首藤狩也の努力


 女性にモテる様になる香水あると聞けば、たとえ香水の匂い自体が嫌いでも、無理してつける。


『自分の嫌いな匂いなのに、よくつける気になるね』

『お前分かってないなあ。顔でも勉強でもモテない男が彼女を作るにはどうすればいいって、そりゃ流行に乗る事よ! ナウければナウい程に、俺の勝ちはうなぎ上り!』

『…………ナウい自体、死語だと思うのは私だけかな』


 流行のファッションあると聞けば、ファッションという概念から勉強し、取り入れる。


『どーよ! この俺のファッション、いやパッション!』

『彼女が欲しいって情熱は認めるけど、正直似合ってないよ。君にはもっと似合う服層が―――』

『ふッ。時代遅れよのう碧花。まあ仕方ねえよな、お前は何もしなくたってモテるんだから!』

『有難う』

『嫌味だばあああああああか! 嫌味に嫌味で切り返してくるんじゃねえよ! 何でこう……俺にマウント取らせろ!』

『そんな事でマウント取っても空しいだけだと思うけど。それはそれとして、切り返しやすい言葉をチョイスする方が悪いよ』


 所属する事になったクラスが全体的に数学が苦手と分かれば、土下座して教えを乞うてでも数学を得意になろうとする。


『数学ばっかりやっててもテストの点数は良くならないよ』

『いや、クラスの奴等に教えられれば良いかなって。出来れば女子に』

『君って動機が不純じゃない時が無いよね』

『うるせ。こんな体質だけど、俺だって青春したいんだよ。彼女が欲しいって思う事は何も悪くないだろ』


 たとえ何度騙される事になっても、女の子に助けを求められたら、馬鹿にされる事になると分かり切っていても、『もしも』を信じて助けに向かう。


『打算はねえよ。俺がそこまで頭良くない事は知ってんだろ。でも、ほらあれだ。理由なんかない。助けたいから助けるんだよ。騙されたとしても、俺の運が悪かっただけで済むし、これなら誰も傷つかないだろ?』

『本音は?』

『良い奴になればモテるだろ!』

『………………そういう事言ってる内は偽善者なんじゃないかな』





 山での怪奇現象に始まり、美人局(になりかけたというのが正しいかな)、学校七不思議、デート、投身自殺、パーティー、虚落とし。そしてこれ。彼にとっては不幸な出来事、そして心の余裕を無くす出来事ばかり起きるせいで、最近はあまり見かけなくなった。


 彼が恋愛というものにどれだけ真摯に向き合っているか。その姿勢を。


 首藤狩也は確かにモテない。彼は顔が良くない&頭が良くないからと思っているが、その他にも欠点はある。以下、その短所である。




 直ぐ調子に乗る。女の子に少し良くされるとデレデレする。普通を装っているが実際はかなりの変態で、彼女が出来たら色々頼もうと画策している。下ネタを言う癖に言われるのは弱い。不運で全てを片付けて悲観しがち。女の子の認識に時々偏見がある。直ぐスカートの下を見ようとする。女の子の前だと実力以上の事をしがち。それで失敗して幻滅されても懲りない。友人として仲良くしてるだけなのに、勝手に好きだと勘違いする。その癖本当に彼の事を好きな女子の感情には気付かない。




 それでも彼は諦めない。恋愛シミュレーションゲームの主人公みたいな青春が送りたいと、彼女が欲しいと言い続ける。根底にあるのは『首狩り族』故の寂しさか、それ以前の孤独から生まれた愛への飢餓か。

 いずれにしても、素晴らしい事だと思う。女の子に好きになってもらおうと、良い方向へ自分を磨くという行為は、社会に出ても役立つものだ。スキルアップとは厳密には意味が違うものの、自分磨きが出来ると出来ないとでは、社会での有用性が大きく変わってくる。彼の奮闘の結果がどうあれ、これからに良い結果を残す事は間違いないだろう。


 私は、そんな彼の事を好きになった。自分を変えたいと思い、日々の努力を欠かない彼を好きになった。


 そういう努力を妨害する様なこの日々を、一日でも早く終わらせたい。でも私という黒幕を除いても、彼の不幸は生まれついてのもので、お蔭で彼の精神は―――本人は気付いていないかもしれないけど、すり減ってる。


 大体オカルト部が悪い。日常を望む彼に非日常を押し付けたアイツ等が悪い。


 考えても見れば、アイツ等と遭遇しなければ七不思議の一件なんて無かったし、せっかくのデートも台無しにされなかった。あれはあれで、狩也君に水着を見てもらえたし、一緒に泳げたし、遊べたから良いけど。


 あの部活が七不思議調査なんて馬鹿みたいな事をしようと思わなければ。


 ただ、潰そうとは思わない。余程の事をしない限りは、手は出さない。余程というと喩えに困るけど……『傍観したら私と狩也君が、今まで通り接する事が出来なくなるような事』になったら。そんな事にでもならない限り、私はあの部活に手を出すつもりはない。

 意外だった? そうでもない。あの部活に居る部員は狩也君にとって日常に分類されている。迂闊に手を出せば彼の精神が壊れてしまうし、私はそれを望まない。彼の心が壊れてしまえば、それこそ何のために他人を殺してきたのか、という事にも繋がってくる。自己矛盾だ。

 私は彼に独占されたいのであって、独占したい訳じゃ……無くはないが、されたいには及ばない。だから今の所は日常を守る。クオン部長という厄介な存在が何故か居なくなったし、ドジを踏まない限りは守り続けられるだろう―――と。

 数分前の私はそう思っていた。











 末逆亜深という男をご存じだろうか。映画同好会の長で、私に惚れている三年生だ。それはいい。私が美しいという証拠だ。美しければ美しい程、私は狩也君に相応しい女になれる。その証明をしてくれる分には、別に構わない。

 行動はどうだろう。真実と言い張って映画で虚実を作り上げ、それを理由に彼との縁を切れと迫ってくる。これは全然良くないが、処分すればいいだけなので問題じゃない。


 じゃあ問題は何かと言われると、処分の仕方だ。


 放っておいても害しか生まないものを放置する道理はあるまい。彼によって首藤狩也の人物像が捏造されると、彼の今までの自分作りが全て無に帰す事になる。そうなれば、もう二度と立ち直れなくなってしまうだろう。それだけは、何としても防がなければならない。至極普通の事だけれど、生きている狩也君が好きなのであって、死んでいる狩也君なんて一秒も見たくない。

「こんなもので評判を操作するなんて、実に下らない。下らないですよセンパイ」

「だからこれは真実だと―――!」

「真実じゃない。それに、やり方も全然スマートじゃない」

「何だと?」

「私の事が好きなのは結構。でも私の好みは、男らしい人なんだよ。アンタみたいなやり口の汚い男はタイプじゃない」

 堂々と『ブラジャーくれ!』と言ってきた彼を見習ってほしいものだよ。全く。腹の底から無限に湧いてくる怒りを気合いで抑え込みつつ、手持無沙汰になった理性だけで私は言った。



「―――本当に私の事が好きだっていうなら、彼と勝負してみてください」



 それで分かる。どっちが本当に男として魅力があるか、どうか。勝敗とか勝算とかは気にしてない。狩也君が絶対勝つに決まってる。人間として塵芥程度の魅力も無いこの男じゃ、彼には絶対に敵わない。

「……もし勝ったら、俺と付き合ってくれるか!」

「ええ。いいですよ」

 どれだけ背伸びした所で、私も狩也君も末逆部長も高校生。好きな人と付き合えるかもしれない機会を得た部長は、子供みたいに拳を突き挙げて喜んでいた。

「良し分かった! 俺の魅力を教える良い機会だ。碧花、少し待っていろ……今、ウチの可愛い部員に連絡を入れた。五分もすれば奴もここに来る筈だ」

「ああそうそう。狩也君が勝ったら、退学してください」

「望む所だ!」  

 未来を賭けて戦う度胸は嫌いじゃないけど、こんな卑劣な手を使うような輩が、彼に勝てる道理はないし。一体どれだけ自分に自信がある/彼を舐め腐っているのかと。

 私は手近な椅子に座り、彼が到着するのを待つ事にした。

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