ルール無用のダーティーファイト
苛立ちは、恐らく壮一の行動を原因としたものではない。聞いてみなければわからないが、オカルト部が現在活動停止中だから、単にフラストレーションが溜まっているのだろうと思われる。まあ、あんなに部員が死ねば犯人でなくとも活動停止になるのは当然と言えば当然であり、これでもし部長が犯人だった場合、彼はここには居ないし、オカルト部は廃部になっていただろう。
「いだだだだだだだだ! てめえ、先輩がこんな事していいと思ってんのか!」
「同級生だからと言って殴っていい道理があるのか、阿呆め。狩也君。もうすぐ君の競技じゃないのか」
「あ、そうでした。でも、それを言ったらクオン部長も……」
言いつつ俺は、靴の縛りを確認する。ちゃんと固く締められているので、緩む事はまず無いだろう。
「まあそうだな」
クオン部長は壮一の手を離して、俺の肩に手を回しながらスタートラインへ。距離もそうない中、俺と部長は僅かの間会話する。
「そのお面、怒られないんですか、先生に。ていうか、何で顔を隠そうとするんですか?」
「顔を覚えられなければ、いざという時にこれを脱げば俺だと認識されないだろう。こうしておけば、俺は素顔を隠している状態が『素顔』という事になるんだからな。それと、心配してもらわずとも、俺は先生と交渉して、これの着用を認めてもらっている」
「交渉?」
「クラス全員に勉強を教えて、平均点を確実に上げている。最近のテストでは十点も上がったから、実績もある。これでも、俺の授業は人気なんだぞ?」
まさかの条件に、俺は一瞬その場でずっこけそうになってしまった。何というとんでもない条件付き。そうまでして何で顔を隠したいのやら分からない。というか、全員に勉強を教えられるって単純に凄すぎる。
「先生かよ!」
「部活が休止中故、やる事もないからな。このお面は部室内でこっそり被っているものだったんだが、致し方ない」
それはつまり、部活が機能していた頃は素顔を晒していたという事か。つまり彼の同級生は彼の素顔を知っている……いや、当たり前の事だろうが。ああも顔を隠されると、彼の顔を知っている人間が居るというだけで不思議な気分になる。
スタートラインまで行くのは俺だけなので、ここで部長とは微妙な距離のお別れを果たす。この競技は滅多な事でクラスの話し合いに参加しない俺が、真っ先に手を挙げた競技である。当然壮一を始めとした碧花ラブ勢に否定されたが、担任が一年の頃から俺を知っている人なので、そのお蔭で無事に俺はこれに参加できた訳である。
余談だが、俺は単純な走りでは中くらいの早さである。参考までに、五〇メートルのタイムはギリギリ七秒を切らない。なのでそういう競技ではない。
「位置について―――」
俺と他のクラスの奴らが身構える。
「よーい!」
けたたましく鳴り響く空砲と共に、俺達は駆け出した―――瞬間。
「うおっ!」
開幕早々転んでしまい、大きなタイムロスを起こす。原因は明白だ。足に締め付けが無い、つまり紐をきつく結んでいなかったのである。
いやいや、そんな馬鹿な。俺は直前にちゃんと確認した筈だ。流石に物忘れでは片づけられない不自然が、俺の足にあった。一体何処で解けたのかも分からないし、それを考えている暇もない。そして結び直している暇もないので、俺はその場で靴と靴下を脱ぎ、裸足になって駆け出した。体育祭に靴を履かなくてはならないという規則はない。それと裸足の方が……
障害物競争において有利を取れる。
説明しよう。障害物競争とは単なる徒競走に刺激が加わった徒競走の亜種である。さっき単なる走りと言ったのはこういう事で、俺は単なる走りでなければ非常に強い。アスレチックとか、めっちゃ大好き。
「うおおおおおおおおおおらあああああああああああああ!」
ここで大逆転劇が起きるのなら、それに越した事はないのだが、俺にそんなポテンシャルはない。幾ら障害物競争が得意と言っても、三位が限界だった。二位に挙がれなかった原因は偏に単なる走りの弱さで、一位とはそもそも距離が開き過ぎていた。今回の出走者は七名なので、最下位から上がったと考えれば俺は頑張ったと思うが。
