。選択権があっても使えない。使う選択肢が最もデメリットを招く。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、居させてもらいます」
『まほろば駅』然り、良く分からない場所に行ってしまうのは初めての事ではないが、まともに会話が通じる相手が居るなら、それに越した事はない。どうにかここを脱出するまでの手立てが見つかるまでの間、ここにお邪魔させてもらうとしよう。
―――碧花は今頃、どうしてんのかな。
まだ生きられるのなら、一分一秒でも早く彼女に会いたい。
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