幻、現実、現実、現実…………
良い人に見えて、実は悪い人だった、というのはよくある話だ。俺の経験談にも、前例があった。
あれは小学校六年生の頃。他の女性よりも群を抜いて発育の早かった碧花が隣に居たせいで、俺が煩悩を抑えるのに必死だった時代だ。あの時代に限った話ではないのだが、年上から知恵を仕入れたクラスメイトがエロ動画やエロ本を見て興奮する中、俺は碧花という存在だけで同じ状況になっていた。
まさかあの時は、碧花が中学校に入ってから更に巨乳になって、大人顔負けのスタイルになるとは思ってもみなかった。因みに俺だって爆乳という言葉は知っているが、この手の話は定義云々がややこしくなるので、基本的に巨乳で統一している。ただ、それを抜きにして俺の主観で言わせれば、あれは爆乳なのではないだろうか。ただ胸は大きければ良いってもんじゃない。テレビで世界最大の胸を見たが、胸として認識出来なかった。要は、身体とのバランスなのである。碧花はそれが最高だった。
日本人は垂れ下がる事が多いと聞くが、彼女の胸はツンと上向いている。この形は理想の形とされているので、彼女を見る度に人形か何かだと思うのは、それのせいでもある。
え? ブラジャーやら何やらがあるのに、どうしてそんな事が分かるかって?
修学旅行で覗いたから。だろうか。
あの頃から『首狩り族』と呼ばれていた俺だが、それでも修学旅行は人のグループを変えてしまう。特に女性、それも学校一の美人と称された碧花の事ともなれば、男達は一致団結する。それに巻き添えを喰らう形で覗いたのだ……まあ先兵として、犠牲にされただけだが。その時に横向きだが見えた。先端は柱で上手い事隠れていたが、上向いている事くらいは分かった。
お蔭で他の女子+先生に酷い目に遭わされたが、今となっては良い思い出である……あれ、何か話がずれてるような。いつから俺は碧花のスタイルを語る奴になったのだ。そんなの、揉むなり見るなりすれば誰だって分かるだろう。
って。だからそういう話をしたいんじゃない。そんな時代に、俺はとある女子と出会った。その女子はいつも泣き虫で、男子に頼る事で何とか生活している様な、そんな女子だった。出会った当初、俺は彼女の事を良い人だと思った。情けなくはあったが、人を思いやれる女子だと思っていた。多分、その認識は殆どの人の中で共通していた。
碧花だけは、『気に食わない』と嫌悪していたが。
当初の俺は、そんな碧花の事が不思議でならなかったが、後に正しかったと判明する。その女子はあらゆる男子に近づき、『自分しか守れない』と錯覚させる事で貢物をさせ続けていたのだ。小学生とは思えない手口に、当時の俺は女子の狡猾さというものに恐れおののいていたものだ。今となっては……いや、今となっても恐ろしいと思っている。俺の出会ってきた女性は、大概良い人だったし。
その女子が今どうしてるかは―――どうだろうか。よく分からない。
彼女は俺に近づいた事で、精神をおかしくしてしまったのだから。
何があったのかは定かではないが、曰く指の爪は全部自分で剥いでしまい、常に頭を掻き毟り続ける様になったらしい。
この前例にある様に、最初は良い人だと思っていても、最終的にはどうなのかは全く分からない。西園寺悠吾にも同じ事が言える。今は俺が心を赦すのを待っているのかもしれないのだ。たった一回良い事をしたからと、信用してはいけない。
廃屋の中に足を踏み入れると、直ぐに萌の姿が見えた。幸い、変わり果てた姿ではなく、いつもの元気が幾らか取り除かれた姿である。
「萌ッ」
「先輩…………有難うございます」
滅多に怪我などしないとは思っていたが、やはり非日常に足を突っ込むと怪我をしてしまう様だ。俺も同じ目に遭うかもしれない事を考えると、やはり碧花を家まで送らず、テスト勉強なり、夜食なり、就寝なりしておくべきだった。
いや、あり得ない。こんな真夜中に女子を送らない等男の恥だ。これは俺にとって道理であった。まさかこんな目に遭うとは思っていなかったが。
「立てるか?」
「無理……ですかね。一応処置はしてみましたけど、一時凌ぎという他ないかと」
萌は木材の切れ端を利用して挙上を行いつつ、足に弾性包帯を巻いた状態で安静にしていた。所謂RICE処置という奴だが、Iが足りない。
IとはICE―――つまり冷却、氷による対処だ。
「氷は無いのか?」
「遠出をするなら持っていくんですけど……まさかよく知った街で足を捻るとは思わず。私の警戒が足りませんでした」
「まあ、俺だって氷は持ってねえよ。別にこの街は曰く付きの街って訳でもないし、怪我する予定も無かった。クオン部長はいつでも持ってそうだが」
「あ、良く分かりましたね! 部長はいつも大きなカバンにたくさん治療道具を入れてるんですよ。たまに怪しい薬出してきますけど」
「怪しい薬?」
「部長は『仙薬』って言ってるんですけど、どう見ても市販の物じゃないって言うか、怪しい臭いしかしないというか……まあ、効能はあるんですけど」
幾らか雑談をしてみたが、これだけ余裕があるのなら、単に動けないだけらしい。彼女が嵌まった落とし穴というのは……道中には見かけなかったが、違う道にあるのだろう。
「……その調子じゃ、調査は無理そうだな」
「そ、そんな! 私まだまだ全然大丈夫ですって! 先輩が手を貸してくれれば、なんてことは―――」
有無を言わさずひょいと萌を持ち上げると、彼女は限界まで上擦った声をあげた。
「ひゃあッ!? 先輩、何をするんですかッ?」
「このまま廃屋に女の子を放置ってのは、幾ら何でも外道のする事だ。ちょっと重いが、このまま俺の家まで運んでく」
「せ、先輩の家ですか……でも、それじゃ先輩に迷惑が」
「じゃあ交換条件でも出すよ。それで負い目は無いだろ。と言う訳で、今日一日俺の話し相手になってくれ。それが条件だ」
天奈が居なくなった事で、無意識に俺は寂しさを抱いていた。けれども、萌が一緒に居てくれるなら安心だ。彼女は基本的には底抜けに明るいし、オカルトの話題でも振っていれば、気まずい雰囲気になる事も無いだろう。オカルト部ではないと言っても、人並みに不可思議現象には興味がある。何冊かその分野の本があった筈だ。
俺の自分磨きにも意味があったのだと思うと、とても嬉しくなる。身だしなみの維持に始まり、清潔感の向上から、多趣味に至るまで。色々な事をやった。モテたかった、彼女が欲しかった。
もっと言えば、碧花に好きになってもらいたかった。
それがこんな形で役に立つとは、過去の俺は想像もしなかっただろうが、これはこれで、やった甲斐があるというものだ。正直、オカルト分野に見識を深めるよりは、女性一人を持ち上げる為の筋力をつけていた方が有意義であった。萌はちんちくりんだが、案外重かった。胸のせいだろうか。それとも、お姫様だっこの形は女性を重く感じさせてしまうのか。
このまま持ち上げているだけでも腕が痺れそうなので、とっとと廃屋から出て、西園寺と合流する事にした。
「そう言えばお前に聞きたかったんだけど。西園寺悠吾って知ってるか?」
「サイオンジユウゴ?」
「…………そのぎこちない感じは、絶対に知らないな」
「……そうですね。クオン部長の知り合いにも、そんな人は居ないと思いますよ」
「というと?」
「部長って、何となく分かると思いますけど、あまり友達が出来る人じゃないんですよ。たまーに誰かと喋ってるのを見るんですけど、その中に西園寺って人は居なかった筈です」
萌はまだ彼の仮面の下を見る事を諦めていない様だ。彼と誰かが喋っている光景を目撃するという事はそういう事だろう。俺は早々に諦めたが、やはり不可思議を探求する部員としては、彼の素顔もまた、探求の価値のある不可思議に違いないのだろう。
萌を抱えながら廃屋から出ると、西園寺悠吾の姿は何処にもなかった。
見張りをすると言っていた割には、随分とあっさり姿を消しているではないか。それも叫び声すらなく、端から幻の様に。ここまで綺麗さっぱり姿を消されると、萌に対して俺は何と説明すれば良いのか。「ここに西園寺悠吾という人が居た」なんて言っても、証拠が無いのだから信じようもあるまい。
さて、確かに西園寺悠吾の姿は無くなっていたが、代わりに俺達の帰還を待つ者が居た、彼の者は俺と視線を合わせた瞬間、ホッと胸を撫で下ろし、片耳を掻いた。
「…………良かった」
声も違えば仮面も被っていない。目の前には、間違いなく由利が立っていた。
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