それが俺の意地
大玉転がしで、一位を取る。考える事はそれだけだ。まさか他の組も思っていないだろう。同じ組の間でまさか体育祭と同じくらいの熱量で駆け引きが行われているとは。俺と壮一は別のレーンの三周目。つまり最終レースを務める事になっている。狙った訳でも何でもなく、これはくじ引きによる公平な偶然によるものである。
萌の協力によって、あちらがしてくる妨害は判明している。こちらのレーンの二周目。つまり俺の前を務める男子がエロ本によって買収されているのだ。なので普通に戦えば俺が惨敗するのだが、ここでルールを確認しておこう。
自分達のレーンの上を真正面にあるコーンまで運び、転回し、往復する。それだけだ。
順番というのもくじ引きで決めただけで、戦略も何も無いし、個人の能力が要求される。この学校、種目のルールは割とガバガバに設定されており、大玉転がしは玉に手さえ触れていればどんな運び方をしてもオーケーだ。手さえ触れていれば、なので、真正面にボウリングよろしく転がして渡すのは禁止。裏を返すと、それ以外はやっていいという事だ。勿論、一般的常識に従って暴力行為と直接的な妨害行為は禁止だ。競技というより、体育祭そのものの規則だが。
もう分かっただろうか。俺がやらんとしている事を。
相変わらずスタート係を務めているクオン部長が空砲を鳴らすと同時に、競技がスタートした。まずは一周目。これは見送って大丈夫だ。微妙に遅いが、それは単に先頭の人の身体能力に問題があるだけである。壮一の方を見遣ると、今はリードされているが、問題ない。最後尾に控えた壮一が、御影に扮した萌と何やら会話していた。断定しがたいが、奴は明らかに胸をガン見している。ここが路地裏とかであれば鷲掴みにしたのではないだろうか。
あちらにリードを取られたまま、二周目へ。最早他の組など目に入っていない。俺のクラスにはやたらと身体能力の高い奴がいる事くらい承知済みだ。この勝負、壮一への啖呵通り、どちらが一位を取るかの戦いである。一周目の人が終わり、いよいよ買収されている男子が大玉に手を掛けようとした瞬間―――俺が飛び出した。
「後は俺が行く!」
そう。手さえ触れていればどんな風に転がしても良い。これを更に解釈すると、誰の手が触れていてもいいのだ。つまり本来三周目を担当する俺が二周目をやったとしても、一向に構わないという訳だ。明らかにルールの穴を突きに行っているが、これが違法でない事を、俺は事前にクオン部長に確認している。この手法、過去の体育祭でも使われたらしいので、誰が何と言おうと有効なものは有効なのだ。尤も、過去は一人飛びぬけて身体能力の高い奴が居て、そいつが『俺一人で全部やった方が早い』とか言い出したからだそうだが。
「うおおおおおおおおおお!」
大玉転がしが得意かと言われると自信を持つ程ではないが、買収された奴に任せるよりは良いに決まっているだろう。幸い、隣のレーンはコーンを回る際にもたついている。今がリードを奪うチャンスだ。コーンまで到達すると、俺は一度強く大玉を転がすと同時に、素早く裏側に回り込み、大きく足を開いた。
この手の競技は下手に加減して回らせるより、一度大きく突っ切らせてから踏ん張った方が早い。現に、加減して回ろうとした結果が隣のレーンだ。あちらはようやく回り切り、戻りの直線。しかしそれと同時に俺も戻りの直線に入っている。あちら側のリードは十分に取り返せた。後は先程の繰り返し。
三周目に入れば、またも俺が同じ様に踏ん張って、今度は元々の役割を果たす。二人分の働きを俺一人でする事になっているので、何の妨害も無ければ、ここからが本来のスタートである。つまりは壮一と俺との一騎打ち。しかし残念な事に、彼は萌に気を取られていたせいで、出遅れた。俺の大玉に勢いがついた頃に、奴は動き出した。
妨害されたのならばやり返す。それが俺の流儀だ。こうでもしないと俺は奴との身体能力の差を前に敗北してしまう。卑怯だと罵るが良い、元々そっちが仕掛けてきた事だ。それに……アイツは一つ、重大なミスをした。
アイツが妨害をしてくるから俺も妨害した。つまりアイツが妨害しなければ俺も妨害しないのである。加えて言うと、アイツと俺との間には乖離的な程に差があるので、アイツが真っ向勝負を仕掛ければ、俺に勝つ道理はないのである。にも拘らず奴は妨害をした…………だから、負ける。
この時点でリードを握れば、実質勝ったようなものだ。アイツが勝つには即興で妨害行為をするしかないが、この時点で出来る妨害があるとすればそれは禁止されている直接的妨害をおいて他にはない。俺はコーンを曲がり、そして―――
「俺の、勝ちだあああああああああああ!」
無事に玉を運び終わり、ゲームセット。俺のレーンと壮一のレーンでワンツーフィニッシュを決めてやった。買収されたもののまるで役に立たなかった男が彼に睨まれていたが、俺の知った事じゃない。エロ本如きで買収される奴が悪いのだ。しかし仮にも同じレーンの仲間。助けてやるのも吝かではない。
背後に回って俺が特大のドヤ顔をかましてやると、忽ち壮一の顔が歪んだ。買収された男子は自分が睨まれたと思ったらしい、腰を抜かしていた。
「狩也君」
壮一の表情の変化から、俺に声をかけてきた人物は直ぐに分かった。焦らずに振り返る。
「碧花」
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