穢されざる罪
――――トゥルルルルルルルルル。
くそ、出やがらねえ。
アイツ、嵌めやがったな!
俺は怒っている。由利の行動に非常に怒っている。俺が飛び出す五分ほど前、その言葉を最後に、由利のビデオは締めくくられていた。
『…………目の前に貴方が居ないから言えるけど、私、首藤君の事好きだった。貴方とはもっと別の形で会いたかった。でも……私はオカルト部部長。後戻りなんて出来ない』
何が別の形で会いたかっただ、何がオカルト部部長だ。そんな下らない話で、由利の命が消えて良い筈がない! 何が目を覚まさせる唯一の方法だ、何が罪の直接認識だ。もっと良い方法があるだろう。今更話し合いなんかで解決出来ると思う程俺も馬鹿じゃないが、それにしても死ぬ事は無い。あり得てはならない。
「死んだら……絶対許さないからな!」
これは俺と碧花の問題だ。由利を犠牲にしてはならない……と言っても聞かないだろうから、まずは本人を見つけて、強引に止める。その過程で胸を触る事になろうが唇が触れようが俺は躊躇わない。他でもない本人の命が懸かってる時に羞恥心など感じている暇があるものか。俺は本気だった。
しかし由利が何処に居るのか、俺には皆目見当がつかない。十二時にオカルト部の部室へとは言われたが、現在時刻は午後九時。残り時間は三時間だ。それまでに由利を見つけて全ての計画を破綻させないと、彼女は死んでしまう!
因みに萌には心当たりはないようで、俺と一緒に手探りで探している状態だ。隣には居ないが、家で準備してから、遅れて出てくるらしい。
―――何処だ、由利は何処に居る。
オカルト部としての由利としか付き合ったことがないせいで、彼女の好きな場所とか、良く居る場所などが全然分からない。結果論でしかないが、由利ともデートしておくべきだった……いや、碧花を差し置いてそんな事は出来ない。一番好きなのは昔も今も変わらず碧花だけだ―――碧花?
そうだ、碧花だ!
あの報告書の真偽はともかく、碧花を捕まえれば由利は死なないし、死ぬ必要が無くなる。それに真偽については本人に尋ねればそれで済むではないか。俺は天才か。
そう思って電話を掛けてみたが、いつもなら直ぐに出る筈の碧花まで出ない。留守電メッセージ処か、電源そのものが切られていた。こんな事は初めての経験であり、俺は激しく動揺した。直接見ていないものを信じたくないのだが、このタイミングで碧花が不在なのは、報告書の信憑性及び、現在由利を追い回しているであろうという事実を証明している様なものだ。
―――由利は何処に居るんだよ!
分からない。分からない。分からない! 真相報告書を鵜呑みにした場合、俺は碧花という人間の本質を何も分かっていなかった事になる。ああそうだ。俺は全てを知っているつもりだった。でも何も分かっていなかった。
由利の事も。
碧花の事も。
俺はどちらも好きだ。どちらも好きだからこそ、平和的な解決を目指したい。それなのに二人共が電話に出てくれないとなれば、そういう理想論は掲げられそうもない。和平とは互いに歩み寄って実現するもの。どちらか一方と連絡がついても、俺の理想はかなえられない。
「由利いいいいいいいいい! 碧花ああああああああああああ!」
当てもなく探すのは非効率的だと分かっているが、それでも反応さえしてくれれば話は変わってくる。ただし現在時刻は夜も夜。迂闊な大声は近所迷惑間違いなしだ。
しかし人の命が懸かってる状況で迷惑も糞もあるか。謝罪は幾らでも出来るが、命は一つしかないのだ。一度失ってしまえば二度と戻らない。
俺は一度足を止めて、深呼吸をした。落ち着け。むやみやたらに走って状況が好転した例は少ない。ここは一つ由利ではなく―――碧花の位置を探ろう。彼女さえ捕まえる事が出来れば、そもそもの計画や状況は破綻する。そうだ、元凶は碧花なのだから、わざわざ由利を探す必要なんてないじゃないか。
考えを切り替えた俺は碧花の家まで一直線に向かったが、安易な考えを嘲笑うかの如く留守だった。現在時刻は十時。ユリの告げた時間まで後二時間。時間がない―――
―――あれ?
