オミカドサマと蝋燭歩き
結局同行者は碧花のまま変わっていないのだが、今度は本物の碧花なのが、さっきとの違いか。だから胸で俺の腕を挟みながら組み付いてくるなんてしないし、表情も露骨には変わらない。両手をがら空きにしたまま、オミカドサマの情報が眠っているとされる場所に向かっていた。
その手を何度握ろうかと思ったか。緊張しすぎて、自然に振れているだけの手にスカされた事だってある。手ぐらい何度も繫いだ事あるのに、どうしてこう……まるでキスでもしようとしてるみたいじゃないか。
「どうかしたの? 動きが不穏だよ」
「いや! 何でも……ない」
ぴしっと肩を這って、背筋を伸ばす。けど視線は、滑らかで華奢な指に流れ続けている。
俺の中では、またも二つの想いがせめぎ合っている。
また消えない様に、繫ぐべきか。しかし俺達は恋人ではなく『友達』なので、手を繫ぐのはおかしいのではないか。気のせいか、いつも同じ事で悩んでいる気がしなくもない。いつになったら俺達の関係は進展するのだろうか。いつまでもしないのだろうか。
「なあ碧花」
「何?」
「こんな時に言うのも何だけどさ。これが終わってもうすぐ、クリスマス会じゃないか?」
「うん。ドタキャンは禁止だよ」
「絶対しねえ。妹の頼みでもしねえ。違うよ。その―――俺達『友達』だろ?」
「うん、『トモダチ』だ」
「あ………………うん。いや、やっぱいいや。忘れてくれ」
言えない。手繫いだり、キスしたり、それ以上の事をしたいなんて。キスは一度未遂があったが、あれは碧花が半ば強引に押し倒してきた+顔がマジだった+俺も自暴自棄になったという経緯があるのでノーカン。実際、手を繫いだ以上の事はしていない。
胸は……少し触った事があるけど。
滅茶苦茶ハリがあって柔らかくて、ボリュームがあって。最高だった。手に収まり切らない巨乳の真価を味わった気がする。
「これ、何処に向かってるんだ?」
因みに現在は墓場を歩いている。かつて訪れた時以上に頽廃的な雰囲気が増しているが、碧花が隣に居る関係で、怖がる訳にはいかない。俺は頼れる男になりたいのだ。何も出てない様な状態で怖がると、幾ら碧花が優しいと言っても幻滅されるに決まっている。
「鐘楼の所。そんな広い墓場じゃないからもうすぐ……うん。見えて来たね」
これまた懐かしい景色だ。記憶を失う前の奈々と無事に再会できた場所。数少ない記憶喪失前奈々との接触。今でもあの時の抱擁の感触は思い出せる。彼女は確かに生きていた。俺と同じ様に生きていた。
それを考えると、どうしてあんな目に遭わなくてはならなかったのか。解せない。
間近で見る鐘楼は―――正確には、梵鐘は存外に大きかった。見るのは二度目だが、こうしてまじまじと見たのは初めてかもしれない。
「なんか凄い…………役目を終えた感じがあるな」
「廃墟だし、そうだろうね。趣のある事を言うと思ったんだけど」
「へーへ。所詮趣のない男ですよ俺は」
「ううん。君は素敵だよ……独り占めしたいくらい」
「……マジで言ってんのか?」
真偽については答えず、碧花は躊躇なく梵鐘の吊るされている台に上り、内側に入る。ミニスカとか履いてくれたらパンツが見えたかもしれないが、碧花は基本的にスカート系列を履かない(制服は除く)。流石にこの時期で生足という事はないが、それでも短パンに黒タイツである。スカートとか見えようがない。
これはこれで良いけど。
「何してんだ?」
「とある人に教えてもらったんだよ……この梵鐘の……中にッ、ん―――んんッ!」
梵鐘の内側なので、やたらと声が響く。背伸びをしているのだろうか、喘ぎ声にも似た声が響いて、下半身に宜しくない。
暫く彼女の足を眺めていると、不意につま先立ちを止めて、梵鐘の内側から出てきた。
「ちょっと来てくれないかな。どうも私の身長では届きそうもない。手伝ってくれ」
意外でも何でもないが、碧花は俺よりも身長が低い。トランジスタグラマーという程ちっこいのは萌なので、低いと言っても、べらぼうに低い訳ではない。強いて言えば、一七〇のラインをギリギリで超えているのが俺で、ギリギリでも何でもなく単純に超えていないのが碧花である。
「ジャンプすりゃいいだろ」
「上に頭ぶつけちゃうよ」
「お前忍者かよッ。どんだけ飛ぶつもりだ」
或いは、梵鐘の中で街をチェックポイントとして移動する呪文でも唱えるつもりだろうか。あれめっちゃ痛そうだけど。
溜息を吐きながら、俺も梵鐘の吊るされた台へと上る。嫌々やっている様に見えたのなら、俺の演技が上手くなった証拠だろう。実は滅茶苦茶テンション上がってる。梵鐘自体が割と高い所にあるので、彼女を手伝おうと思うと、必然的に密着する事になる。
後はもう、何も言うまい。
