死神に愛された男



 流石の俺もあれを聞いた以上は天奈との通話を続ける事が出来ず、一旦通話を切ると、彼女の発言の真意を考える事になった。


―――俺の『友達』って、そんな難しいもんじゃねえだろ。


 何を想って碧花はあんな発言をしたのかが分からない。分からないままにするのも良いが、ちょっと発言が狂気的過ぎて、常識的な解釈をしておかないと、俺の精神に綻びが生じる。えーと……これは、あれか。所謂ヤンデレという奴だろうか。


 いや、そんな筈はない。ヤンデレは対象以外には無関心か敵意を持っている筈だ。だが碧花がそういう態度を取った事は……無い。敵意はともかく、無関心は一度も無かった筈だ。それにヤンデレは他の女性と接触すると他の女性を殺すが、碧花がそんな事をしているとは思えない。『首狩り族』は男女問わず不運を起こすし。


 ヤンデレではないとすると、何だ? オタクカルチャーに疎すぎて説明出来ない。まさか碧花が俺の知らない所でそんな発言をしていたなんて。それからも色々俺の知識の届く限り考えてみたが、どうにも合点が行かない。もう面倒くさくなったので、俺は直接本人に尋ねてみる事にした。


 相変わらず電話を掛けると、ワンコールの終わらない内に応答した。




「……もしもし」


 しかし電話に出た彼女の声は、何処か弱弱しかった。


「もしもし碧花か? ……何か声が弱いぞ」


「ははは。申し訳ない、ちょっと……疲れちゃって」


「疲れた? ……なんか、それにしては重傷負ったみたいな弱弱しさだけど」


「大丈夫だよ。傷一つない、綺麗な身体だ。ただ……動くにはちょっと面倒くさいかな」


「何したんだ?」


「……特に、面白みは無いから、教えるつもりは無いよ。それで、君はどうして電話を?」


「あー。実は天奈から聞いたんだけどさ。お前……」


 碧花が言った発言を天奈から聞き、天奈から聞いた俺が碧花に発言を問い質す。ややこしい話だが、天奈が俺にやった様に、俺も碧花の発言をそのまま流した。発言者である碧花に。


 非常に分かり辛いのでチャートにすると、碧花→天奈→俺→碧花である。


「―――って言ったらしいじゃんか。あれって、どういう意味だったんだ?」


「……………………………」


 碧花からの返答が無くなった。急に電波が悪くなったなんて、そんな筈はあるまい。悪いなら最初から悪い筈だし、ここは由利の家だ。俺の方が原因という事もない。


「碧花?」


 周囲の環境音が聞こえないので、音声を切っているのだろう。そうでなければ俺達を繫ぐ電波が突然異界入りしたか、俺の携帯がしょぼいか。前者だった場合はお手上げだ。異界秩序とか知らないし。


 ようやく声が聞こえたと思いきや、その様子までおかしかった。


「いたたたた…………」


「え? ど、どうした?」


「いや、急に背骨が爆発してね。頭打っちゃって」


「それマラソンサボった時の俺の言い訳だよ、時間差で弄るな! で、どういう意味だったんだ?」


「え? い、いやあ……た、大した意味なんて無いんじゃないかなあ。うん。無いと思うよ」


「他人事かよ!」


「と、とにかく。意味なんて無いんだ。いいね? 後、それ他言無用だから。言ったらギロチンで蹴る」


「ギロチンで蹴るって何!? お前ん家にギロチンブーツとかねえだろ!」


 そもそもギロチンブーツって何だよ。危なくて履けねえじゃねえか。何やら碧花が珍しく動揺しているので、いつものボケなのかそれとも本気で言ってるのかが分からないのが辛い所だ。


「あ、後さ」


「ん?」


 果たしてそれを言った時、碧花はどんな表情で言ったのだろうか。出来ればその言葉は、電話越しではなく、面と向かって言って欲しかった。






「守るなんて言われたの、初めて。あ……ありがとう。嬉しかった、よ?」






 彼女の感謝に俺が返答する間もなく、碧花は「じゃ、じゃあね!」と言って、逃げる様に一方的に電話を切ってしまった。何に動揺していたのだろうか。特別変わった事は何も言っていないし……ああ。そういう事か。多分、天奈が漏らした発言は、碧花にとって聞かれたくないものだったのだ。だから適当に話を逸らそうとしたが、俺にその手は通用しないと思い、通話を切ったと。そんな所だったのだろう。後で俺の妹が碧花に怒られると思うと複雑な気持ちだが、まあ殺される訳でも無いだろうから、良いか。


