最後まで愛たっぷり

 スティックゲームというものをご存じだろうか。いや、むしろこれを知らない人間が居たら俺はそいつを宇宙的外来種か何かと勘違いしてしまうだろう。


 スティックゲーム。それは男のロマン。


 じゃない。こんな些細な事でも男のロマンとして片づけてしまうと、ロマンの価値がダダ下がりするというか、これ以外にもロマンが生まれるというか。大きな胸に顔を埋めるのはロマンだが、それを……いや、そもそも胸を触る事自体、男にすればロマンかもしれない。

 この『男』という言葉は非常に多彩な意味を持っており、今回の場合、童貞でありながら女性と一切の縁が無い存在の事を指す。俺の場合、女性と一切の縁が無い訳ではないものの、肉体的、恋愛的には何の縁も無いので、含まれます。

 とにかくこの『男』のロマンは、女性にあれとかこれとかしてもらえない存在の事を指しているので、モテモテの方にこの悦びは分からないであろう。

 一応知らない人の為に説明しておくと(そんな人間が居たら以下略)、スティックゲームとは、棒状のお菓子を利用したパーティーゲームの一つであり、合コンなどで行われる事が多いとされている遊びだ。

 わざわざこんな言い方をしたのは、知らない人が居ないだろう、と言った事にも関わってくるのだが、



 基本的にこの遊びはこっ恥ずかしい。



 この遊び、棒の両端から二人の人間が食べていき、最後まで食べ終わる頃にはキスをするという構造なのだが、遊びであり、これがパーティーゲームである以上、そこには人の目が存在する。ラブラブカップルであれば気にならないかもしれないが、合コンの場合、互いに下心があるとはいえ、まだ知り合いか他人の領域を出ない筈だ。

 そんな状況でやるスティックゲームの恥ずかしい事と言ったら、無い。俺にはよく分かるのだ。合コンに行った事無いけど。

「あ…………ああ、それそれ! それだよ! それ! それ!」

「……何か、あった」

 流石に何度も何度も同じ言葉を繰り返すと不自然だった。動揺を隠す為に努力してみたものの、俺はかえって悪手を打ってしまった様だ。碧花から離れる様に俺はそれを受け取り、通り過ぎ際に由利へ「助かった」と言っておく。多分何でお礼を言われているのかは分かっていない。

「皆さん静粛に! これからスティックゲームを始めますよー!」

 さて、この遊び。パーティーゲームとして遊ぶならルールが存在する。と言っても明確なものではないが、早い話がチキンレースみたいなものだ。二人組でスティックを食べて、終了時に最も短い状態だった人が勝利。キスしていたり、折れていたら負け。本来のチキンレースは恐怖による我慢比べだが、これの場合は恐怖には違いないが…………ピンク色の恐怖なので、人が死んだりはしない筈。

 案の定、妹を含めた全員から渋面を浮かべられた(由利は取りに行った時点で把握していただろうが、特に変化はなかった)が、俺はくじけない。パーティーゲームと言ったらこれなのだ。

「まあまあお待ちなさい。大丈夫、こっ恥ずかしいゲームだというのは俺も承知しています。なので今回は優勝賞品を出す事にしました」

「え? お兄ちゃんそんなの用意してたの?」

「ふん、兄たる者、妹よりも準備が良いのは当然の事だ。肝心の商品についてですが、あまり乱暴には触れない物なので、優勝した人にのみ開示したいと思います!」

「そんなに高いのか?」

「高いと言いますか、何というか……ひょっとして部長も興味がおありでですか?」

「俺はどうでもいいが、何だか萌がやる気だからな。せっかくならやってみるかという気分だ」

 取り敢えずオカルト組は参加してくれるらしい。由利は何も言わないので、参加という事にしておく。沈黙は肯定なり、だ。

「―――一つ聞いても良いかな」

「何だ?」

「その優勝賞品だけど、変えたりするのはオッケーかな?」

「か、変える?」

 予想外の角度からの質問に俺は困惑の色を露わにした。碧花はまるで俺の思惑を知っているかのような口ぶりで続ける。

「値段はそれと同じくらいなんだけど、構わないかな」

「ね、値段? お前―――まさか」

 俺自身がネタバレを仕掛けた所で、何故か参加者である彼女の方から人差し指で口止めを喰らった。


 こいつ、気づいてやがる。


 おかしい。気づく要素などいつあったのだ。部屋に上がらせたのは御影だけだし、彼女が気付いているならまだしも碧花が気付く道理が何処にあるというのか。

 不思議なのは、それに気づいているとするならどうして周囲にバラさないのか、だが、実はハッタリだったりするのだろうか。彼女がハッタリをしてくるなど考えにくいが、そうとでも考えないとバラさないメリットが思い浮かばない。

