鏡に見惚れて
風の向くまま気の向くままという方針に従い、俺達は久遠慈駅で降りた。トンネルを抜けているとはいえ、一駅くらいで何か変わるのかと言われると…………かなり変わる。
電車に全く乗らなかったお蔭とも言えるが、通りがかる人全てがまるで外国人の様だ。普段の俺なら委縮してしまっただろうが、碧花と手を繫いでいるお蔭か、それとも俺の中の何かが変わったせいか、全く怖くない。
「行くぞ」
「……うん」
碧花の手を引っ張りながら、当ても無く歩き出す。時間帯としては朝だが、流石に人通りが少なすぎるのでは無いだろうか。久遠慈を使っている人間はどれだけ少ないのか。この時間なら通勤ラッシュとはいかずとも、学生やサラリーマンが続々と姿を現しそうなものなのに。
「何処に行こうか」
「行きたい場所はあるか?」
「私が決めて良いの?」
「今の所思いつかないし、いいよ」
当てもなく歩く、という行為はこの現代には存外難しい。下手すると一生道路を歩いているだけになる。碧花は暫く目を瞑ると、徐に俺の腕を取った。
「じゃあ、神社に行こうよ」
「神社……って何処に見えるんだ」
「指をさしても良いけど、案内した方が早いんじゃないかな。私の視力、君の二倍あるし」
確かにそれなら案内された方が早い。早くも彼女に先導される形(これをいつも通りと言う)で、俺達は神社を目的地に再び歩き出した。有名どころの神社は把握しているが、神社マニアという訳でもないので、どんな名前なのかも知らない。そもそもこの地域に存在している事自体知らなかった。
「……なあ。お前さ、怪異好きか?」
「またよく分からない質問をしてくるね……理由は聞かないでおくけど、好きだよ。私は」
「具体的には?」
「怪異を拒絶する事は簡単だよ。見たくないと思えばいい。でもそういう非現実的な存在を否定するって事は、今現在の君を否定する事になる。だから大好きだよ」
俺は嫌いだ。唯一感謝出来る事は碧花と出会わせてくれた事くらいで、九割以上は酷い目に遭っているから。彼女が聞き返してこなかったのは、俺がそう答える事を知っていたからだろう。いつも隣に居てくれたのだから、知らない筈はない。
「―――俺は怪異なんて見たくないんだが」
「今はオカルト部とも関わっていないし、何なら今後も一切関わらなきゃ、出会わない筈だよ」
「でも山に行った時は、心霊スポットだったとはいえ、変な事ばっか起きたぞ」
「あれはわ―――ああ。うん。そう言えばそうだったね。そうなっていたね」
その返答の奇妙な感じと言ったら、幾ら鈍い俺でも気付いた。何かを隠しているのだとは思うが、どうせ大した事は隠されていないと思うので、スルーする。
一時的に会話が途絶えたが、この沈黙は別に気まずくない。只々、幸せだった。腕に絡みつく感触、意気揚々と歩く碧花。彼氏彼女とはいかないが、疑似的にでもそんな気分を味わえているのだ。幸せでない筈がない。
「あ、ここだよ」
暫く歩き続けていたら、碧花が足を止めた。目の前には小さな鳥居が聳え立っており、その奥にはその辺りの家よりも二周りは小さい御堂の様な建物、お賽銭箱、ガラガラ(正式名称じゃないと思うが、俺は知らない)がある。
「……マジであったのか」
「え、もしかして無いと思ってたの?」
「…………少しな」
俺の視力も大概良い方だと思っていたのだが、その二倍というと碧花は何処かの民族に所属している人間になってしまう。だから嘘か見間違えか、俺に気を遣って知らないふりをしているだけで事前情報を持っていたかのどれかだと思っていたのに―――マジだったとは。
「酷いな。これでも昔は『明鏡の碧花』と呼ばれてたくらい名腕のスナイパーだったんだけど」
「いや、いつ軍役に就いたんだよ。俺知らねえぞ」
「サバゲーの話だってば」
「サバゲーもしてねえだろ」
大体俺の家にも碧花の家にもエアガンはおろか、防具だって存在しないではないか。まあ彼女の家にはマジの刀があるが……ナイフと同じ刃物だから大丈夫理論でサバゲーには持ち込めないだろう。
