伽藍堂の巫女


「……只の変人って訳でも無いんだな、あの巫女さん」



 廃神社を後にした俺達は、先程出会った巫女さんを話題に、碧花と話していた。



『貴方は―――人間ですか?』



 初見でそんな事を聞いてくる奴はオカルト部にも居なかった。西園寺部長は気付いた上で明言しなかった節があるが、それはそれとして。もしも俺が本当に人間なら失礼極まりないと怒る所だが、あの巫女さんは直前に俺だけを指して言った。


 ならばその眼は正確だ。確かに俺は……認めたくない所だが、人間じゃない。碧花が起こしたひとりかくれんぼの『遊び相手』であり、分類としては憑き物に近い。俺の肉体に俺が憑いているので元通りと言えなくも無いが、一度切った紐を結んでも元通りにはならない様に、一度出た魂を入れたからと言って、人間のままとは言えない。


「伽藍堂の巫女……とでも言おうか。少し気になるね、あの女性」


「お前もか」


「気になるよ、そりゃあね。泊まる場所にも因るけど、もう一度様子を見に行きたいとは思ってる」


「だよなあ」


 あの神社そのものも変と言えば変だ。様子が何処かおかしい。が、今は次の目的地を探すのが先だ。神社の件は気になるが、あればかりに執着してしまうと、旅の意味が無くなる。気になる所や行きたい所を転々と回るのが旅の醍醐味なのであって―――とにかく、あの巫女さんの事は一旦忘れる。


「最初の目的地は私が決めちゃったし、今度は君が先導してよ」


「ん。そうだなあ―――」


 お店はあるが、どれも興味が湧かない。特段腹も減っていないし、昼食にするのは早すぎる。神社から離れる様に歩きつつ周囲を見渡していると、ある一つの場所が、俺の目に付いた。


「あ」


「ん?」


 彼女と比べると面白みも無いし、地味極まる。普通の人なら興味など一切向けないだろうが、きっと今の俺には、魅力的に見えた。




「碧花。久しぶりにさ―――公園で遊ばないか?」




 大人になれば、殆ど足を運ぶ事も無いのではないだろうか。砂遊びもブランコ遊びも鉄棒遊びも、殆どの人間は経験して―――そして、いつかやらなくなった筈だ。少なくとも俺はそうだった。昔は一生ブランコで遊んでいるだろうなどと、底の浅い未来を創造したものだが―――現状がこれだ。


 大人になって再び公園に足を運ぶ時があるとすれば、それは子供を持つ事になった時くらいだろう。


「公園―――か。確かに小学校の時以来、全く遊具で遊ばなくなったね」


「だろ? まあ現代だからかもしれないけどさ。俺達が中学生の頃は、皆、色気づいて恋人作ってさ、遊園地とか水族館とか……そういう施設に行く事が多くなって、誰も公園に行かなくなったじゃんか」


「公園でデートってのも味気ないからね」


「何だよ! 公園でデートっていいだろ! 理由は説明できないけど、いいじゃんか。ベンチで座ってる二人見たら、仲いいなあって思うじゃんかッ」


「そういう落ち着く事の楽しさっていうのは、もう少し年を取るか、長い付き合いが無いと楽しめないと思うけどな」


「…………お前は、どうだ?」


「うん。公園の事かい? 楽しめると思うよ。何であれ久しぶりに触れる物に人は夢中になる。行こうか」


 もしも彼女が乗り気でなかったらベンチで休んでいてもらおうかと思ったが、存外に乗り気だったのでプラン変更。手を繫ぎながら小走りで公園に入り、俺達は真ん中で手を離した。


「―――さ。何してあそぼっか」


 時間帯もあるだろうが、この公園は一時的に俺達の独占状態にある。遊具は全て使い放題だ。常軌を逸した使い方は流石にしないが、例えば今ならブランコを使った靴飛ばしなんかも出来る。安全を保障された危険はいまいちスリルに欠けるかもしれないが、俺には十分すぎる。


 一度公園全体を見渡してから、俺は一つの遊具に手を掛けた。


「―――鉄棒やるか」


「お、鉄棒にするんだ。逆上がりが体育の課題になっていたのを覚えてるかい?」


 言いつつ彼女も鉄棒を順手で掴む。


 この冷たく、顔を近づけると微妙に鉄臭い感覚が懐かしい。


「ああ、あれなッ。クラス全員が逆上がり出来たら担任が何でも買ってくれるって奴。皆、大騒ぎしたもんだよ! お小遣い足りなくてゲームを買えずにいた奴とか、ここぞとばかりに要望してたしな」


「私のクラスもそうだったよ。ただ、君達とは少し違った縛りが設けられていた」


「縛り?」


 碧花はショルダーバッグを足元に置くと、片足を軸に何度か勢いをつけて―――一回転。これ以上ない、お手本の様に綺麗な逆上がりだった。


「私が教えるの禁止、っていう縛りだよ」


「……は? どういう事?」


「私が教えると皆出来る様になっちゃうからダメだって言われてさ。全く困っちゃうよね。君以外に教えるつもりなんて更々無いのに、無駄に拘束された気分だったよ」


 軽く流されたが、その通りだ。どちらかと言えば俺は運動音痴な方で、今の俺がまあまあな身体能力を持っているのは全て彼女のお陰である。特に逆上がりは、駆け上がる用の台を使っても出来なかった。


 すたッと、碧花が着地する。


「まだ君は出来るかな?」


「余裕だ。この全日本豚の丸焼き選手権第一位の俺を舐めてもらっちゃ困るぞ」


「聞いた事無いし、君にそんな筋力は無いだろ」


「その発言は聞き捨てならねえ。そこまで言うなら見せてやろうじゃねえか碧花。今から俺の漢見せてやるよ」


 幸い、俺は碧花のやり方を見ている。見様見真似で出来るとは思わないが、どんな事柄もまずは真似から入るのがセオリーだ。



 片足を軸に何度か勢いをつけて―――一回転!



