闇夜の下に晒せし真実

 タクシーと萌の導きによって到着した先は、見ず知らずの家だった。由利の家を知っているせいだろうが、お世辞にも大きいとは言えない。家の外壁全体に蔦がまきついており、玄関の扉には何か刃物で切った様な痕が幾重にも残っている。

「ここは…………?」

「私の家です」

「お前の……?」

 鍵は掛かっていないらしい。「お邪魔します」と言って部屋に入ると、真っ先に目についたのは、鎖で何重にも縛られた扉の数々。家の見た目こそ普通だったが、その内装は全くと言っていい程普通ではなく、それ処か異様だった。

 試しに鎖を引っ張ってみたが、これはチェーンカッターでもないと開かないだろう。それくらい厳重に縛られている。

「おい萌。なんでこの扉……もそうだけど。他の扉も鎖で縛られてるんだ?」

「それは……お母さんが勝手にやりました。気にしないでください」

 彼女の家庭環境の凄絶さが垣間見えたが、本人は少し悲しい表情を浮かべただけでさして気には留めていなかった。彼女に導かれるままに二階へ上り、初めて萌の私室に足を踏み入れる。あのクオン部長が懇意にしていた女性だ。オカルト全開の部屋を想像していたが、

「…………ここ、本当にお前の部屋か?」

 簡素というより何もない。生活痕は微妙に見られるが、だからってここが女の子の部屋とは思わない。何だこの部屋は。部屋には違いないが、本当に萌の部屋か?

 本当か?

 何も無い、というのは正確には語弊がある。小説であれば大長編間違いなしであろう紙束が何個も積み重なっているのだ。まるでチリ紙交換に出す際の新聞紙みたいに。しかしそれ以外は本当に何もない。まさかとは思うが、この紙束を枕に、毛布にでも包まって普段眠っているというのだろうか。俺は途端に萌の生活環境が心配になってきた。

 彼女さえ良ければ俺の家で生活してくれても構わない。下心とか一切抜きで、これはあんまりすぎる。というかこんな生活環境で、よくこんな良い子に育った。クオン部長が心の支えになっていたのかもしれないが、ならば部長程偉大な人物もそうそう居ないだろう。一人、真っ当な人間を育てた様なものだ。

「先輩に話したい事って、まあ要するにこれなんですけど」

 萌が指を向けたのは、俺が枕だと勝手に思っていた紙束だった。

「これ……?」

「はい。これです。話したいっていうか、見せたいですね」

 そんな筈は無いと本人の許可を得て紙束を分解。すると中から狙ったかのように一枚のDVDと思わしき物体を発見。カバーの表面には『最後の贈り物』と書かれている。因みに解けて崩れた紙束には例外なく流し読みを厳しくするくらいびっしりと文字が書き連なっており、一ページ目と思わしき紙には『DVDを見てから読め!』と謎の命令口調で記されている。

「先輩、持ってきました」

 紙束に気を取られていたせいで、萌が居なくなった事に気付けなかった。彼女の手にあるのはDVDプレーヤーだろうか。かなり古いタイプみたいだが、曰く再生するだけなら特に問題はないとの事。

「これ、何だ?」

 萌は黙って俺の傍に座り込む。いつにない厳しい空気に、俺の肺は今にも詰まってしまいそうだった。

「再生…………しますよ」

 萌は慣れた手つきでDVDを手に取り、プレーヤーにはめ込んだ。間もなく再生が始まり、俺と萌は二人揃って画面に食い入る。すると画面に映り込んだのは―――何と、


『他でもない君の為に』


 謎の一言だった。

「はあッ?」

 訳が分からず俺が固まっていると、映像が切り替わり、クオン部長が姿を現した。











『君がこれを見ているという事は、俺は役目を終え、由利に全ての仕事を受け継いだという事なのだろう。話というのは他でもない、首藤狩也。君の首狩り族についてだ。あれを君は単なる不運と言ったが、それにしては不自然な点が多すぎやしないだろうか。周りへの被害ばかりが甚大で、君への被害は皆無か、軽微。そして君の隣に居る彼女もまた、被害は皆無。彼女だけが一切の被害を被らない。

