親愛なる彼に

 ああ、もう。いらいらする!



 三年生だからって偉そうに、何だあの三年生は! 不愉快すぎるというか、不愉快すぎるというか、不愉快すぎるというか。


 言語能力の低下など些細な問題だ、今の私は本当に怒っている。彼の味方をする一年生も、自分の拳を止めた三年生も気に食わない。何が最悪って、あの三年生に仕返しをしようにも、狐面を被っていたので顔が分からない。辛うじてその双眸は見えていたが、双眸の違いだけで人物を見極められる程、私は人探しを得意としていない。あの三年生への仕返しだけは、甚だ不本意だが断念せざるを得なかった。


「それじゃ皆、そろそろ終わりにしましょうか。まだまだ準備期間はあるし、無理をしても仕方ないわ」


 そう。準備期間はまだまだある。一週間以上もあるのだ。早く終わらせればそれだけ細かい調整に時間を掛けられるが、急いで仕上げる必要はない―――というのは建前。私は文化祭準備においてクラス委員として全体を統率する傍ら、とある計画を遂行していた。簡易交流アプリによる連絡では、ターゲットがこちらの仕込みに引っかかってくれたらしいので、私は早々に移動してその顔を拝んでやらなければならない。


「私は用事があるから先に帰るわ。皆、また明日ね!」


 狩也は結局、最後まで姿を見せる事は無かった。当然だけれどね、あんな事があって私の前に顔を出せたら、正直驚いたと思う。でも見せなかったし、やはり彼はどうしようもない臆病ものだ。私は自分の机から鞄を取ると、足早に昇降口の方へ向かった。



 狙いは水鏡碧花只一人。メッセージを確認すると、ターゲットは予想通り指定した場所へ向かっているそうだ。



 ドンッ!


「あ、ごめんなさいッ!」


 校内では飽くまで優等生。前方不注意によりぶつかったのは事実だ。誰とも知れぬ男子生徒に謝りつつ、私は急いで自分の下駄箱へ赴き、靴を履く。自分にこんな事をさせたのは碧花だ。全部アイツが悪い。


 アイツが、かつて学年で一番と呼ばれた私を馬鹿にするからそうなる。せっかく仲良くしてやろうと思ったのに、私の顔色を窺わないアイツが悪いのだ。


 校舎から幾らか離れた後、私は直ぐに電話を掛けた。


「もしもし、アンタ達?」


「あいよ。ターゲットは現在廃校舎へと向かってまーす! しっかし菜雲よお、本当にあの女、俺らの好きにしていいのか?」


「ええ。好きにしていいわよ。何だったら孕ませるくらいの勢いでやっちゃってもいいから」


 たとえアイツがどれだけ強がっても、所詮は女だ。男共を使ってマワしてやれば、直ぐに大人しくなる。事後の画像を撮影して脅迫すれば、私の言いなりにもなるだろう。



 アイツが歯噛みしながら私に跪く光景を想像したら、興奮してしまって堪らない。男共も言いなりの女―――それも極上の女を手に入れられるから裏切る道理は無いし、成功すれば正に私の一人勝ち。そう思うだけで、足取りは軽くなるというものだ。



 以前は数人程度だったから返り討ちにあったが、今回の規模は数十人レベル。一個人に対応出来る数ではない。勝算しか無かった。作戦が失敗しても、数十人もの男子に襲われたというトラウマはアイツに一生残る。男性不信になれば当然アイツは狩也をも嫌うから、アイツにもダメージを与えられる。


 考えられる限り最高の作戦だった。失敗する事など万が一、億が一にもあり得ない。アイツをおびき出す為に敢えてラブレターの形を取っているので、予め警察に通報してあるという事も無いだろう。所詮はアイツも一般人。理不尽且つ、違法的な暴力には、警察という秩序を使う事でしか対抗できないのだから。


