CASE5

それは俺と彼女の出会いの話

 それはある日の事だった。

 碧花に呼び出された俺は、映画同好会が占拠している視聴覚室へと招かれていた。占拠とは随分乱暴な言い方だが、仕方ない。文化祭を一週間だったか二週間だったか…………多分そのくらい先に控えているのだ。映画同好会も出し物をやるらしく、それが何と映画だという。

―――この時点で、俺は危機感を抱いていた。

 具体的な説明は出来ないが、言いたい事は分かるのではないだろうか。映画監督は映画が好きだから映画を撮っているのだろうが、映画が好きなのと映画が撮れるというのは全く別の話だ。好きこそ物の上手なれという諺もあるにはあるが、あれは好きな事には熱中出来るから上達が早いという意味であって、決して好きなものは上手いという事ではない。

 映画評論家気取りのつもりはない。俺はその他一般的な聴衆と一緒で、面白いものにだけ飛びつく俗物だ。好きとはいえ素人の時点である種の脳内補正が掛かるというのに、喜んで見に行く馬鹿が何処に居る。これが個人的に交流があり、実力を知っているというのならば話は別だ。


 が、俺は天下無双の『首狩り族』。碧花以外に友達など全く居ない。萌は後輩で、クオンは先輩なので除外する。


「まあもっと不思議なのは、何でお前がここの部長と知り合いなのかって話だけどな」

 視聴覚室に辿り着いた俺は、ぶつぶつと文句を呟きながら碧花の隣に座った。映画を見るとの事なので、一応携帯の電源は切ってある。

「知り合いって程でもないよ。ここの部長に一度告白された事があってね。まあ断ったんだけど、どうやら諦めきれないらしくて」

「ははあん」

「それで……えーと、何だったかな。そうそう、自分の一番得意とする事を見せつけたいって事で、文化祭の出し物も兼ねて、私の望む映画を作ってくれたそうなんだよ」

「…………んん? でも映画ってそんなに簡単に出来るもんなのか?」

「誰が昨日今日なんて言ったかな。これ自体は大分前から頼まれていたんだ。で、完成したそうだから、試写会も兼ねて見せてくれるらしい。だから君を呼んだんだ」

 意外な繋がり方、というか。碧花が俺以外と絡んでいる時を殆ど見た事が無いので、他の人と繋がっているとしたらそういう繋がりになるのは自明の理か。それにしても、随分諦めの悪い部長である。碧花を見ていれば、脈があるかどうかくらいわかりそうなものだが…………勘違いしないで欲しい。一途なのはいい事だ。

「―――ちょっと待てよ。だからってお前……繋がってないぞ。完成したなら勝手に見に行けばいいだろ」

 碧花も多分そうだろうが、俺のクラスだって模擬店を開くのだ。幾ら『首狩り族』と言われ避けられようと、サボる訳にはいかない。冷たい言い方をする様だが、勝手に行ってくれた方が進んだだろう。

 しかしこれだけでは誤解を招くので、俺はすかさず付け加える。

「べ、別にお前と一緒に居たくないって訳じゃないぞッ? 只その……サボると、猶更友達が出来ないというかさ。その―――」

「ああ、分かった。もう大丈夫だ。確かに繋がってない様に聞こえた私にも責任がある。私の望んだ映画の内容は、君にも大いに関係がある事なんだ」

「え?」



―――まさか。



 思わず目を見開いて硬直する俺の反応は、頷きによって肯定された。

「な。あ、あれを映画にするのか……ってかお前。無かった事にしただろ!」

「うん、無かった事にしたよ。だから私の望んだ映画の内容は架空。嘘っぱちさ。フィクションって言った方がいいかな。何か間違ってる?」

 どうして彼女はこうも悪びれなく理屈を語れるのか。無かった事にしてあるので、つまりフィクションだから問題ないとは、屁理屈一歩手前の強引さである。彼女のやり口にはどうも賛成しがたい。俺と彼女の二人だけの秘密が、大衆の下に晒されるなんて。あまり気分は良くない。