 良くも悪くも碧花はそれなりに合理的なので、メリットが無い事をするとは思えないのだ。

「―――いいぞ。ああ、値段は同じくらいならな」

「有難う。その要求を呑んでくれるなら私も参加するよ」

「いや、参加しないつもりだったのかよッ」

 俺の思惑に気付いているなら無理もない。これで俺達の方は無事に全員参加となったが、妹達はどうするのだろうか。視線を向けてみると、俺は意外な光景を目の当たりにする事になった。

「やろう天奈。優勝賞品が何なのか知らないけど、とにかくやろう」

「え? ちょ、ちょっと幸慈君? な、何でそんなやる気なの?」

「いいからやろう。とにかくやろう」

 わざわざ俺がこれをパーティーゲームと称したのは、何も異性同士でやらなくてもいいからだ。男同士は気持ち悪いが、ネタとしては面白いし、女子同士ならばネタ抜きでも抵抗が少ない人間も多いのではないだろうか。本人達も、観客達も。

 だがあの陰キャ君は異性同士でやる気満々だ。さっきまで目立たなかったというのに、ここに来て天奈が押され気味なくらい積極的になっている。苔が光合成を始めた……なんて言い方は悪すぎて侮辱罪に該当するかもしれないが、言わなければセーフ。

 因みに香撫は碧花を誘っている。俺が言いたいのは、つまりああいう事だ。

「……取り敢えず! 全員参加してくれるんだなッ?」

 全員が一斉に頷いた。重なり過ぎてちょっと怖い。え、偶然なの?

「…………分かった! じゃあ早速始めよう! えーと、メンバーが天奈側で三人、俺らで俺含めて五人の八人か。丁度二人組になれるな」

「あれ? 先輩も参加するんですか?」

「え、当たり前だろ。だって俺も参加者だし。あ、優勝したら商品は俺が貰ってくから」

 自分で用意した物なんだから、自分にも受け取る権利があるという正論染みた暴論。いや、意味だけを追求すると暴論でも何でもないが、状況的な話をしている。例えるなら、『頭の良い大学生が用意した問題を、その大学生が全問正解して優勝賞品を持っていく』感じに似ている。

 この例えで行くと負ける可能性は皆無だが、俺の場合はこれに負ける可能性が含まれているくらいだ。

 ただ、仮想スティックゲーム十万勝〇敗の俺にかかればこんな勝負は児戯に等しい。途中で折れるならまだしも、キスするなんて、俺の童貞センサーが許す筈がないのだ。キスしそうになれば、たとえ目を瞑っていても俺の童貞センサーが反応する。つまり負け筋が実質的に一つ消えているのだ。





もうお気づきの方も居るだろう。このゲームにおいて童貞は世界最強を誇るのである。





 つまり俺が最強。戦う前から勝った気分だ。

「という訳でまずは二人組を組むぞ!」

 俺が主催者である事のメリット。それは相方選択において先手を取れる事。秒の早さで俺は由利の腕を掴み、相方を確保した。

 十秒程度の間が挟まって、由利が声を上げた。

「……………………え?」

 そして俺の方を向いた。

「……私とやるの」

「おう。宜しく頼むぞ、由利。お前なら信頼出来る」


 この場において俺が碧花ではなく由利を選んだ理由。そこには大きく分けて幾つかの理由がある。


 まず一つ。碧花を選んだ場合、万が一にでもキスしてしまったら俺がぶん殴られかねない。

 これは説明不要。俺にキスされて嬉しい奴は居ない。小学校の頃妹にやったら股間を蹴られた記憶がある。

 次に、彼女ならばキスを避けてくれるだろうから。

 先程の危惧を抜いても、碧花は俺の思惑に気付いているので、何をしてくるか分からない。萌は俺とのキスを十中八九避けてくれない(というより、キスしても全然気にしない気がする)ので駄目。妹はさっきのもあるし、幸慈君に恨みを抱かれたらたまったもんじゃない。だが由利ならば、俺と知り合いでありながら、且つ出会ってそれ程時間も経っていない事もあってキスを嫌がるだろうからその心配が無い。

 勝負はこの時点で始まっているのだ。悪いが俺はゲスト相手にも容赦はしない。ゲストを悲しませない為に、俺はゲストを全力で打ち負かしに行く。卑怯と罵られ様とも構わない。



―――だってこうでもしないと、みんなスティックゲームに参加してくれないじゃん!



 離婚を渋る男性の目の前に一千万用意したらあっさり離婚したという話を聞いた事がある。要は物さえあれば、どんなに渋られても最終的には呑んでくれるのだ。だから俺はそれを利用した。このパーティーを盛り上げる為だけに、皆を騙す事にした。

 だから負けられない。負けたくない。

 今、考えてみれば、もう少し別の突破方法もあったのかもしれない。しかし、俺の頭はそこまで冴え渡らなかったのだから考えるだけ無駄だ。








 『もし』などという都合の良い世界は存在しない。今俺達の見ている世界のみが現実だ。


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