 仮に君が鈍かろうと、一度くらいは不思議に思っただろう。どうして彼女だけが無事なのだろうと。そこで俺は、君に代わって全てを洗い出す事にした。洗い出すと言うのは勿論、一から十まで全て。君の起こした事件の全てを。調査する事だ。大変だったよ? 君の周りにはあまりにも事件が多すぎて、調べる内に、君の人生そのものを調べている事に気が付いたくらいだ。それは誇張じゃない。首狩り族と歩んだ軌跡こそが、君の全てなのだろう。

 詳細な説明は後に送るとして、先に結論を言おう。



 首狩り族の正体は、水鏡碧花だ。



 この結論自体には幾分早く到達していたが、しかし証拠が無かった。首狩り族―――水鏡碧花は同年代とは思えないくらい狡猾で、用心深い。更には尋常ならざる精神力まで備えている。人を殺しておきながらあそこまで平静を保てるなどとは思わなかった。人を殺せば必ず精神構造に歪みが生じる。所があの女性には何の歪みも生じなかった。君も、だから彼女が殺す筈がないと思い込んだのではないか? 実際、アイツは完全犯罪者だった。そんなアイツに明確な弱点があるとすれば、それは学生という身分と―――君の存在だ。首藤狩也。彼女は何にも優先して君と過ごす時間を大切にする。それが綻びになる。分かるか? つまり君と過ごしている時間こそ、絶好の調査タイムという訳だ。逆に言えば君と行動を共にしていない時はまるで位置が捕捉出来ない。迂闊に動けば殺される。それもあって、本当に時間が掛かった。しかしようやく出来上がった。これはオカルト部の集大成。文字通り命を賭けた君の為の報告書だ。報告書はケースごとに分けてある。適当に読みながら聞いてくれ―――』

















『ではまず、水鏡碧花がどういった基準で人を殺しているか。あいつは無差別殺人者ではない。趣味嗜好で殺している訳じゃない。その証拠に、被害者は全てお前とその時関わりのあった人物だ。しかしこれだけだと、まだ曖昧だろう。そこで俺はある仮説を立てる事にした。アイツが狙う人物の共通点、それは君に害を与える人物なのではないかと。仮説を下に調査を重ねた結果が、お前の手元にある報告書通りだ』


 俺は手元に視線を落とした。


・棚崎央乃

・沙凪蘭子

・近江奈々


 三人は裏風紀委員と呼ばれる行為を行っており、君の巻き込まれた事件にも、彼女達はこの行為を続けていた。この行為を知る者はごく少数しか居なかったが、男子としては不快極まりない行いなのは事実だ。御影部員を通して調査した結果、水鏡碧花はこの行いに協力していた事が判明した。この行為を君にされると考えれば、三人は君にとって害のある人物だと結論付けられる。


・緋桜灯李


 彼女は彼氏を持ちながら他の男を誘惑し、弄んだ挙句に金品を巻き上げるという悪質な交際行為をしていた。これは彼女が死亡した際に何者かによって掲載されただけの真偽不明の情報だったが、被害者とされる男性二五人に聞き込みをした結果、事実であると判明した。これは君だけに向けられた行いでもないが、君に向けられた時点で水鏡碧花にとっては害のある人物だと結論付けられる。






 次のページは、一ページまるごと、オカルト部のメンバーだけで構成されていた。


 






 ・西辺萌


 きっかけは彼女であり、日常を好む君を非日常に招き入れた。それも『首狩り族』を当てにして。俺が萌を守っていたのは、元々距離が近かったというのもあるが、やはり水鏡碧花……首狩り族に狙われる危険性があったからだ。しかし俺一人だけではいつか限界が訪れる。だから君に萌を託した。小学校の頃から遡ったとしても言えるが、事件は君の周りで起きている。決して君の視界内では起き得ない。ちゃんと守れているか? 守れているなら結構だが、いずれにしても水鏡碧花から見れば害である事に変わりはない。萌と関わる限り、君は日常からどんどん遠ざかっていくのだから。


