友達欲しさ、無謀故



 これで準備は完了の筈だ。



 俺は一人かくれんぼの手順を逐一確認しながら、たった今ようやく準備を終えた。後は俺が隠れさえすれば、そして一人かくれんぼという降霊術が正しければ、これで人形が動き出し、俺を殺さんと襲いに来る筈だ。



 俺こと首藤狩也は、小学生にして陰キャ……或いはボッチ。友達作りに失敗していた。



 クラスメイトと話す時はある。けれどもそういう時というのは全体で話す時であり、誰か特定に親しい人がいる訳ではない。むしろプライベートな空間で誰かと話した事など一度もない。実際にボッチになってみれば分かるが、他のグループに入ろうとしても入れない。結局グループの犇く教室内の外側で孤立するしかないのだ。中には柔軟に立ち位置を変えるボッチも居るが、そいつは隠れたコミュニケーション能力があるというだけで、全てのボッチに備わっている訳ではない。俺がそれを持っている道理もない。


 ボッチがボッチで無くなる方法として、主に二つある。


 一つは簡単だ。趣味の合う友達を見つける事。しかし、俺にはこれといった趣味が無いので、その方法は実質的に使えない。


 二つ目は、話題性のある事を行って、時の人となる事だ。これをすれば短期的でも何でも友達は出来る。深い友達……親友ともなると話は違ってくるが、浅い仲であればそれによって多量に作り出す事が出来る。


 趣味もなく、顔が良い訳でもなく、何かが優れている訳でもない。そんな俺に親友が生まれるとは微塵も思っていない。ならばせめて浅い仲だったとしても友達が欲しい。俺の中にあった友達を求む心は、次第に肥大していった。それが弾けた結果が、今だ。


 俺は自分の教室の掃除用具入れに隠れる事にした。いい隠れ場所が思いつかなかったので仕方がない。この学校はお金が無いのか古いからなのか警備員の概念が無いので、特に拘る必要もないのだって理由の一つだ。要は、隠れられさえすればいいのである。





 それからどれくらいの沈黙を無為に過ごしたであろうか。一時間と三十分以上。俺は誰かと話す事もなく掃除用具入れに隠れ続けた。





 一応言っておくと、人形が探しに来た気配はない。いや、妙な足音や気持ち悪い笑い声は聞こえるのだが、直接見た訳ではないので、探しに来たとは言えない。というか直接見たくて、俺はわざわざ手順の中にある『塩水を口に含む』工程を飛ばしたというのに。殺されるのはごめんだった……いや、あんまりにも生きていてつまらないなら考える……が、教室の中くらいには入ってくれていいだろう。俺が余裕を持っているのは、動く相手が所詮人形なので、仮に教室まで間合いを詰められても十分逃げられると判断しての事である。これがもし成人男性などであれば、その余裕はない。




 一人かくれんぼは二時間以内に終わらせないと、霊が帰ってくれないと言われている。




 もう少し待ってみても良かったが、俺はこの学校を心霊学校にしたいのではない。欲しいのはあくまで話題であり、幽霊ではないのだ。この無意味な一時間半で気が狂いそうだった事もあり、遂に俺は動く事にした。やはり知識や刺激というものは、人間の起床中においてとても大事なのだと知った。何も無い時間というものは、非常に耐えがたい。


 掃除用具入れから出た俺は、早速人形が元居た位置に向かう事にした。水場という事で、確かシャワー室にぬいぐるみを置いた筈だが…………


「あれ?」


 結論から言って、無かった。すると隠れている最中に聞こえたあの足音がぬいぐるみのだろうか。それにしては硬質な響きだった気もする。綿や布では出ない様な音だったと思うというか、そもそもそれら二つは硬くない。思考を巡らせてはみたが、実際に動き出した所を目撃している訳でもないので、答えが出る事はない。


 暫く考えた末に、俺は人形を探す事にした。死にに行きたい訳ではなく、一人かくれんぼを終わらせるには、何であれ人形が必要である。探さずに逃げれば、家の中で殺されるか、それともここに幽霊が住み着くかの二択が生まれてしまうが、それだけは避けたい。どちらも、俺にとって何のメリットがあるというのだ。


 持っていた懐中電灯をつけて、慎重な足取りで俺はシャワー室を出た。待ち伏せされていたらどうしようもなかったが、そこまで知恵の回るぬいぐるみでない事を確信。少しだけ安心した。が、懐中電灯の灯りが点滅し始めたので、不安になった。


 どうしようもないチキンハートとは言わないで欲しい。死の危険が間近にあると思うと、これくらい慎重になるのは致し方ない事だ。



 廊下の角を曲がり、ライトを向けた時、俺は目を疑った。



 ライトの向けられた先には、一人の少女が歩いているではないか。こちらに背中を向けている、つまり遠ざかっているから気付いていないようだが、一人かくれんぼは一人で行わなくても成立自体はするのだが、近くに人が居た場合、たとえその人が関与していなくとも、影響を受ける可能性があると言われている。俺はこの学校を一つの部屋と見立てて行ったので、あの少女が影響を受けるのは間違いない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 思わず声をかけて、俺はその子に駆け寄った。どうやら幽霊ではないらしく、その子は俺の言葉に従って、足を止めてくれた。


「き、君…………誰だ?」


「……誰だ、とはご挨拶だね。人に名前を尋ねるのなら、まずは自分からじゃないかい?」






 少女が振り返ると、俺はその美しさに言葉を失ってしまった。ともすれば、俺は遥か以前の時代にあったとされる統一言語すら使えなくなったのかもしれない。バベルの塔の崩壊よりも早く、俺は言葉を喋れなくなっていたのかもしれない。






 陶器の様に滑らかな肌。そして最高峰の人形師が最大限時間を掛けて作成した様な、完璧な顔の比率。光に照らされた瞳が暗黒を反射し、俺の心を鷲掴みにした。この学校の制服を着ていなければ、俺はどこぞの帰国子女が迷い込んできたとでも思ったかもしれない。


「お、お…………」


「…………名前は?」


「え?」


「名前を聞いてる。答えないなら、私も答えない」


 少女は澄まし顔を貫いたまま、淡白にそう言った。そこには明確な拒絶こそないものの、俺から一歩距離を取っていると言わんばかりの口調だった。


「俺は……首藤狩也だ」


「狩也君……か。初めまして、私は碧花、水鏡碧花だ。君はどうやら私に聞きたい事があるようだけど、だったらまず、私から同じ事を聞いてあげるよ。君はどうしてここに居るの?」


 鋼鉄の如き不変の顔はそのままに、碧花は首を傾げた。

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