「碧花、そして『首狩り族』! ご機嫌如何かな?」





 最早場所が違うだけで俺と碧花が屋上で駄弁っているのと変わりなかったが、そこでようやく視聴覚準備室から一人の男が出てきた。

「だ、誰?」

「自己紹介が遅れたな。俺の名前は映画同好会部長、末逆亜深スエサカアミだ。部員からは愛称として、マギャク部長と呼ばれている。よろしく」

 クオン部長と比較するとどうしても常識人感が拭えないが、これでもおかしな類に入るのだろう。碧花に話す時とそれ以外とでテンションの差が違い過ぎる。亜深は何処から持って来たのか、薔薇の花束を碧花に手渡した。

「碧花、よく来てくれた! 今日は君の望む映画を、最高の状態に仕上げてきた。是非、見て行ってくれ!」

「ああ、うん。期待させてもらうよ」

 傍目から見た意見だが、碧花の瞳をどう覗き込んでも『関心』の二文字が見えてこない。死んでさえいた。輝いているのは亜深部長だけで、その輝きの向けられる先、碧花の瞳はその光を虚無の彼方へと追放している。心なしか先程の声も平坦な調子で抑揚が無かった。俗にいう棒読みである。

「君も……まあ、楽しんで行ってくれ」

「あ、はい。期待させてもらいます」

 亜深部長は後ろの方に設置してあるプロジェクタの所に行った。好きな人と、何かよく分からないどうでもいい人とで反応に差があるのは仕方ない事だが、気のせいだろうか、邪魔に思われている気がする。



 俺が居なければ碧花と二人きりになれるので,多分気のせいではない。


 

 この扱いの差にはどんな鈍い人間も直ぐに察する事が出来る。俺の尋ねたかった質問を、代わりに碧花が尋ねてくれた。

「そう言えば、この映画のキャストってどうなっているんだい?」

「うちの可愛い部員達だ! まあまだまだ未熟な点はあるが……碧花! 君がきっと満足するであろう出来を、約束するぞ!」

 これが所謂『ゾッコン』か。年齢を考慮すれば彼の方が年上なのに、好きな人だからかやけに声音が優しいというか、物腰が柔らかい。校内一の美人は伊達ではないようだ。俺の知る限り、男子の九割くらいが彼と同じ状態である。

 彼女を持っている奴ですら、碧花を彼女にしたいと考えていたのを聞いた事がある。あろう事かその男(話していたのを聞いただけなので、個人情報は知らない)は、今の彼女をサブとして、碧花をメインに据えたいとまで言っていたのだ。

 そんなクソ野郎に碧花が靡く筈もなく。数日後に現在の彼女に当たり散らした結果、名前も知らぬその男は彼女とも別れてしまい落ち込んでいた。

 あれはフラれて当然だったとしても、男子の殆どがそんな状態というのはある意味異常である。同時に、殆どの男子は碧花を『高嶺の花』として半ば諦めてもいるのだが。

 碧花だけに。


―――何も上手くなかった。


 視聴覚室の灯りが落とされる。暗幕が光を遮り、プロジェクタの映像が鮮明になった。努力すれば案外劇場っぽくなるようだ。視聴覚室で劇場に居る気分を味わえるなんて思ってもみなかった。以前のデートに引き続き、まるで映画デートをしている様な気持ちだ。



 その時、彼女の手が俺の手を掴み、指の間に己の指を滑り込ませた。



「い………………!?」

 これは夢ではない。椅子の下で、俺は恋人繫ぎをしているのだ。誰もが高嶺の花と思い、隣に居られたらと夢焦がれる女性と。こんな光景を亜深部長が見たら発狂間違いなしだが、暗幕が窓に引かれた事で、主たる光源は映像のみ。机の下で繋がっている俺達の手が見える事はない。見ようとしなければ、だが。

 同時に、映画の開始を予告する数字が浮かび上がり、遂にその行動を取った理由を尋ねる事は出来なかった。俺はガチガチに片腕を硬直させながらも、何とか平静を装って、映画の方に視線を向ける。








 それはオレとカノジョの出会いの物語。これを経て俺は『首狩り族』と呼ばれ、碧花の『友達』になった。俺と彼女の関係性を語る上で欠かせないエピソードと言っても良いだろう。

 映画の上映と同時に、俺は過去じぶんを追体験するのだった―――

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