「いやあ菜雲は太っ腹だなあ? あんな女をくれるなんてよ。あ、今廃校舎に入った所だぜ?」


「もうすぐ着くから、まだ行かないでよ?」


 この地域は決して活気があるとは言い難く、所謂廃墟というものは、少し探せば幾らでも見つかる。今回、アイツをおびき寄せた場所もその内の一つだった。私達の居る学校からあの場所は決して遠くは無いが、あの廃校舎に入る為には少々入り組んだ道を通過しなければならないので、まず人は来ない。女子生徒一人を乱暴するには十分な場所だ。


「水鏡碧花……! 私はあんたを、絶対に許さないんだから!」


 あんな女がどうして好かれているのか、私には微塵も理解出来ないしするつもりもない。たとえ学校が移り変わっても、私は一番の美人なのだ。 

















 私が目的地に着いた時、既に碧花は私の呼んだ男達に出入り口を封鎖されていた。学校からここまでノンストップで走っていたせいで私は息が上がっていたが、彼女の澄まし顔を見た瞬間、今までの疲労が一気に吹き飛び、代わりに私の中から込み上がってきたのは、純粋な憎悪だった。




「水鏡碧花ッ!」




 悪意のままにそう叫ぶ。己が仇敵と定めんばかりに、その名を告げる。


「……悪いが、同性からの告白は受け付けていないんだよ」


「はッ! 本当にそんな内容で呼び出されたと思ってんの? アンタはこれから、この男達に犯されるのよ! 無様に! 醜く! 女としての欲に溺れて! 快楽に狂って!」


 私の呼んだ男達はどれも性欲の塊に足が生えたみたいな男達ばかりだ。碧花を見て早速興奮している。中には既にズボンを脱ごうとしている者まで居た。それでもアイツは事態が呑み込めていないのか、あまりにも自分の置かれている状況が非現実的すぎて、呆然としているのか、沈黙を保っていた。


 どんな女性も、戦地でもない限りは自分がレイプされるかもしれないという考えを持つ事はない。私だってそうなのだから、アイツもその筈だ。しかしこれがどうしようもない現実という事実を許容出来た時、アイツの顔は恐怖に歪むだろう。


 精神に一層負担を掛けるべく、私は声をかけ続ける。


「助けを呼ぼうとしても無駄よ! この距離なら電話なんて掛けさせる前にアンタを捕まえられる! 逃げようと思ったって入り口は私達が塞いでる! 諦めなさいッ」


 ようやく事態を察した碧花が、目を瞑った。


「…………成程。男が書いたにしては綺麗な字だとは思ったけど、君なら納得がいくよ。しかし、私一人に対して複数人とは卑怯だね」


「何とでも言いなさい! アンタは私を愚弄した! それだけでアンタは、生涯この男達の奴隷になる運命なのよ! どう、許して欲しい? 今すぐその場で服を脱いで裸で土下座してあげたら、許してあげるけど?」