 しかし、彼女を逃がしてしまったのは俺にとって悪手と言えるだろう。お蔭で話し相手が居なくなってしまった。女性の風呂は長い。しかも萌を慰めていると考えると、追加で長くなっている。別にそれ自体は必要だから文句を言うつもりはないが、それまでの暇さと来たら、耐えがたいものがある。


 また天奈に電話を掛けようかと考えたが、これ以上妹に何らかの負担を掛けるのは兄としての矜持が許さない。ヤバい。居なくなった。それ程友達が居ない事が災いして、通話相手の選択肢が無くなった。


 クオン部長。繋がれば奇跡。


 萌、由利。何で繋がる。


 碧花。今は出てくれないだろう。


 天奈。兄としての矜持が許さない。


 突然虚無の辺獄に放り出されたみたいで、俺は何気なく天井を仰いだ。電気が眩しい。見続けると目が悪くなりそうだ。目が悪くなる前に俺の感情が死んでしまうかもしれないが、どうなのだろう。幾ら何でも風呂が終わるのが先だろうか。ひょっとすると二度と出てこないのでは? 考える事が無いから、妄想すら現実のものではと思えてならない。



 最近の俺には、虚構と現実の区別がついていない。



 これは『○○たんは僕の嫁だお~ずっきゅんきゅん♡』みたいなそういうヤバい意味ではない。ここ最近はオカルト部に絡み過ぎて、非科学的な事に巻き込まれていたから、果たしてそれが在ったのか無かったのか。それが分からないという意味である。


「…………はあ」


 三十分。まだ出てこない。遅すぎる。やはり一緒に入った方が良かっただろうか。その方が色々楽しかったのは間違いないが、お互い全裸という事もあり、下半身の制御が出来なくなる。やる訳ない。完璧に制御できたとしても、それはそれで俺がEDみたいに思われるから嫌だ。



 何度でも言うが、マジで考える事が無いので、クリスマス会の事でも考えるとしよう。



 碧花はコスプレとかしてくれるのか、してくれるとして、一体どんなコスプレをしてくれるのか。俺としてはやはりサンタだが、トナカイでも良い。こないだ雑誌でトナカイにコスプレした女性を見た。やってる事はバニーガールとほぼ一緒なので、きっと碧花に似合うだろう。


 分からないのだが、クリスマスって他に何か居ただろうか。サンタ、トナカイ……モミの木、プレゼント、煙突。そのくらいではないだろうか。明らかに人がコスプレする様なモノじゃないのは言うまでもない。モミの木ってどうするんだ。コスプレ中は胸でも揉ませてくれるのか。だとしても……『木』は無い。


―――早く帰ってきてくれ、二人共。


 耐えがたい苦痛である。そう言う意味では、毎度毎度退屈を凌いでくれる『首狩り族』は俺の味方と言えるかもしれない。





 なんて言う訳ねえだろバーカ!

















 実は、ちょっと嫌だった。


 萌と一緒にお風呂に入るまでは良いとしても、私の胸は小さくて、彼女の胸は大きい。コンプレックスをダイレクトに刺激されて無反応な人間何て居ない。居たとしても、私じゃない。


「萌は、どうしてそんなに元気が無いの」


 共に湯船へ浸かる彼女に尋ねる。脂肪の塊とも言える胸は、水面に顔を出しながら浮いていた。



 …………。



「お、お父さんと……会っちゃって」


「それで」


「先輩に……慰めてもらってました。私、怖くて。今まで部長と色んな場所に行って。お父さんよりも怖いモノと何度も会ってきた筈なのに。凄く怖くて、立ち向かえないって思えて」


「…………萌」


「な、何ですか?」


 私は慰められる程、器は広くない。こういう部員のメンタルケアは、全部クオン部長がやっていた。私の精神がおかしくなった時も、クオン部長が保護してくれたから、こうして今でも生きている。


 だから私が言える事なんて、これくらいしかない。


「私の頭の中ね。ずっと声が聞こえるの。私は何処に居るのって声が、ずっと。いつも怖い。気が狂いそうになる。けれど、首藤君の事を考えると、少しだけ怖くなくなるの」


「先輩の…………事?」


「以前の私は首藤君に酷い態度を取ったから、彼を好きになる権利なんて無い。それでも、私は彼の事を考えるだけで、恐怖が薄れるの。彼が隣で手を握ってくれる様な気がするの。私よりもずっと首藤君と交流がある萌なら、きっともっと薄れると思う」



 私は湯船の中で彼女の手を握った。暗室と化した部室の中で、首藤君がそうしてくれた様に。



「一人で抱えなくていいの、萌。怖いなら、辛いなら、悲しいなら。全部私や、首藤君に吐き出して。貴方は私達にとって、可愛い後輩なんだから」

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