何にも劣る、それ故に

「ぐうううううう…………!」

 勢いと痛みから膝を曲げそうになったが、それをすれば重傷化は免れない。気合いで体勢を崩すのを止め、俺は萌を助け起こした。

「は…………やく! いけえ!」

 萌の身体を押して、無理やり家屋の中へ。口調もやり方も乱暴になったが、今は急を要する事態だ。恐らくこの矢を撃ってきたのは楼。間違いない。殺すつもりならもっと狙うべき場所はあった。例えば首なんて狙われたら、俺は為すすべなく死んでいた。それなのにわざわざ足を狙ってきたという事は、俺の両足を切り落としたい彼がやったに決まっている。

「せ、せんぱいも……はやくッ」

 言われるまでもなく俺も退避しようとしたが、現実はそう甘くない。間もなく二発目が、今度は右腕に命中。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア ッ!?」

 何故急所を狙わない。しかも足かと思えば、今度は腕とは、楼は何を考えている。気が変わって俺を殺す事にしたのだろうか。しかし俺は殺される様な真似をした覚え…………は。


 ―――あった、な。


 雪を殺しておいて、自分だけ助かるつもりなんて都合が良いか。そりゃそうだ。俺だってそうする。自分の一番大切な……碧花を殺した奴が居たら、俺はそいつを殺すだろう。人の大切なものを奪っておいて、どうしてそいつの幸せを奪っちゃならない。自分勝手な正義でも、俺はきっとその正義を信じただろう。

 同じ事だ。俺は雪を殺した。殺しておいて自分だけが殺されないなんて思っちゃいけない。命は一種のカウンタートラップだ。殺した分だけ自分に災いが降りかかる。この場合は俺が死ぬ。

 矢自体は刺さったままなので出血は大した事ないが、分かる。後もう一発でも受ければ、俺は痛みのあまりショック死するだろう。つまり次の矢は何処に当たっても致命傷。当たった時点で即死は免れない。


 ―――まあ、いいか。


 今まで首を狩ってきた報いが下されたという事で終幕。それで良いのではないだろうか。碧花の為にも生きていたい所だが、足と腕を撃たれてどうやって生き残れと。頼みの綱は萌か由利だが、どちらも満足には動けない。片方に至っては意識そのものがない。ここから奇跡でも起きない限り、俺の死は決定的だ。

 きっと、天奈と同じ所には行けないだろうが、それでも―――


 ――――――


 ―――――


 ―――


 あれ?


 確実に訪れるであろう終焉が、いつまで経っても訪れない。生きる事を諦めていたのが、ここまで死なないと、先程までの諦めが恥ずかしくなってきた。

「せんぱい…………手をッ!」

 萌も好機とばかりに手を伸ばしてくる。今まで通りのペースなら萌の手も撃ち抜かれていただろうが、やはりその気配がない。弱弱しく彼女の手を掴むと、少しずつだが、家屋に向けて俺の身体は動き始めた。否、萌が全身を使って俺の腕を挟み、それでどうにか引っ張り込んでいるのだ。

「お、重い…………!」

 そりゃそうだ。仮にも人間一人の男性一人。萌の太腿にも矢が刺さっているせいもあるだろう。力めばそれだけ痛みが増す。痛みが増せば力が抜ける。

「死んだら駄目ですよ…………駄目なんですから、先輩ッ」

「…………」

「死んでいい人間なんて誰も居ないんですッ。死んだらダメですよ。死んだら泣きますよ! 私も、御影先輩も、碧花さんもッ!」

 体の半分くらいが家屋の中に入った。萌も中々引っ張るのが上手い。このまま一生矢が飛んでこないなら、俺も取り敢えずは一命を取り留める事になるのか。膝をやられたので片足は機能しないが、死なずに済むというのなら、それに越した事はない。




「ようやくミツケタゾ、スドウカリヤ」




 外に出たままの腕を踏みつけ、萌の必死の救助を邪魔したのは、『俺』だった。

「……え。せ、先輩が二人…………?」

 そもそもどういう経緯でまほろばに来たかと言われると、邂逅の森で『俺』に殺されかけて、そこを楼に助けられたのが原因だ。つまり楼以前の元凶。来たくもないまほろばに俺を訪れさせた最悪な奴だ。性格の悪さでは王に匹敵する。