 ―――は、俺の想像の中でのみ成功しており、実際は足が宙に放り出されたと思えば、間もなく地面に着地するだけだった。ハードルを上げるだけ上げておいて超えられないのは、一番恥ずかしいパターンである。


「…………うん。かっこよかったよ」


「いや棒読みッ! どうやったらそこまで死んだ声がだせんだよ!」


 意地になって何度か試すが、試行回数を経る毎に結果は悪化していく。次第に腕も披露してきて、遂には前回りもまともに出来なくなってしまった。


「…………はあ。はあ。はあ。無理、もう無理……」


「鉄棒だけでそんな飛ばしちゃって、体力が保たないよ。ベンチで少し休もうか」


「……いや。ブランコだ。ブランコに行こう。あれなら得意だ」


 気のせいだと良いのだが、昔と比べると遊びに使える体力が減った気がする。幾ら出来ないと言っても、当時の俺なら後二時間はやり続けられたと思うのは、思い出補正の一種なのだろうか。昔であればある程思い出補正は強力になるとはいえ―――どうにも、気のせいというだけでは片づけきれない確信が、俺の中にある。


 いいや、きっと気のせいだ。ブランコでそれを証明してみせよう。


「ブランコか……また何かで勝負するの?」


「いや―――あれは普通に漕いだ方が、楽しいだろ」


 一人でするブランコは最中と事後の振れ幅が大きい。二人でするブランコは無限に楽しい。これが思い出補正込みの方程式だ。


 俺はほうほうの体でブランコの方まで移動。お尻を座部に落とし、碧花を待たず漕ぎ始める。本当に触れたての頃はどうやって勢いをつけるのか分からなかったが、こればかりは身体が覚えている。直ぐに勢いが付き始めた。


「中々やるじゃん」


「おうよッ。ま、ブランコで一回転したって奴には遠く及ばないけどな!」


 風を切る。


 空を仰ぐ。


 鎖の軋む音と共にふわりと投げ出される上体。ああ、ブランコだ。子供の頃も確か、この何とも言えぬ爽快感を味わいたくて、ずっと漕いでいた。早くなり過ぎて、もし鎖を離したらどうなるのだろうと考えながら、安全の保障された危険を楽しんでいた。


「……そろそろ私も参加するよ。隣、いいかな」


「どうぞお! やっぱブランコってのは、二人でやると駄弁れるから楽しいよなあッ!」


 俺の場合は必然的に大声で話す事になってしまうから時間帯によっては近所迷惑にもなるが。その時は漕ぐのをゆっくりにすればいいだけだ。一漕ぎする度に童心に帰っていく感覚を覚えながら、早速碧花に話しかける。


「お前はさ! 思い出とか―――無いのかッ?」


 彼女の方を一瞥すると、既に俺と同じくらいの振れ幅になるまで漕いでいた。早すぎる。


「思い出……って! 君との思い出なら、たくさんあるけど!」


「俺以外とのッ! クラス違ったし、何かあるんじゃないのかッ?」


「―――ないッ!」


「言い切ったなッ」


「君とは違って―――! 他の人は、全員下心を持ってたから! 嫌いだった!」



 いや、俺もあるんだけど。



 実を言うと、小学校の頃からあった。というか碧花という女性を知ってしまったせいで、俺の中で女性の基準というものが大幅に上がってしまった気さえする。無理無理。悟りでも開かなきゃ耐えられない。


 水鏡碧花をエロい目で見るなという方が無理だ。俺が孤立していた頃でさえ、間違いなくこの意見だけは一致していた。


「俺を菩薩か何かに仕立て上げるのは―――やめろッ! お前の事……滅茶苦茶エロい目で見てたぞ!」


「本人にそれを言うかいッ! 随分度胸があるねッ」


「隠してもバレ……るじゃんッ!」


 見栄を張ろうとしても無駄なら、最初から見栄など張るべきではない。かえって恥を掻くし、最悪はあらぬ誤解を生む。同性愛者でもないのに同性愛者と勘違いされてしまったら、それはそれで本物の同性愛者に失礼だ。


「当然だよッ。何年一緒に……居ると思ってるんだいッ。君の事は―――手に取る様に分かる!」



 ズザザッ!



 足でブレーキを掛けて、急停止する。横で元気よくブランコを漕ぐ碧花に、俺は素朴な疑問をぶつけた。




「じゃあ。次に俺が何したいか、当ててみろよ」




 碧花もブレーキを掛けて、漕ぐのを止める。


「……当てたら何かくれるの?」


「缶ジュース一本」


「―――なーんだ」


「お、正解する自信が無いんだな? やらないんだな?」


 如何にもな俺の煽りに、碧花はムッと口を尖らせた。






「煽ってくるじゃないか。いいよ、やろう。その煽りを後悔させてあげるから」





  

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