「で、どうすればいいんだ?」
「うーん。そうだな。じゃあ肩車してよ」
「は?」
この距離で聞こえないという事は無いが、思わず聞き返してしまった。突拍子もないというか、その方法は予想してなかったというか。
「だからさ、肩車してよ」
肩車。それは親子がやると微笑ましい光景だ。だが男と女がやると一気にいかがわしくなる。より正確に言うと、いかがわしく感じるのはやっている側だ。
「は………………ちょっと、碧花さんッ? 一旦落ち着きやしょう。おいらの目をよく見て、深呼吸しやしょう」
「落ち着くのは君だ。そんな口調じゃないだろ。何、どうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ! お前だって肩車って……ええ!?」
肩車。それはお股で顔を挟み、太腿からお尻に掛けてを肩と手で支える方法。何も間違った事は言っておらず、それがどんなにいかがわしいかは発言者である俺が一番よく分かっている……そう。
下手すると一度も触れた事がない碧花の大事な部分に、後頭部を付ける。
これがいかがわしくない筈がない。俺が動揺するのも無理からぬ事である。
「私を持ち上げるのが嫌なら、逆にしても構わないよ」
「逆? ってのは、俺が碧花に乗るって事か?」
「君くらいなら多分持ち上げられるし、私は構わないよ」
いや、構うのは俺だ。碧花が大丈夫というなら乗るのも構わない……訳無い。碧花の顔が俺の股間付近にあるというだけで、それだけで事案だ。簡単に妥協しているその素振りから察するに、多分碧花は本気で気付いていない。彼女は大概完璧だが、ごくたまに抜けている事がある。それがまさか、今だなんて。
「いや、それはそれでなあ……」
「―――もしかして、女性の私に持ち上げられる事を気にしてる? それだったら安心してくれ。その程度で君の評価は変わらないし、今はそんな事を気にしてる場合ではないからね」
そりゃそうだが、そこじゃない。それは気にしてない。
「………………分かった。肩車、しよう!」
「何をそんな、重大な決断をしたみたいに気張ってるの」
「したんだよ! ほらさっさとするぞ、いいからするぞ!」
言葉にすりゃ一瞬だが、俺の心の中では何時間もの葛藤があった。碧花に興奮を悟られるよりは、俺が興奮を抑えれば良い話なのであると、そう気付くのにどれくらい掛かったか。
スカートじゃなかったのは不幸中の幸い。初めて碧花のファッションスタイルに感謝した気がする。
「じゃあちょっと屈んでよ」
「お、おう」
これが二人を助ける手掛かりになる。そう強く思い込めば、彼女の大事な部分の感触など気にしないだろう。そう、これは決して俺の快楽の為ではない。二人を助ける為、二人を助ける為なのだ。
「―――はい。立って」
二人を助ける為。二人を助ける為。二人を助ける為。二人を助ける為。俺は空っぽ俺は空っぽ俺は空っぽ。
「オッケー。もう下ろして良いよ」
俺は空っぽ俺は空っぽ。俺は空っぽ。空っぽ空っぽ空っぽ空っぽ。
「狩也君?」
「…………………………はッ。す、すまん! もう少し上か?」
「いや、もういいって。早く下ろしてよ」
下ろし方……上げ方の逆をやれば良いのか。その場に跪いて、碧花がおりるまで待機。明らかに肩辺りの重さが離れた所で立ち上がり、振り返る。
それに合わせるかの様に、碧花は手に持った鍵を見せつけていた。
「なんだその鍵」
「まあ、ちょっとした建物の鍵と言うか」
「え、まだ使えんの?」
碧花が持っている鍵は、ザ・鍵としか言い様のない鍵だった。江戸時代頃の鍵というか……ゲームとかで見る鍵のアイコンと言えば、前者よりは伝わるだろうか。
「ここからちょっと山を下りる。はぐれないでよ」
「はぐれるかよ!」
口元を微妙に綻ばせてから、彼女は雑談に興ずる事もなく、足早に次の目的地へと歩き出した。はぐれてはいけないという事だったが、ひょっとしてここが唯一のチャンスだったりするのだろうか。
「碧花ッ!」
「ん?」
「その―――はぐれちゃいけないって事だし、手でもつなが…………」
「―――静かに」
そこまで言いかけてからの出来事を把握する事が出来なかった。俺の制止に応えて振り返るや否や、何かに気付いた碧花が、普段からは想像もつかない速さで俺の口を塞いだ上で背中に手を回し、何かから隠れる様に鐘楼を降りたのだから。
「む……ふむむむむ?」
「―――そう言えば忘れてたね。ここは今、瘴気に満ちてる。危ない所だったよ」
彼女の手を引き剥がすと、俺は小声で尋ねた。
「何だ、何だよ」
「君の背後に居たんだ」
「……何が」
「頭に蝋燭被った奴だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます