闇夜の麗女

 由利の部屋に移動しても、やはり別世界に紛れ込んでしまった感が否めない。一体なんだろうこの屋敷は。漫画かアニメくらいでしか見たことない。天蓋付きベッドなど現実に存在しないものだと思っていた。これが彼女の父親の趣味だとするなら、中々良い趣味をしている。由利の服装がシックなのも相まって、本当にお姫様……いや、お嬢様である。


 露出こそ少ないが、かえってそれが大人っぽい色気を醸しており、スタイルだけでは出し得ない不可思議な魅力が由利にはあった。似た様な魅力を碧花からも感じたことはあるが、碧花はどちらかと言うと深淵的な意味だが、こちらは謎という意味で不可思議である。どういう違いがあるのかを他人に説明するには、ちょっと目の前で二人を比較してもらわないと伝わらなそうだ。


 時々勘違いされがちだが、俺は露出が多ければ多い程良い人間ではない。それは突き詰めてしまうと裸になるのは自明の理だし、裸で外出する事は法律によって許されていない。それに裸というのは、性行為の時か風呂の時にしかなるべきではない。裸族などという言葉もあるが、裸とはいわばその人の全てであり、それが常に出ているとなると、その人の魅力は半減する。本当に限られた場面でしか出ないからこそ、興奮というものは起こり得るのだ。


 もしかすると俺の考えに反発する者も居るだろう。万人に理解してもらえるとは思っていない。別に俺の周りに、露出の多い人がたくさん居る訳でもないのだ。


 例えば碧花の私服と言うと短パン姿が多く、お尻やら太腿やらが時にこちらを誘っている様に見えるが、彼女にそのつもりはない。特別理由を聞いた事は無いが、碧花は機動性が損なわれる事を非常に嫌うので、普段からああいう格好をしているのだろう。それにそういう格好も夏の時だけだし、冬はジーパンとかを履いているので(稀にミモレ丈スカートを履いているが)、特別露出度が高いとは言えない。


 萌は制服で活動している事が多い関係で私服をあまり知らないが、今までに特別露出度が高かった事があるかというと、そんな事は無い。


 由利は御覧の通りだ。闇夜に佇む麗女とでも題せば、絵画のモデルにもなるのではないだろうか。


「どっちにする」


「え?」


「お風呂か、食事か。もう夜も遅いし……どうする」


 夫婦のやり取りにしか見えないが、萌の事がある。俺は特別腹が減ってる訳じゃ……無くも無いが、この状態の萌を放置して食事を取りたくはない。善意云々以前に、飯が不味くなる。


「じゃあ俺はここで待ってるからさ。由利は萌と一緒に風呂入ってこいよ」


「……いいの」


「いいよ、気にするなって。俺にはその……ちょっと難しいからさ。お前がやってくれって」


 俺には包容力がない、何処に移動してもそれは変わらないのだ。ならばいっそのこと、担当を変えた方が良い。適材適所という奴だ。俺はここで精神統一でもしながら待っているべきだ。それが俺に取れる最善の行動に違いない。


「でも、何か悪いな」


「いや、気にしなくていいって。一人ぼっちなのは……慣れてるし」


 碧花と出会う前に戻っただけなのだと考えれば良い。何も寂しくなんかない。何も……辛くなんかない。既に耐性がついたものだと思っていたが、由利は言葉の刹那に現れた俺の『闇』とも呼ぶべき部分を敏感に察知した様だ。足を止めて、こっちを見てきた。


「一緒に入る?」




「え、マジで!?」




 今までのシリアスな雰囲気を丸っきりぶち壊す様な反応を出してしまった。流石は欲にまみれた悪人こと首藤狩也である。俗世間に生きただけあって、骨の髄まで俗物だ。その事に気付くより前に言い終わってしまい、今更言葉自体には取り消しが効かないが、言葉というものは後出しが適用出来る。直ぐに俺は前述した言葉を打ち消した。


「い、いや。いいよ。倫理的に問題がある。俺とお前が恋人とかだったら、話は分かるんだがな」


 絶賛萌の彼氏と己を偽っている最中だ。嘘とはいえ、二股は良くない。


「でも、放っておけない」


「じゃあメイドさん一人よこしてくれよ。その人と話してるから」


「そんな人居ないって。何度言えば分かるの」


「いやだってこんな屋敷見たら居ると思うじゃんか。あーテレビも無いしなあ。家を勝手に歩き回るのも流石に…………何か暇潰せそうな場所無いか?」


 ゲームでもテレビでも、何なら絵画でも良い。暇潰しにさえなるなら、どんな事でも良かった。どうしても一緒に入りたくない(俺の倫理が許さないのだ)俺の提案に、由利は快く乗ってくれた。軽くこちらに手招きをして廊下まで呼び寄せると、由利はこの部屋の対角線上にある部屋を、指さした。他の扉とは明らかに一線を画した装飾―――具体的には無作為に御札が貼られている―――に、近づいてもいないのに俺は恐怖する。


「あそこなら、暇は潰せる」


「……明らかにヤバい臭いしかしねえわ。何があるんだ?」


「曰く付きの物品。何か起きても責任は取れない」


「誰が行くかよ! 分かった。友達と通話しとく。その間に入ってきてくれ」


「分かった」


 由利に聞くべきでは無かった。腐っても彼女はオカルト部。一般とズレていても仕方ないのである。オカルト部だから異端という考えは偏見かもしれないが、部長が部長。変人ばかり育成されていると考えるのも無理はあるまい。


 力なく引きずられる萌の後姿には、まだまだ精神的ダメージが残っている様に見えた。次に出会ったとしてもまだ二度目だが、一度目でこれなら次は会わせる訳にはいかない。正しく『二度と会うな』である。


 二人を見送った後、俺は引き籠るかの様に扉を閉めて、徐に携帯へ手を掛けた。どっちへ電話しようか迷ったが、そう言えば久しく声を聞いていない。サプライズ的に電話を掛けてみるのも面白いだろう。


 呼び出しのコールが五回程鳴ってから、恐らく最も聞き慣れた声が、応答した。




「はい、もしもし」




「あ、もしもし。天奈?」


「……お兄ちゃんッ?」


 記者による被害を心配して、俺の可愛い妹は現在碧花の家で匿ってもらっている。かなりの頻度で様子を見るつもりだったが、ごたごたしていたせいで全然様子を見に行けなかった。


「何、急に……怖いんですけど」


「久方ぶりに兄の声を聴いて第一声がそれはねえだろ。俺はお前の事が心配で掛けたんだぞ。どうだ、調子は? 碧花に邪険にされてるとか無いか?」


「全然無いよ。お兄ちゃんの事すっごく聞いてくるだけで、特に変わった事もないし。ねえお兄ちゃん、碧花さんってとっても料理が上手なんだね。私びっくりしちゃった!」


「ん、アイツが料理上手いってイメージ無かったんだけどなあ。いつからなんだろ、料理練習しだしたのって」


 俺の記憶が正しいも何も、彼女がいつから練習していたかなんて知る筈も無い。


「言ってたか?」


「うん、言ってたよ。なんかね、とある人が『毎日美味しい料理が食べられたら、幸せだろうな』って言ってたのを聞いて、それから練習したみたい。とある人ってのは誰か知らないけど」


「ほー。まあ両親とかかな。俺会った事ねえけど」


 家庭訪問はクリアしているので、間違いなく両親は居る筈だ。なのに俺は、一度も出くわさない。最初から居なかったのではと微妙に疑ってしまうくらいには、遭遇しない。道端でも、授業参観でも。それらしき人物が見当たらない。


「そう言えばさ、俺の事やたらと聞いてくるんだろ」


「うん」


「俺、そこまで個人情報秘匿した覚え無いんだけど……何でそんなに聞いてくるんだ?」


 基本的に俺は自分の情報を『友達』には開示するタイプだ。『その行いをして、僕に利益があるのかい』とは言わない。そんな面倒なタイプだったら猶更彼女なんて出来ないだろう。


「うーんと。碧花さんが言った通りに言っていい? ちょっと要約は出来ないから」


「何だ、そんな長いのか? まあいいや、言ってみろよ」










「狩也君の格好いい所も、格好悪い所も、長所も、短所も、身体も、心も、不幸も、幸福も、成功も、失敗も、本当は私だけが知っていればいいんだ。私だけが彼の全てを知っているのが、一番良いんだ。君は家族だから彼の悪い処を沢山言えるだろう。良い所も沢山言えるだろう。だから私は、君以上に彼の悪い所を見つけたい、良い所を見つけたい。家族よりも彼の事を知る事が出来れば、私は彼の『トモダチ』になれるよね? ―――って」




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