時間がないとはどういう事だ。俺は彼女の発言を注意深く思い出す。
『クオン部長が真相を握ってる事を彼女は把握してる。そして、その真相が私に受け継がれた事を遠くない内に把握すると思う。首藤君の近くに居る内は殺されないかもしれないけど、口頭で言っても私の頭がおかしいと思われるだけ。かといってデータを用意すれば、用意してる間に殺されかねない。だから私はUSBとして報告書を所有したまま、部長が記した紙の報告書を萌に渡した。そして私だけを狙ってもらう為に、わざわざ監視されてるメッセージアプリを使って、貴方を学校に誘った』
普通に考えて、殺したい奴が十二時に殺したくない人を呼んだ時、犯人はどうするだろう。答えは簡単だ。集合する前に殺す。この場合、真相報告書が全て事実だと仮定して―――俺に真相を教えようとする由利を、碧花は決して許さない筈だ。きっと何としてでも、どんな手を使ってでも俺に真相が教えられるのを防ぐだろう。
つまり。碧花に教えたくない気持ちがあるなら、既に由利を殺している可能性が高い。時間がないというよりは、手遅れの可能性の方がずっと―――
「わあああああああ!」
どうする。何処だ。一刻も早く見つけないと。時間が経てば経つ程、手遅れになっている可能性が高い。何か発言が……由利の言葉にヒントがある筈だ。
部長と由利は、二人して碧花を出し抜こうとしていた。一切証拠も足取りも残さない完全犯罪者を相手に、一矢報いようとしていた。そして二人はそれを止められる人物は俺だけだと言う。出来る出来ないはともかく、二人はそう考えていた。ならば由利が俺に殺される現場を知らせない筈がない。
―――つまり、オカルト部の部室ッ?
なんて事だ。複雑に考え過ぎた。答えは最初から示されていたではないか。碧花の家から学校まで優に三〇分は掛かる。全力で走っても縮められるかどうか怪しい所だ。時間帯故に人による障害はあり得ないが、それでも遠すぎる。
「間に合ってくれ……!」
碧花が誰かを殺す所なんて見たくないし、知りたくない。
由利が己を餌に命を捨てるなんて、絶対に許さない。
間に合いさえすれば、俺はどちらも見ずに済む。頼む、お願いだ。どちらも見たくないのだ。どうか、どうか、どうかどうか―――間に合ってくれ!
「…………もしもし、御影先輩ですか?」
「……先輩、行っちゃいましたよ。御影先輩を……ぐすッ…………助けないとって」
「………………御影先輩。私達……うッ……どうして…………こんな事になったんで……えッ……しょうか…………」
「私も……死んでほしくありません! 御影先輩ともっと海だってお祭りだってスキーだって行ってません! うう…………御影先輩も、部長も、どうして私を置いていくんですか? 私は先輩達と一緒に居られたら、それだけで良かったのに…………」
「……………………御影先輩。ごめんなさい。私、もうこれ以上計画に協力は出来ません!」
留守電を入れ終わってスッと立ち上がると、私は碌な準備もせず一直線に玄関を飛び出した。計画の事は、少しだけ聞かされている。さっきまでそれに協力していたせいで、先輩を騙した形になってしまったけど、やっぱり私は御影先輩に死んでほしくない!
身勝手な想いと知りつつも、足はどうしても止められなかった。本当に間に合えば部長と御影先輩の努力が全て水の泡に帰すとしても、私は―――
私は―――!
私は! もう消えて欲しくない!
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