 無論、許すつもりなど毛頭ない。それをした瞬間、私は男達に合図を出してアイツを襲わせるつもりだった。


「何でそんな事をしなきゃいけないんだ、私が」


「許してほしくないの? 脱ぎなさい!」


「嫌だよ」


「脱ぎなさい!」


「断る」


「脱げ!」


 私はたまたま足元に転がっていた丁度良い大きさの石を投げつける。これでも投球は得意なのだ。私の投げた石は寸分の狂いもなくアイツに―――





「命令するな」





―――受け止められた。なんて事の無いボールだとばかりに。キャッチボールをしているみたいに、呆気なく。


「……君達、馬鹿だよね。私を犯したかったら銃でも持ってこないと駄目だよ。それに携帯がどうこう言ってたけど、大声を出せば誰か気付くよ?」


「こんな所で大声を出しても、オカルト部の馬鹿辺りが馬鹿らしく馬鹿みたいに馬鹿やってるとしか思われないに決まってるでしょ! 何、強がってるつもり?」


「そう思いたいなら、そう思えばいいんじゃないかな。どう考えたってこれは強がりというより―――」


 突然。アイツは制服のリボンを外して、首を鳴らした。


「―――まあ、いいよ。丁度私もそんな気分だったんだ。幾ら人が来ないからって、こうも明るい時に動くのは気が引けたんだけど……相手してやるよ」


 そう言ってアイツは校舎に入っていった。てっきり立ち向かってくるのかと思ったので、私達は見事に虚を突かれる形で数秒。彼女に大きく距離を離されてしまう。


「……って、何してんの! 早く追うわよ!」


 男達を連れて私達は廃校舎の中へと駆け込んだ。一応、入り口には数人残しておく。勿論、アイツを捕まえたら彼等も参加させるつもりだ。


 校舎の中は、流石は廃墟というだけはあってか、廊下の腐食や階段手すりの錆などがとても目立った。窓ガラスは特別見ている訳でもないのに割れている事が分かるし、教室の大半は扉が外れていた。廃墟には付き物である蜘蛛の巣には、今更触れる事もない。


「あーもう、埃っぽいわね……」


 早速男達の何人かが廊下を踏み抜いて、足止めを喰らっていた。アイツは容易く校舎の中に入っていったと思うのだが、この足場の不安定さでそれが出来たとはとても思えない。主にあの胸の関係で、体重が軽いとも思えない。


「アンタ達、何してんの! アイツは必ず校舎の中に居るから手分けするわよ! 分かったッ?」


 まさかこんな所でクラス委員としての統率能力が役立つとは。世の中何処で何が使えるか分かったものではないなと、勝手に首肯。


 床の抜け無さそうな場所を通って階段に飛びつくと、私は一足先に二階へ上った。一階は男達に任せれば探しきれるだろうから、男達に追い立てられる形で二階に逃げたのを私が確保する。そういう作戦だった。


「アンタと私じゃ、格が違うのよ……何が孤高よ、格好つけちゃって。そうやって一匹狼気取ってるから、アンタは恨みを買うのよ!」


 一見すると只の独り言だが、これは言葉による威圧でアイツの精神を削り取る狙いがあった。こうして私が喋り続ける事で、アイツはいつ見つかるとも分からない緊張感の中で精神を削られる事になる。発見する頃には、きっと失禁している事だろう。


 だから、敢えて足音も大きく立てる。下の方では男達も過剰なくらい騒いでくれているし、いつかはアイツもたまらなくなって出てくる。その時の為に、私は以前購入しておいたスタンガンを構えて、一度スイッチを入れた。


「今なら気絶させてあげるわよ。出てきなさい」


 得物を構えながら廃校舎を歩く私を、きっとアイツは怪物か何かと見間違えているだろう。それくらい、私も悪い顔をしている自覚があった。  


















 いやあいいオンナをくれたよなあ。


 菜雲が二階に行っちまったし、行くべき所もないので俺達は一階を歩き回る事にした。教室に隠れていても窓から覗けば一発で分かる。何処に隠れていてもこれだけの人数が居るのだから見つかるだろう。


 一階に居ればの話だが、大丈夫だ。俺達もアイツの作戦は理解してる。俺達があのオンナを追い立てて、そこをアイツが捕らえるのだ。


「…………ん?」


 目の前には、いつの間にか狐面を被った人間が立っていた。ゆとりのある真っ黒い外套を着ているせいで男か女かも分からない。手には刀と思わしき柄が握られていた。



 ……刀?



「ぎゃはははははははは!」


 思わず俺は笑ってしまった。それに連続する様に他の奴等も爆笑する。この時代に刀を振り回す存在がガキ以外に居るとは思わなかった。足場は不安定だが、玩具の刀如きにビビる俺ではない。本物の格というモノを見せつけてやる。


 俺はナイフを取り出すと、無警戒にその人間に近づいた。


「なあなあぼく~? そのおもちゃを持って、何がしたいのかなー?」


 鞘から刀身が引き抜かれる。その輝きを見て、俺は偽物だと確信した。


「いいかいぼく~? 刃物っていうのはあ―――こういうモノを言うんだよ!」


 俺がナイフを突き出そうとした、刹那。




 俺の腕が、宙高く切り飛ばされた。




「………………は?」











 本……物?

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