「……全く、苦労したぞオレは。貴様の旧友に何回も邪魔をされ続けて、一向に近づけなかった。だが天はオレに味方をした。これでようやくお前を殺せる」

「…………ちょ、ちょっと! 先輩はどうして先輩を殺そうとするんですかッ?」

 こいつに何を言っても無駄だ。碧花が俺に執着していると言うのなら、こいつは碧花に執着しすぎている。理由なんてそれだけで十分だ。

「…………ふむ。しかし随分と死にかけているな。これでは殺し甲斐がない。よし分かった。首藤狩也。お前はオレの身代わりになれ」

「…………な、に」

「最初からこうすればよかったのだ。オレの様な元は低級霊だった奴がまほろばの王に遭えば即刻消されてしまう。しかし電車を見た限り、お前は王に帰る許可を貰った様だな。オレとお前は別人だが、しかしオレはお前だ。お前が許可を貰ったなら、オレも帰還出来る。どういう意味か分かるか?」

 分かってたまるか。

「こっくりさんは分かるな? 低級霊を使う遊びだが、あれは降霊術だ。同じ様に一人かくれんぼも降霊術。水鏡碧花はそれを使って死んだお前を呼び戻した訳だが、あれは完璧では無かった。オレという低級霊も一緒に入れてしまったのだ。分かるか? つまりだ、今のお前に帰還する許可を与えたという事は、同時に長年お前の内側に居たオレにも許可が与えられたという事だ」

 身代わりになれと言いつつ、嫌がらせのつもりか矢の刺さった膝を踏みつけた。激痛のあまり声にもならない声を上げると、『俺』は愉快に笑った。

「オレは現実世界でお前になる。首藤狩也として、水鏡碧花の寵愛を受ける。お前には感謝しているぞ。こんなオレにガワをくれた事をな。だがそれだけだ。もう二度と会う事もないだろう、じゃあな偽物。お幸せに」

 そう言い残して、『俺』は踵を返していった。萌は『俺』を追おうとしたが、しかし俺を放置する選択肢はないらしい。結局俺の傍に戻ってきた(太腿に矢が刺さったままよく動こうと思ったな)。結局アイツが来てから一度もボウガンが飛んでこないので、アイツが犯人だったのだろう。俺の足を封じたのは、意地でも碧花の所に俺を行かせない為か。楼は全く関係なかった。

「先輩ッ、あ、歩けますか?」

「………………萌」

「は、はいッ」

「……………………………………ごめん」

「―――ちょっと、何言ってるんですかッ? 滅多な事言わないでくださいよ。今謝られたら、まるで死んじゃうみたいじゃないですか!」

 みたいじゃない。碧花と『俺』が帰還すれば、いよいよ俺に生きている意味なんて無くなる。これはそれだけの話だ。

 本当につまらなくて。

 退屈で。

 どうしようもない、初恋の話。


















 遅い。

 遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い。

 遅すぎる。

 美原も神乃も御影も萌も狩也君も来ない。そろそろ誰かしら王の許可を貰っただろうと考えたが、私の思い違いだったか? まだ誰もアイツに出会っていないのか? 信じられない。少なくともあの部長の仮面をつけている萌は一切の影響を受けていない筈だ。アイツくらいは来ると思ったのに、何でこない。自主的に残っているのか?

 ナイフを持ったまま立ち尽くしているのが馬鹿みたいじゃないか。私はいつまで駅の前で潜伏していなければならないんだ。

「…………あ?」

 機嫌の悪くなりつつあった私の視界に入ってきたのは、意外にも狩也君だった。

 信じられなくて、思わず姿を現すと、彼もまた目を見開いた。

「碧花ッ!」

「…………狩也、君」

「お前、生きてたんだな! 良かった~! もう王には許可を取ってあるんだ! 一緒に帰ろう!」

 意外も意外。まさか彼が最初に来るなんて予想してなかった。嬉しそうに駆け寄ってくる彼を見て、私は微笑んだ。自分でも機嫌が悪い事を自覚していたが、彼が来たお蔭で、一気に良くなったと言える。

「萌や御影はどうしたの?」

「ん? ああ…………二人は、その。俺の―――せいでな」

「…………そう」

 なら気にする必要は無いか。私はナイフを掲げて、残念そうに刃先をなぞった。

「でも、お前だけでも生きててくれて良かった! もう駅も目の前だし、怪物も居ない。さっさと―――」

「もういいよ、狩也君」

 足早に駅へ向かおうとする彼の手を掴む。狩也君は怪訝そうに首を傾げた。

「な、どうした?」

「いや、もういいよ。何というか見てられない。ていうかさ―――」















「……よくそんな酷い変装で私を騙せると思ったな」

 持っていたナイフで、男の胸を突き刺した。

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