―――カッコイイ所かと言われると、微妙だよな。
開幕ずっこけた時点で格好良くはない。あれで格好良いとか言われても、俺だって嬉しくない。俺はもっとこう、華麗に一位を取りたかった訳で……せっかく自分から参加したのに、これではクラスにも見せる顔が無い。
「……すまん」
クラスの中に戻った俺は、真面目に頭を下げて謝罪した。言い訳など通じるものか。妙な事があったとはいえ、それを言い訳にしても、やはり三位は三位。事実は覆らない。俺の失敗を誰よりも喜んだのは、当然あの男だった。
「ほら言わんこっちゃねえ。今からでも遅くねえ、帰れ! テメエが居るだけでうちのクラスが勝てなくなるんだよ!」
「……そんな事は、無い」
「ああん!? 今の結果を見て良くそんな口が叩けたもんだぜえ、おい! ……皆、口に出さないだけで思ってるぜ? お前の事、邪魔だってな!」
「―――お前も、よくそんな口が叩けたもんだよ。まるで自分がクラスの代表みたいな言い方をしてさ」
「て、テメエ…………また俺に、口答えすんのか!」
「気づけよいい加減。これは俺とお前の口論だ。他の皆は関係ないし、俺にもお前にも、このクラスを代表する権利はない―――ッ!」
今度も殴られる……事はなかったが、代わりに俺は突き飛ばされ、尻餅をついた。必然的に壮一を見上げると、その顔には何重にも青筋が刻まれており、殴らないだけ感謝しろと言わんばかりに殺気立っていた。
クラスメイトは、案の定関与しようとはしておらず、俺の次の出走者を応援している。
壮一の言う事にも一理あった。
あれだけ参加したいと願っておいて三位だ。確かにこれでは、クラスが勝てないかもしれない。しかし俺が気になったのは、俺が居るだけで、という部分だ。確かに首藤狩也は超絶的不運を持つ人間だが、俺が居るだけで勝敗が決する程、体育祭はガバガバではない。負けるとすれば、そこには俺以外の要因もあるに決まっているのだ。
しかし何より、俺は碧花に言われたのだ。『かっこいい所を見せて欲しい』と。賭けに乗った以上、俺は何としても彼女の前でカッコイイ所を見せなければならず、それ故、帰って欲しいという思いが仮にクラス共通だったとしても、俺は帰る訳にはいかない。邪魔とも言わせない。まだ俺の参加競技は残っているが、そこで今度こそ、汚名を返上させてもらう。雪辱戦と言い換えてもいい。
早くも思考を切り替えて、次の勝負について思案する俺とは裏腹に、壮一は未だにネチネチと終わった勝負について怒りを滾らせていた。
「……全く分からねえぜ。何でお前みたいな役立たず、ブス、グズ、アンラッキーが碧花と仲良く出来んのか。アイツには俺が相応しいに決まってるんだ。俺の様な……完璧な男子がな!」
壮一は俺の前まで歩いてくると、胸倉を掴んで、顔に唾を掛けてきた。
汚え。
「さっきみたいな情けない姿。何度も見せたら、きっと幻滅するぜえ? まあでも安心しろよ。三位を取ってくれたんだ、まだ勝機はある」
「まあ、そうだろうな」
「おう。俺の出る競技で俺が一位を取り続ければいいだけの事。てめえという足枷を引っ張っても、尚勝つ様子を見せてやれば、碧花も俺の魅力に気が付くだろうぜ! ……宣言してやるよ。この体育祭中に、碧花は俺の女モノになる」
下卑た笑みを見せつけて、壮一は俺から離れる様に取り巻き共と何処かへ歩いていった。顔を拭った俺は、只その様子をぼんやりと眺めている事しか出来なかった―――
「待てよ」
なんて、男が廃る。碧花は俺の彼女なんて言うつもりはないが、俺より活躍しようとする奴が居るのは気に入らない。それに―――
壮一が振り返った。
「何だよ、首狩り族」
「勝負だ」
「あ?」
「この体育祭で一位を取る。その目的はお互いに変わらないけど、勝負だ。俺とお前が一緒に出る競技、確かあったよな。それでどっちが一位を取れるか勝負しようぜ。もし俺が勝ったら―――」
「二度と碧花をモノ扱いすんじゃねえ」
好きな人をモノの様に扱われるのは、見ていて非常に腹立たしい。
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