捏造ドキュメント
碧花に事態の解決を丸投げした結果、何時間たっても先生が俺を連れに来る事は無かった。事情は聞かなくても良いのだろうか。或いはそうならなくても良い様に、碧花が何とかしてくれた? 問題行為の疑いがある当人を連れてこなくて良いようなフォローってなんだ? 少し考えたが良く分からない。碧花はいつも俺の思考の先の事をする。
保健室の先生も「ここに居て良いよ」と言ってくれたし、何が起こっているのだろうか。予想がつかない事もないが、どうすればそんな事になるのかが不思議だ。マジで何をしたんだアイツは。
「行かなくていいの?」
「どうやらそうみたいで。暫くお世話になります!」
後輩根性剥き出しに頭を下げると、那峰先輩は頬の横で手を合わせた。
「そう。じゃあもっとお話ししましょうかッ」
「はいッ!」
居心地最悪なクラスに戻る必要のなくなった俺は、ひたすらに上機嫌だった。鼻の下が伸びているというより溶けているのではないだろうか。クオン部長とかいう明らかに尊敬しちゃいけない先輩を除けば、那峰先輩こそ俺の初めての先輩であり、理想の先輩だ。
美しくて、笑顔が素敵で、包容力があって。
俺はこの世に女神なんて居ないと思っていたし、多分この世には居ない。どうやらここはこの世ではなく楽園らしい。女神が俺の目の前に居るので、間違いない。
「那峰先輩は卒業した後、どうするんですか?」
「そうねえ。あまり考えていなかったけれど、西園寺部長を探しに行こうかなって思ってるわ」
「西園寺部長を?」
「ええ。西園寺部長、まだ生きてるみたいだから」
「自分の人生はどうでもいいんですか?」
「そりゃ、どうでも良くはないけどね。決着はつけた方が良いと思うの。私達が起こした事件でもあるんだから、それが終わらない事には、私も前に進めないと思うの」
「成程……」
「首藤君はどうするの? やっぱり大学?」
「僕は―――」
正直、何も考えてない。彼女を作る事に必死過ぎて、とも言えるし、度重なる不運が未来の事に目を向けさせてくれない、とも言える。何も未来の事なんて、考えていなかった。考えたくなかった。この『首狩り族』が社会にどんな影響を及ぼすのかを想像するだけで、手先が震えてくるのだ。
「僕もあまり考えてないんです。那峰先輩と一緒ですね!」
「あら、気が合うわねッ!」
「いやあ全くです。はははッ」
碧花の苦労も知らずに楽しむ俺を見た時、彼女は何て思うのだろうか。嫉妬は……一番あり得ないか。可能性があるのは「いやらしい男」と罵倒してくる事だが、『今』しか見えていない俺にとっては、何と言われようとも自分の生き方を全うするしかない。この学校に居るのも後一年。それまでに彼女を作るのが、入学当初からの俺の目標。
女性と話していて、何が悪いと言うのだ。学校一番の美女を落とすよりは、ずっと見込みがあるだろう。
気にすべきは那峰先輩がクオン部長と同級生―――即ち三年生という事だ。ここで会ったのも何かの縁または運命として、早く関係を進展させないと、俺はこのまま只の優しい後輩で終わってしまう。それは嫌だ。
「ねえ首藤君。ちょっとこっちに来てくれる?」
そう言えば言い忘れた。保健室に滞在する事が決まってから、俺と那峰先輩でベッドを占領しているのだ。なので俺は彼女の隣のベッドに腰掛けている。距離感としてはギリギリ手が届かないくらいだ。
言われた通りベッドから降りて近づくと、那峰先輩の顔が意地の悪いものに変化。無防備に近づいてきた俺を首の後ろに手を回して抱え込むようにキャッチ。俺の顔面が那峰先輩の胸に押し付けられる。
「つーかまーえたッ!」
「わふ……」
超気持ちいい。
ふかふかしてる。滅茶苦茶良い。同じ事を碧花にされた場合、締め技に持ってかれる可能性があるから怖くて仕方ないが、那峰先輩にその危惧は無い。これが漫画だったら俺は鼻血を出してる頃だ。
「もうすぐ卒業だっていうのに、貴方みたいな可愛い後輩に出会えちゃうなんてついてないわね。本当にもう、どうしようかしらッ」
那峰先輩は上機嫌にしているが、彼女の言いたい不幸は俺の思う不幸と一線を画している。分かりやすく言うなら、ナイフを首に当てられている時の叫び声と、ジェットコースターに乗ってる時の叫び声。
そしてその後の感想。
『怖かった』
この二つは同じであって同じでない。いや、より正確に言うと、本気でジェットコースターを嫌いな人にとっては同じ意味かもしれないが、基本的に嫌いな奴は乗ろうとしないので、ここでは割愛させていただく。
俺も『首狩り族』の不幸がこんな不幸なら良かったと何度思った事か。もしそういう特性なら今頃は碧花と…………
―――そう言えば、碧花。今何処に居るのだろうか
俺の事を最初から一貫して無条件に信じてくれる彼女の事を考えたら、急に罪悪感が食道の方から逆流してきた。途端に気分が悪くなる。人間万事塞翁が馬とは云うし、今までの不幸の反動だと思えば何の不思議も無いが。
彼女を差し置いて俺が幸せになるのは、何かが違う気がしてならない。
クソ映画だ。
昼休みになって視聴覚室に呼び出されたかと思えば、急に映画を見せられた。上映時間は十五分と短いものだったが、もう一度言おう。
排泄物と同類扱いするのも烏滸がましいレベルのクソ映画だ。
内容は、下着を奪われた被害者をドキュメント方式に密着し、犯人への憎悪がどれ程のものかを強調するもの。被害者とされる女性にはモザイクがかけられているものの、この学校にそんな女子が居ない事ぐらい、私には直ぐに分かった。
何故か……は。狩也君の幸せを願う者として当然の事だ。不登校のものを除き、私は全学年の女子の顔を把握している。モザイクが掛けられていると先程は言ったが、処理が甘い。素人の私にすら見破れる程度のモザイクってどういう了見だよ。
「……それで」
この衝動に身を任せたい気持ちはあるが、抑えた方が良い。どんな凶悪な奴でも、一応言い分を述べる権利はある訳だし。
「どうしてこの映画を私に?」
私にこんな映画を見せつけてきたのは他でもない、映画同好会の長こと末逆亜深だ。嫌がらせのつもりで見せに来たとしか考えられないが、その顔には希望に満ち満ちている。
「最初の注意書きでこの映画は『全て真実です』と書かれていただろう! 目を覚ませ碧花! あの男は碌でも無いぞ!」
「全て真実だって? ……末逆先輩、そんな事を言ってしまうと、Pの付く怪物に目を付けられてしまいますよ」
「いいや、お前にだけ見せているから、これは紛れもない真実だ! 俺はお前を助ける為に……あんな男と付き合っても、メリットはない! 関係を切った方が身の為だ!」
「…………人の交友にケチをつけるなんて、趣味が悪いね」
「碧花! 俺は…………!」
―――はあ。
これはもしかするとあれか。嘘と本当の区別がつかなくなったか。なら、私の取れる行動はこれくらいしかない。
「アンタって、最低だな」
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