 ・御影由利


 オカルト部という時点で萌と同罪だ。ここでは調査しきれなかったので特筆しないが、他の部員の死に関しても水鏡碧花は関与している。また、俺はあの時、御影部員は病院に居るが拘束しないと直ぐに自殺しようとすると言ったが、あれは二重に嘘だ。すまない。どうしても守りたかった。



 学校に潜入した際の状況は怪異が活性化していたから、現地調査は非常に難しく、萌や由利から聞き取りをするしか無かった。他の事件に比べれば証拠なども少なく、推測ばかりになってくるが、一つ確かなのは、あの時校内を徘徊していたのは血濡れ赤ずきんではなく、水鏡碧花だったという事だ。萌と君は宣告階段によって危うく命を落とす所だったようだが、その宣告階段の禁忌を踏んだのが碧花だ。先程も言った通り確たる証拠はないが、しかし血濡れ赤ずきんについて更なる調査をした所、あれはどちらかといえば地縛霊の類で、徘徊なんてしない事が分かった。血濡れ赤ずきんが徘徊していたなら、それは間違いなく偽物。それが水鏡碧花かどうかは……そう仮定したら全ての行動に納得が行くからだ。

 血濡れ赤ずきんに由利は攻撃を受けている。君達が居なければ助からなかっただろう。しかしお前と、その近くに居た萌だけは一切の襲撃を受けなかった。君の『首狩り族』が只の不運だとするなら、これはあり得ない現象だ。だが水鏡碧花の仕業だと仮定すれば合点は行く。彼女なら、君と君の視界内に居た萌には手を出せない。何より七不思議がこちら側に協力的だったという点で、全く別の人物を疑うのは筋違いというものだ。水鏡家のお嬢さんでもなければな。


 ―――七不思議が協力的だった?


 俺が首を傾げていると、一緒になって資料を読んでいた萌が口を挟んだ。

「あの、先輩。私がサオリさんに助けてもらったって話、覚えてますか?」

「ん? あれか。そう言えば説明もらってなかったな。あれってどういう事だったんだ?」

「はい。実は―――」

 萌曰く、俺が出て行った後に来訪者が訪れたらしい。その来訪者は迷いなく自分の眠っていたベッドまで近づいてカーテンに手を掛けたが、その瞬間にサオリさんが出現。カーテンだけは間違いなく開かれたがそこに実際の姿は無く、影はそのまま何処かへ立ち去ってしまったらしい。

「サオリさんって、問答を間違えるとその人を消しちゃうって都市伝説なんですけど。あれって多分私を一時的に消してくれたんだと思うんですよ。先輩が何処かへ行った直後に来た人から」


 ……そう言えば、俺も思い出した。


 あれは宣告階段の宣告が何故か自分達に下され、校門前で死にかけていた時の事だ。俺の意識が消える直前に見えたあれは、赤いレインコートを着ていた。徘徊していたのを偽物、そうでないのを本物とするなら、あの時俺達を校門の外まで押し出してくれたのが、本物の『血濡れ赤ずきん』なのだろう。

 その後も六時間以上かけて(長すぎるので何度か小休憩を挟んだ)真相報告書とやらを流し気味に捲っていくと、クオン部長がどれだけの時間をかけて調査をしてきたかが良く分かる。

 彼は『首狩り族』の被害者全員について調査を重ねており、全ての調査結果には例外なく俺にとって害のある人物と結論付けられていた。そして俺も、記憶する限り全ての被害者がここに記述されていると認識している事から、共通点そのものに虚偽は無いと言える。菜雲や壮一には、確かに害を与えられた覚えがあるし(菜雲に関しては直接俺との口論を見ていないと分からない筈だが)。

 今の所生きている萌と由利が入っているのが分からないが、この報告書全てを真実と捉えるなら、俺の知らない所で狙われていた、という事なのだろう。いや、一応オミカドサマとの戦いが決着した後に、俺も被害報告を受けているのだが。というかそこから、本格的に不信感や疑惑などが深まっていったのだが。