「この神社って、何の神様が祀られてるんだろうな」
「知らない。でも邪教では無いだろうから、心配は要らないでしょ。さ、一緒にお参りしようよ」
「まあ待てよ。神社なら巫女さんとか神主さんとか居るだろ。まずは何の神様が祀られてるか尋ねようぜ」
もしも縁切り―――それも恋愛関連限定だったら、俺は絶対祈らない。そこまで想像が捗っていないのか、普段と比べて幾らか慎重な俺を見て、碧花は首を傾げていた。こういう反応を見ると、やはり告白などする気が無くなる。もし俺と両想いなら、同じ想像に至ってもおかしくないだろう。というかそれが自然だ。
「済みませーん」
誰に向けるでもなく、漠然と声をあげながら俺達は鳥居を潜る。声に対する返答は無く、周囲を見渡しても、人っ子一人居ない。お守りでも売っているのか販売店らしき小屋はあるが、ガラス越しには誰も見えない。
「……居ないのかな」
「まだ分からんぞ。声が聞こえなかったのかも―――済みませーん!」
もう一度声をあげると、御堂の裏側から箒を持った一人の女性が姿を現した。
「……道にでも迷われましたか?」
巫女服姿の女性は外見曰く十代後半から二十代前半。丸くて大きな瞳が特徴的で、何処か浮世離れした雰囲気を感じる。御堂に立っているので正確な身長は把握しかねるが、ショートカットも相まって、かなり幼く見える。言動自体は大人っぽい(敬語のせいだ)ので、見た目とのギャップがある。
「あ―――えっと、ここの神社の」
「そんな所です。それで、何か御用ですか?」
「えっと、実はこの神社にお参りに来たんですけど。ここに来るの初めてで、何の神様が祀られてるのか分からなくて」
「―――お二人で、ですか?」
「はい。そうです」
おかしな言葉を言った覚えはない。至って普通の、悪く言えば陳腐なやり取りだったと思う。巫女の女性はその場で硬直したまま、俺と碧花の全身をジロジロ見ている。流石にこうなると手を離したかったが、腕が絡んでいるので無理だった。
「…………大変申し訳ございませんが、この神社には、もう何も祀られておりません。どうぞお引き取りを」
「え? それは……どういう事ですか?」
「そのままの意味でございます。御堂の中には何も祀られておりませんし、ここには私以外居りません。このお賽銭箱も、今となっては誰も使っておりません。お参りは無意味かと」
「それならどうして……えっと。貴方は何で巫女服を?」
名前が分からないので喋りにくい。女性は自身の巫女服を抓むと、「ああ」と前置きしてからうっすらと笑みを浮かべた。
「これは―――趣味です」
「しゅ、趣味ッ?」
オカルト部に負けず劣らずの変人がここに居た。流石に失礼なので口には出さないが……考えてもみて欲しい。何も祀られていない神社に巫女服を着た女性が一人。これはどう考えても変人だろう。変人以外の何者でもない。
似合っているから、騙されてしまいそうだが。
女性の発言に俺が戸惑っていると、横の碧花が目配せで『帰ろう』と言ってきたので、言う通りにする。
「分かりました。そういう事なら帰ります。どうも失礼しました」
「いいえ。こちらこそ紛らわしい格好で目の前に現れてしまい、済みませんでした。それでは―――お気をつけて」
女性が頭を下げた所で、碧花に促される形で俺は身を翻し、神社を後にする事になった。帰り際に神社の周辺を見ると、来た時は気付かなかったが、ちらほらとタバコの吸い殻が見えた。あの女性が吸っている様には見えないし、そもそもこういうゴミを掃除していたから、彼女は箒を持っていたのではないのか。
「あの……済みません」
俺達が再度鳥居を潜ろうとした瞬間、女性が声を掛けてきた。
「何ですか?」
「一つ……おかしな事を尋ねても宜しいでしょうか―――貴方に」
「あ、俺ですか。別に構いませんけど、何ですか?」
「貴方は―――人間ですか?」
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