共有者を探して

 女性の風呂は長い。何で長い。男と違って手入れが必要なのだ。髪とか、肌とか、髪とか、肌とか。正直分からない。天奈と一緒に入ってた頃は、そういう手入れをする年頃じゃ無かったし。今は入ろうとしたら変態扱いされるだろうから、まず頼まない。


 そもそも。髪も肌も、男だって手入れする筈だ。現に俺が手入れしている。モテたくて、彼女が欲しくて。徹底的に、完璧に手入れをしている。どれくらい俺が己磨きに力を入れていたかと言うと、碧花に褒められるくらいだ。そんな俺でも風呂は早い。どんなに遅くても、二〇分かそこらで終わる。三〇分以上も掛かる事があり得る場合は、多分俺は風呂の中で死んでる。または混浴してて、興奮を抑える為に長風呂を装っているか。


 四五分後、ようやく二人は戻ってきた。この金持ち屋敷の風呂だからさぞ気持ち良かったのだろう。それを待っている間に、俺は退屈によって溶けていた。もしもたった今から俺が二次元に圧縮されてSDキャラになったのなら、多分溶けた卵みたいな姿になっている。それくらい退屈だった。友達が居ない事をこれ程恨んだ事は無い。今までだって大概友達や彼女を欲してきたが、今は本当に誰でも良いから本当に欲しかった。友達代行サービスとかあったら問答無用で手を出すくらいだ。女性の長風呂を待つ事程暇な事なんて早々ない。買い物で荷物持たされてしまう時の方が、まだ退屈が凌げるだろう。


「せんぱーい!」


 だが、俺は決して由利の事を恨んではいない。女性の風呂が長い事なんて生まれた頃から知っているし(知らねえけど)、帰ってきた萌にいつもの明るさが取り戻されているから。帳消しだ。何と帳消ししているのかよく分からないけど。


「萌。お前テンション高いな」


「だって、先輩とお泊りなんて早々出来る訳無いですし! 一世一代の大チャンスですよッ」


「俺ってそんな大層な人物じゃねえだろ」


 彼女の喜びようと来たら、総理大臣とお友達になれるかの如く大袈裟であった。俺の喩えも大袈裟だが、それくらい喜んでいるのだ。これで俺が今後本当に総理大臣になったら先見の明があると言わざるを得ないが、今の所そんな野心はないし、毎日を生きられたらそれでいいので、先見の明は無い。俺みたいな若者がたくさん居るから政治に関心が寄せられないのだろうが、それでも俺には野心が無かった。


 萌の飛び込みを無事に受け止めてから、俺は由利に視線を向けた。心なしか、やつれている気がする。


「お前、良くここまで直したな」


「…………疲れた」


「もう一度風呂でも入るか?」


「いい。次は首藤君入ってきて」


「え、俺か? まあ入るんだけどさ……」


「何?」


「いや…………」


 またあの退屈が帰ってくるのかと思うと、地獄だ。出来る限り早く終わらせたいのは山々だが、ちゃんと肩まで浸からないと俺の中のゴーストが許してくれない。


「由利。頼みがある。今から俺は風呂に入ろうと思うんだけど、退屈なのはもう御免だ」


「うん」


「だから話し相手になってくれ。扉越しで良いから」


 こんな事を頼む男子も俺くらいではないだろうか。変態なら混浴を頼む所を、この俺には下心が無い。ただ、ひたすらに退屈が嫌だった。考えるのはもう飽きた。あまりにも色々あり過ぎた。部長との一件だって、出来る事なら諸々忘れたいくらいだ。


 でも無理。人間は自分にとって悪印象な記憶程良く残る。俺の場合は、これが名門大学生レベルだった。忘れようにも忘れられないのである。まるでテスト前のテスト範囲の様だ。


「また、不思議な事頼むね」


「退屈なの嫌なんだ。頼む」


「じゃあ私と遊びましょう!」


 明らかに関係ない萌が、話に割って入ってきた。この前後の脈絡を理解しないハイテンション。間違いない……今の萌は、修学旅行テンションだ。



 説明しよう! 修学旅行テンションとは!



 修学旅行に行った際、多くの人間が掛かるハイテンションである。具体的には先生に言われた事を破りたくなったり、夜更かししたくなったり、遊びたくなったりする極めて問題性の高い気分の事。さっきのどんよりしてた頃よりかマシだが、これはこれで話を妨害されるので、俺にとっては大問題である。


 一番の問題は、萌自身に悪意が何一つない事だが。



「お前人の話聞いてたかッ? 俺は風呂入るんだよ!」


「じゃあ私も一緒に入りますッ」


「二度目だぞッ?」


 自分で言うのも何だが、ツッコみどころを間違えた。普通は萌に対して「羞恥とか無いのか!」って言う場面の筈だ。まあ本人が一番分かってるだろうが、彼女はスタイルが良いので、羞恥とか無いのかもしれない。ビキニと同じ理屈だ。


「お背中お流ししますから!」



 え? マジで?



 今まで突っ込まなかったが、萌の服、由利が用意したのだろうか。サイズが合っている様で合っていない。ちんちくりんな彼女では、由利の身長に合わせた服が、縦は大きすぎるし、横は若干小さい……分かるだろう。由利が持っていて萌が持っていないアレだ。言うつもりはない。言ったらまるで変態みたいじゃないか。


 それに今、ぱっつんと張っているけしからん胸を、俺は己の胸で受け止めているのだ。それを意識したくない。萌にも由利にも幻滅されたくないのだ。


 背中を流してくれると言う事で、瞬く間に邪悪に染まった俺を、由利は軽蔑する様な目で見ていた。慌てて取り繕おうとするが、視線が腐ってやがる。遅すぎたんだ。


「いや、やめろ。流石に悪い。俺とお前は恋人じゃないしな」


「え? でも先輩、お父さんの前でか―――」





「はいストップ分かった萌君分かったから黙ろう君の言いたい事は良く分かったがそれにしても倫理的に男女が風呂に一緒に入るというのは仲睦まじい仲にならなければあり得ない事であり君の申し出は大変うれしいのだが今は遠慮させていただく!」





 萌を天蓋ベッドに座らせると、俺はそのまま有無を言わさぬまま由利を連れて行った。彼女の返答は何も聞いていない。強引だが、萌の前でまたあの話をするのも気が引けるので、二人きりで話せる好機とも言える。


 脱衣所まで来て、俺はようやく由利の手を離した。


「……すまんな。ここまで連れてきて」


「いいけど。その代わり、私にちゃんと説明して。萌から話は少し聞いたけど、要領を得なかったから」


「要領を得なかった…………ああ、そうか。アイツ、記憶ないもんな」


「……?」


「いや、こっちの話。分かってるよ、ちゃんと説明する。だからお前に頼ったんだ。有難う、お前が居てくれてよかったよ」


 始めるなら早い方が良いだろうと、早速服を脱ごうとした時、俺は自分がどんなにか恥ずかしい事をしようとしているかに驚いた。ここは脱衣所で、俺の行動は何ら間違っていないが、同伴者に問題がある。


「…………ちょっと、出てもらっていいか?」


「あ、当たり前だからッ!」


 由利は少しだけ頬を染めて、足早に脱衣所から出て行った。その間に俺は服を脱ぎ、光の速さで浴室に入室した。






「……ちゃんと身体洗い流してから入ってね」






 分かってら。






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