『さて―――小学校時代から今に至るまでの被害者には共通点がある事をたった今説明したが、水鏡碧花が大好きな君の事だ。まず信じ切るという事は無いだろう。当然だ。あれだけ自分に優しくしてくれた碧花が……と。しかしこうは考えられないか? 碧花は全て君の為に殺してきた、と。お前に対して害を与える人物だけをピンポイントで殺しているんだ。それ以外も百通り程仮説を立ててみたが、全く繋がらない。これしか繋がらないんだよ狩也君。まあこの害という基準自体曖昧だがな、そこは主観なんだろう。主観でもなきゃ殺人は出来ないからな。これは全て憶測だが、君自身思い当たる節はあるのではないか? 水鏡碧花は自分に執着しているという心当たりがあるんじゃないのか?』



 心当たりは……無い事もない。碧花は俺以外と親しげに絡んでいた瞬間は一度として見た事が無いし、女子のグループにも属さない。彼女は基本的には仏頂面で、それが崩れる事は滅多になかった。俺だけは何度か見た事があるが、他のクラスメイトは誰もそういう表情を見た事が無いらしい。完全に孤立する前に聞いた事がある。

 しかしそれは、

『心地良い場所に居たいと思うのが人間だ。私は君の隣が心地いい。何か文句でもあるのかい?』

 この一言で全てが解決される。彼女は俺の隣が心地いいから居るだけだ。今思えば執着と捉えられなくもないが、裏を返せばこれまでは、一度もそんな風に考えた事は無かった。俺と彼女とでは生きている次元が違うとさえ考えていたのだ。

 由利との約束の時間まで後三時間。まだ終わらないのだろうか。度々萌に食べ物を用意させている事が申し訳なくなってくるのだが。



『―――まあ、あろうとなかろうと、どうでもいい。これは飽くまできっかけだ。たとえこの報告書が嘘でもホントでも、それは君自身の目で確かめない事には何も始まらないだろう。因みに、この報告書を警察に持っていくなよ? 俺は何も水鏡碧花を犯罪者として捕まえようってんじゃない。それをしたいならわざわざ君に開示せず、俺が持っていくだろう。それでも俺が君に見せたのは、君にしか出来ない事があると思ったからだ。そしてその為に、俺は御影に部長としての役目を回す事にした―――』



 そう言って部長が画面外にフェードアウト。三〇秒程待機していると。また映像が切り替わり、今度は由利が画面の前に立っていた。

「由利?」

 思わず声が出てしまう。過去に記録した映像なので、当然誰も反応しない。



『首藤君。もしこれを見ているなら、私はきっと部長に託された最後の仕事をやっている最中なんだと思う。部長は確かな事が言えないから敢えて言わなかったんだろうけど、水鏡碧花は、きっと罪が明らかになった後でも貴方に害を与える人物を殺すつもりでいる。オミカドサマに囚われた時、私は彼女の心象世界で素の彼女と対峙した。その時に確信したの。貴方の傍に居られなくても、水鏡碧花は貴方の事を守るだろうって。そして貴方の傍に居られないとなったら、きっともう二度と姿を現さない。そしたら本当に首藤君が『首狩り族』になってしまう。だからこれは最初で最後のチャンス。貴方に水鏡碧花の罪を直接認識してもらって、その上で貴方に彼女を止めてもらう。いや、首藤君。貴方しか彼女を止められる人は居ないの。部長に全てを託された時から、私はこうするしか無かった。私しかその役目は出来なかった。クオン部長が真相を握ってる事を彼女は把握してる。そして、その真相が私に受け継がれた事を遠くない内に把握すると思う。首藤君の近くに居る内は殺されないかもしれないけど、口頭で言っても私の頭がおかしいと思われるだけ。かといってデータを用意すれば、用意してる間に殺されかねない。だから私はUSBとして報告書を所有したまま、部長が記した紙の報告書を萌に渡した。そして私だけを狙ってもらう為に、わざわざ監視されてるメッセージアプリを使って、貴方を学校に誘った』



















『ごめんね首藤君。私―――殺されないと』

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