首が無くて、友が居なくて
細かい事をグダグダいう前に、ありのままの事実を語るとしよう。
天奈は泣いていた。
机に突っ伏したまま、小さな声でずっと泣いている。俺が声を上げたにも拘らず、彼女はこちらの存在に気付いていない様だった。人は本当に泣いている時、泣く事に集中して全く人の声が聞こえないと言うが、これは本当である。何故なら、泣いているという事は本当に追い詰められているという事だから、人の視線なんぞを気にする余裕はない。余裕があるのなら、それはきっと嘘泣きだろう。それかどんな場合においても人の目を気にしている様な輩か。
妹とは何年も過ごしてきた仲である俺に言わせると、そのどちらもあり得ない。俺に似て、というのも何だが、天奈はとても素直だ。嘘泣き出来る程この世の辛苦を味わった訳ではないだろうし、人並みに『自分』というモノを気にはしているが、それを自意識過剰というのなら、この世には無関心とそれの二極しか居ない事になる。
特殊な俺が言ってしまうのは何だかおかしいが、彼女は普通の女の子である。いや、普通というと香撫みたいな女子と同類みたいな言い方だが、そういう事じゃない。純真無垢な女の子という意味だ。
「…………」
大泣きする女の子を相手にどうやって慰めればいいのか。残念ながら女性というものを知らないこの俺にはどうしようもない。知っている女性と言えば碧花と萌と、後は由利くらいだが(生きている者限定にさせてもらう)、碧花は大泣きする性格ではないし、萌は意外にメンタルが強いし、由利は大泣き以前に心を壊している。
参考材料が存在しない。
「…………えー」
声を挙げてみたが、気づいてくれない。ずっと泣いている。泣き続けている。どうしよう。分からない。萌経由で貰った書物に攻略法でも書いてあるかもしれないから開いてみようか? いや、そんな訳が無い。あの部長がそんなものを渡してくれるとは思えない。開くまでも無くそう感じた。
ゲームの攻略法がインターネットで見られるなら、こういう状況への対応法もどうかインターネットに書いていてくれないだろうか。経験の無さにイライラする。彼女を慰める事が出来るのは現状況で俺だけだと言うのに、その俺があまりにも力不足すぎる。
「…………あー」
主人公補正でどうにかならないかとも思ったが、そう言えば俺は主人公では無かった。こんなモテなくて顔も良くない主人公など何処に居る。純文学の主人公か。しかしそうなると、あまりに思慮が浅すぎる。
とにかく天奈を何とか慰めたかった俺は、一旦リビングから出ると、一切の躊躇なく碧花に電話を掛けた。女性の事を聞くのなら、同じ女性に尋ねれば正確である。
「はい、もしもし」
一回目のコールが終わらない内に、碧花が出た。
「もしもし、碧花? ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「はいはい。何かな」
「実は天奈の事なんだけどさ、その―――泣いてたんだよ。だから、その……慰め方を教えて欲しいんだが」
「……あまりこんな事は言いたくないけど、しょうもない用件だね」
「しょうもない言うな! どうしていいか分からないんだよッ」
「どうするもこうするも、普通に慰めたらいいと思うんだけどな。兄として妹に掛けるべき言葉は見つからないのかい?」
「見つからないから電話したんだよッ」
あまり彼女との雑談に割く余裕はない。泣けば泣く程、心はささくれる。小学校から中学校にかけて、幾度となく泣いてきた俺が言うのだから間違いない。
これでも、高校生になってからは随分とマシになった方なのだ。中学校の頃なんか…………ああ、酷かった。俺のせいで学級崩壊とまではいかなくても、どんどん人が死んでいって、終いには先生にまで腫物の様に扱われて(壮一の当たりも強くなっていた)。心が過敏だった俺は、碧花の胸で幾度となく、何時間も泣いた。
彼女だけが、俺の事を優しく包み込んでくれた。
しかしそれは、彼女と俺が一人かくれんぼという現象を通じて知り合ったから出来る事であって、同じ事を俺にやれと言われても無理だ。俺に彼女の様な包容力は無い。まして理解力などある訳がない。
全ては俺の方が辛い目に遭っているから、などというふざけた理由のせいだ。
天奈より俺の方が辛い目に遭っている。だから彼女の悲しみを理解する事は出来ない。ここまでふざけた理由も中々無いだろう。だが事実だし、事実で無かったとしても、俺の中の常識ではそうなっている。
だって、相手を慰める際の常套句である『辛かったよな』が使えないのだ。これを使わずしてどの様に慰める。泣いている相手は、自分の苦しみを吐き出している様なものだ。常套句が使えないという事は、即ちその苦しみを受け取れないという事である。
碧花は何度か足踏みした後(やけに音が響いていたから、家という訳では無さそうだ)、慎重な口調で言った。
「私に、兄弟は居ない。だから的確なアドバイスが出来なかったら、ごめん。その上で言わせてもらうけど、君はそもそも履き違えているんじゃないのかい?」
「どういう事だ?」
「慰め方は一通りじゃないって事だよ。理解する以外にも慰め方は存在するじゃないか。私が君にやった様な、そして今の君しか出来ないもの」
「……俺にしか、出来ないもの?」
「ああ、それ―――」
間違いなく碧花が言いかけた所で、音が消え去った。間違って音声を遮断するボタンを押したのかもと待機したが、数秒後。電話が切れてしまった。
もう一度掛けたが、今度は繋がらない。嫌がらせにしては手が込み過ぎているので、何らかのトラブルだろうか。
「…………兄にしか出来ないやり方」
口に出せば思いつくかもしれない。俺の、俺だけが出来る慰め方。碧花が俺にやった様な、今の俺にしか出来ないモノ―――
俺はかつて碧花が言ってくれた言葉を思い出す。
『辛かったんだね。君は。分かるよ、裏切られたんだろ? 大丈夫、君は悪くない。悪いのはあちらだ。何も恐れなくていい……何て顔してるんだか。私が付いてるじゃないか』
『そんな顔しないでよ狩也君。自分が悪いんじゃないかなんて、そんな罪悪感に縛られちゃ駄目だ。君は最善を尽くした。よくやったよ。凄いじゃないか―――私は、私だけは君を肯定するよ』
『そうだね。彼は許せない。君の怒りは良く分かるよ。じゃあ二人で―――復讐しようか。君と私の世界征服……なんて壮大な物語じゃないけどさ。そう不安にならなくても、私は君の味方だから』
―――ああ、そういう事か。
碧花が俺にしてきた事、そして今の俺だけが天奈に出来る事。それは―――
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