CASEơ̟̤̖̗͖͇̍͋̀͆̓́͞͡

テスト

「一週間後、テストがあります。えー今回のテストは特に難しいので、えーお前等、頑張れよ?」















 非日常の中に足を踏み入れつつあった俺が、どうして日常の中に居られるのか。それは碧花のお陰でもあるし、天奈のお陰でもあるが……そう言えば、もう一つあった。

 テストだ。テストである。テストしかない。

 学生にとってテストがどういうものか、お分かりだろうか。現役で無いならこの苦しみは分からないだろう。何故なら思い出補正というものはあらゆるものを美化し、醜悪さを取り除いてしまう。『ああ、そう言えばあの時は赤点だったなあ』等と悠長に語る暇が、未来に遭ったとしても今は無い。

 どうして俺がここまで慌てているのかと言うと、まあまあ。既に今までの生活を見てきたらお分かりになるのではないだろうか…………もう分かった? なら答え合わせと行こう。

「勉強してねえ…………」

 よく考えてみれば、遊んでばかりである。文化祭は中止になり、それの埋め合わせでパーティをして。いつ俺が勉強をした。いつ俺がテスト対策をした。

 確かに、情状酌量の余地はない事もない。菜雲が死んで、香撫と那須川が死んで、俺の精神が病むかどうかはともかく、忙しかった。テスト勉強をする時間が無かったのは事実だ。


 事実だが、それは甘えではないか?


 言うなれば、これは『部活があったから勉強出来なかった』のと同じである。部活があったから忙しいのは事実だし、程度の差はどうあれ、こうして俺は学校に来ている。いつかの由利と違って、心を壊している訳ではない。ならばやはり俺は甘えていた。『首狩り族』という不運に頼っていたのだ。

 担任の言葉が終わると程なく帰りのHRが終了し、各々の時間が訪れる。早速俺は頭を抱えた。


―――うわあ、もう終わったんだけど。


 碧花に教えてもらうのは流石に申し訳ない。妹を預かってもらっておきながら、更に勉強まで教えを乞うと、いよいよ俺は彼女に頭が上がらなくなる。割と最初の方から頭が上がらなくなっているのは内緒だ。

 かといって自分で勉強をするというのも、気が進まない。勉強が嫌いだから、とかではなく、俺はとにかく要領が悪いのだ。要領の悪い奴が勉強しても、それは無駄に骨を折るという。俺は結果論だけで全てを語る様な男ではないが、テストにおいて結果こそが全てだ。過程で認められる様な世界なら俺はもっと得をしている。

「ああああ…………」

 溜息を吐く。誰かが閉め忘れた窓から隙間風が差し込んでいる。或いはその音かもしれない。教室には既に誰も居なかった。今日は珍しく、碧花も来てくれない。

―――どうすりゃいいんだよ。

 碧花以外の誰かに勉強を教えてもらうか? いや、俺はオカルト部の連中を除けば嫌われているので、まず近づこうとする事が間違いだ。誰か酔狂な人物が俺を助けてくれればそれに越した事は無いが、世界はそこまで都合が良くない。


 碧花への疑いよりも、部長への怒りよりも、まず俺は、テスト勉強をしなければならない様だ。久しぶりの学生らしい時間に、俺は訳もなくホッとしていた。














 生まれた時から今に至るまで。その歴史を何年何十年と調査を重ねてきた。その苦行たるや、人一人の人生を調べ上げる様なものだ。それも当人よりも遥かに詳細に、柔軟に。あらゆる観点から、そして前後数十年の脈絡から。

 後少し。後少し。

 時間が足りない。後少しだけ。これだけは、こればかりは己で完成させなければならないのだ。出会う前から幾度となく現地調査を重ね、背景を調べて、状況を調べた。これ以上ないくらい、全力で。

 一切関わらずに調べる事がどれだけの苦痛か、分かる人間はいないだろう。傍観者の立場から調べ続けるなんて気の狂った所業としか思えない。だが、こうでもしないとこちらに被害が及ぶ。彼女に目を付けられれば、こちらも只では済まない。

 幸運、人脈、知識。全てを活用する。今まで俺達が築き上げた全てを使ってでも、解明しなければならない。

 何故変わったのか。

 何が原因なのか。

「違う…………違う…………違う」

 全ての答えを結びつけるには…………何が足りない。どうすれば、目的を全う出来る。

「お前は何に気付いたんだ…………」

 全ての事件の始まり、いや、この街で起きる全ての異変の元凶。


 それは…………一体。


 丁度その時、学校のチャイムが鳴った。これ以降は放課後と呼ばれる時間に入る。今から隠しとかないと、間に合わなそうだ。情報はどんな隙間からでも出入りする。たとえ一部でも資料が渡れば、彼女は必ず俺に辿り着く。

 彼女にも守るべき者が居る様に、こちらもやらねばならぬ使命がある。何を犠牲にしようとも、この部活が掲げる信念は『究明』。


 ………………動けば、分かる事か? 


 今日より一週間はテスト期間に入る。彼女も思ったような動きは取れないだろう。学生と呼ばれる身分に縛られている事が、彼女の唯一の弱点だ。

「済まない、狩也君。もしかすると君を―――」














 どうしてもっと同年代の友達を作っておかなかったのか。俺は過去の俺をぶん殴りたい。碧花だけしか友達が居なかった現状に甘えた俺を蹴っ飛ばしたい。非日常面においてオカルト部程頼りになるグループも中々無いが、あれは勉強面では全く役に立たないと思っている。

 やはり碧花に頼るしかないのか。

 俺とまともに話してくれる人物が、彼女しか思い浮かばない。だが彼女に頼るとなると俺は以下略。

 考えていても仕方ないので、俺はネットで『友達の作り方』について調べてみる。が、どれもこれも俺には無理そうだった。今更感が強い、と言えば分かるだろうか。

 因みに現在取れる選択肢は三つだ。



 碧花に頼る。

 家庭教師を雇う。

 頑張って自分で勉強する。



 カンニングは論外。

 驚くべき事に、これに対応する問題も三つある。


 頭が上がらなくなりそう。

 お金が無い。

 要領が悪い。


 一番被害が少なくなりそうなのはやはり彼女に頼る事だが、どうにも気が進まない。これ以上彼女に頼ってしまうと、俺は彼女から離れられなくなってしまいそうなのだ。それに頭が……頭が古臭い自覚はあるが、それでも俺は、己の主導権は握っていたい。彼女とは対等な立場でありたい。合理的に考えれば迷いなく最初の選択肢を選ぶだろうが、俺にとってその選択肢は何よりもあり得なかった。

 とはいえ、家庭教師は現実的に不可能。そうなると気は進まないが(どれも気は進まない)、自分で勉強するしかないのだろうか。俺の家には碧花が三年分の参考書を勝手に置いていったから、資料には困らなさそうだ。









「やるか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る