兄妹ならば当然の事



 突然尋ねる様だが、俺はシスコンなのだろうか。


 そもそもシスコンは悪い言葉なのだろうか。


 シスコンとは女姉妹に対して強い執着や愛情を抱く事だ。そういう意味で言えば、俺はシスコンなのだろう。天奈の事は可愛いと思っているし、幸せになってもらいたいと思っている。こう考えると、シスコンなんてものは属性として見るべきじゃない事が分かる。単純化するべきではない、と言えばいいかもしれない。アニメや漫画などではしばしば極端に描かれがちなこの言葉。俺は少しだけ疑問に思っていた事がある。


 シスコンは個性なのか、と。


 環境にも因るだろう。考え方にも因るだろう。それでも、普通に生きていたら妹の事は大切に思えるのではないだろうか。だって家族だ。肉親だ。大切に思えないなんて人のが少数。そこに理由なんて要らない。家族は家族故に大切なのだ。


「…………出ないか」 


 碧花の家を出発してから直ぐに萌に電話を掛けたが、どうも反応が悪い。夢中になって探しているから気付かないのかもしれないが、彼女も彼女で問題を抱えている。無事を確認する意味でも出て欲しかった。


 これでは合流できないので、次に俺は由利に電話を掛けた。そして幸いにも、由利は応答した。


「もしもし」


「もしもし由利か! 体の方は大丈夫か?」


「……歩くくらいなら、問題ない。傷自体はまだ残っているから、不審な恰好をする必要があるけど」


「じゃあ病院に行け! 今更感はあるけど、行くに越した事はないから! それと、萌が何処探してるか知らないか?」


「……何かあったの」


「電話に出ない! 多分走り回ってて気づかないんだろうが、もしもの場合がある。病院に向かう最中とかに見かけたら教えてくれ、頼んだぞッ」


 返事も聞かず電話を切る。妹の事で頭が一杯になっている俺に、礼儀作法を気にしている余裕はなかった。今回は犯人が誰でも心当たりがないので、何処へ連れ去った可能性が高いかとか、推理の余地がない。なので虱潰しに探すしか無いのだが……俺と萌とでそれをするのは無理がある。せめてもう一人くらい居てくれれば―――




「―――ああああああああああああああああ!」




 居た。


 角を曲がったその先に。


 俺の前方に。


 忘れる筈もない、その雪が如き白い髪。俺の知る女性の中では数少ない『女子』で、包容力の塊と言っても差し支えぬ優しさと、柔らかさを持った女性。通称『保健室の女神』こと、


「那峰先輩ッ!」


 保健室でしか出会えなかった女神が、俺と同じ外界を歩いている。一時は妄想の産物だったかもしれないと思っていたが、それは杞憂だった。俺の大好きな先輩は、ちゃんと存在している。


 背後から聞こえた大声には、那峰先輩でなくとも振り向くだろう。俺の存在を認識した瞬間、那峰先輩の表情が一気に明るくなった。


「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね。どうかしたの?」


「あ、あの……那峰先輩! 実は折り入ってお願いがあるんですけど。僕のお願いを聞いてくれませんかッ」


「お願い? どんな事を頼んでくるか知らないけど、急を要するって感じかしら」


「緊急用件です! 人の命に関わる可能性もあります!」


 俺の気迫を見、那峰先輩はゆっくりと頷いた。


「分かったわ。それで、何をすればいいのかしら」


 携帯のフォトアプリから、天奈の写真を取り出し、見せる。


「僕の妹……えっと。顔はこんな感じなんですけど! 今朝攫われちゃったというか、居なくなっちゃって! 今探してるんですけど人手が足りないんです!」


「そう、事情は分かったわ。手掛かりとかはあるの?」


「ありません!」


「…………そう。分かったわ。何か掴めたら何処に連絡すればいいのかしら」


「ニ時間後にまたここに来ます」


「オーケー。必ず情報を掴んでみせるから、期待しててね」


「はい! それじゃあ僕はこれで!」


 予期しなかった出会いにより、これで何とか増員出来た。那峰先輩に見送られながら、俺はまた当てもなく駆け出した。



















 一時間が経過したが、収穫など無い。連れ去った犯人はおろか、天奈の姿すら誰にも見掛けられていないのでは、掴める筈がない。通りがかる人の七割に写真を見せた上で尋ねて、この様だ。天奈が攫われているなら、当然抵抗している筈だから、それによる目立ちで誰かしら覚えていたり噂話をしているのではと思っていたのだが。


「…………クソッ」


 誰も何も知らない。まるで首藤天奈という人物が最初から居なかったみたいじゃないか。


 ―――誰か知らないのかよ。


 誰でもいい。どんな情報でも良い。手掛かりさえ見つけられれば希望はある。


 収穫が無いからと言って、これからも無いとは決めつけられない。引き続き通りがかる人々に、俺は尋ねて回っていた。


「済みません。この子知りませんか?」





「さあ」


「知らないなあー」


「…………」


「ちょっと、今会社に遅れそうなんです! 邪魔しないでください!」


「拙者の推しメン、二階堂亞子に似ているでござるな。もしやお主も同志か!」


「一万円くれよ。そうしたら情報やっからよ。ぎゃはははは!」





 悉く、全滅。


 だが諦めない。相手が男だろうが女だろうが、機嫌が良かろうが悪かろうが、構ったりしない。


「あの、済みません。この子、知りませんか?」


「ああん!? 今、俺は機嫌が悪いんだ。話しかけんな」


「知りませんか?」


「……知ってたとしても、お前にゃ教えねえよ。バーカ!」


「知ってるんですか?」


「…………しつけえなあ。その女ぁ、お前のこれか?」


 男が小指を立てる。俺は即座に首を振った。


「妹です」


「…………妹?」


「はい。妹が居なくなってしまって……それで、探してるんです! お望みなら好きなだけ殴っていただいても構いませんから、どうかお願いします。知っているなら―――教えてください」


 俺がボロボロになるのと天奈の手掛かりが引き換えなら安いものだ。気の済むまで殴る蹴るを繰り返してもらって構わない。今は手掛かりが欲しい。それだけが欲しい。


 深々と頭を下げたまま動かないで居ると、不意に男が言った。


「おい。頭上げろ」


「教えてくれるんですかッ?」


「いや、俺は知らねえ。意地悪して悪かったな」


 がっくりと肩を落とす。薄々そんな気はしていた。知ってたとしても、なんて言い方をする奴は大体知らないのだ。


「……有難うございます」


 誰も何も知らない。犯人はどうやって連れ出したと言うのだ。それこそ怪異でもない限り、誰にも認識されずに連れ攫うなんて……



「首藤狩也さんですね?」



 足取り重く、とぼとぼと歩いていた俺を裏路地の方から呼び止める声があった。振り向くと、そこには汚れだらけの服を纏った無精髭の男が座り込んでいた。接近しようと考えたが、一歩踏み込んだ瞬間に分かる、酒の臭い。それも相当な口臭とセットになって届いてくる。俺の足はそこで止まった。


「どうして俺の名前を?」


「まあお気になさらず。それより、妹さんを探しているのでしょう? 宜しければ情報を提供しましょう」


 願ってもない提案に、先ほどまで抱いていた猜疑心というものが全て吹き飛んだ。


「お、お願いします!」


「素直な事は良い事です。でももう少し、自分の気持ちに素直になってみるのも良いかもしれませんな」


「は?」


「いえいえ。しがないホームレスのちょっとしたお節介です。それではお教えしましょう。まず妹さんは同年代くらいの女の子に連れ攫われました」


「その根拠は?」


「裏路地なんかを駆使すれば、案外人目に付かずとも移動できるものでしてねえ。かなり警戒していた様ですが、ホームレスなんぞにまで気を付けてはいなかったのでしょう。駅の向こう側にある廃工場に入っていきましたよ」


 今までの情報とは一線を画した情報に、俺は息を吞んだ。ここから廃工場まで大体三十分。それまでに移動していなければ良いのだが、どちらにしても初めて得られた貴重な情報だ。向かうしかない。


「有難うございます!」


「妹さんが見つかると良いですね」


 名前も知らぬホームレスが俺の名前を知っていたのは解せないが、そんな事は後で問い詰めればいいだけの事。痛くなってきた脇腹を押さえながら、全力でまた走り出した。


 

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