オレに足りないモノ、それは―――
俺に足りないものがあるとすれば、それは頭脳である、家に帰るなり、俺は早速勉強を開始してみたが、開始数分で意識不明の重体となり、今に至る。あれ、勉強ってこんな難しかったっけ。勉強が得意でないのは元々だが、だとしてもここまで難しく感じた事なんて今までなかった。もしかすると俺は高校に入るまでの間にドッペルゲンガーとすり替わったのかもしれない。だから今までの経験が無くて、勉強を難しく感じている。そうに違いないと思いたいものだ。だってそうとでも思わないと、俺はいよいよ真性の阿呆という事になる。
勉強が出来ないからテストが出来ない。当たり前の話だ。落ちこぼれが落ちこぼれのままなのは、そうした現実を突きつけられた時に誰も傍に居ないからだ。つまり……俺で言う所の碧花。
そういう人間が傍に居ないと、ともすれば人は現状を放置しがちだ。落ちこぼれは心の中で自虐をするか開き直るかするだろう。それをそのまま次回まで持ち越せば、当然次回も点数が変わる道理はない。しかし前回放置しておいた癖に今回は放置しないなんて都合の良い話は無く、結局今回も放置する。これが所謂、『明日から本気出す』という事だ。今、俺は正にそんな事を考えている。
有り体に言えば、死ぬ程後回しにしたい。
自分一人で勉強なんぞ柄でもない事をやるからこうなるのだと、内なる俺がそう呟いた。その通りだ。基本的に一人とはいえ、点数が欲しい時、俺は碧花に勉強を見てもらっている。しかもそれは、只見てもらっている訳ではない。
彼女はああ見えて非常にマッサージが上手く、俺が疲れた際などには快くマッサージを引き受けてくれる。いつもであれば前述の通り、彼女にマッサージを頼んでいる所だ。大して勉強してないだろと言われればそれまでだが、俺的には疲れるぐらい頑張った方なのである。褒めろ。
天奈も居ない。碧花も居ない。萌も由利も部長も居ない。そんな時間が、今までに一度だってあっただろうか。いや、無い。少なくとも家には天奈が居て、それ以外の場所には碧花が居た。こんな静かな時間を過ごしたのは、初めてだ。
―――退屈だな。
勉強が詰まらないからそんな事を思ってしまうのだろうか、それとも俺は、この二年間―――特にこの一年の間に起きた非日常の世界に魅力を感じてしまったのだろうか。人が死んでいるというのに、俺は何処かで待ち望んでいるというのか。
平和な世界とはかけ離れた、そんな世界を。
厨二病が抜けきっていないのだろうか。いいや、そんな筈はあるまい。厨二病の頃の俺は眼帯に包帯にカラコン……は怖くて出来なかった…………と色々やった。やり過ぎてカッコイイキャラというよりも、重傷の患者みたいだった記憶がある。というか碧花にそう言われた。
『君……そういう格好がしたいなら、取り敢えず事故にでも遭ってみる? カッコイイというよりかは、痛々しいよそれ。普通に』
なので、厨二病が抜けていないとか、そういう事ではないだろう。
余談だが、何でもかんでも厨二病と括り付けるのだって問題があると思った事は無いだろうか。特に問題なのは、アニメキャラなんかに対して『厨二病云々』言い張る奴だ。
発言が痛々しいという理由ならまだ分かる。作品においてそういう設定ならば全然分かる。
だが、例えばそれが異能力を持っていて、それを理由にそんな事を言っているのだとすれば、それは馬鹿の露呈である。アニメがフィクションであれそうでなかれ、その作品こそが作品世界において『現実』なのだから、厨二病も糞もあるまい。
俺はそういう野暮な奴が大嫌いだ。俺自身、ディープなオタクであるつもりはないし、周りも認めないだろうが、アニメや漫画を楽しむという行為は、言い換えればその世界に没入するという事だ。しかし何でもかんでも厨二病と言いたい輩は、そんな俺の首根っこを引っ張ってくるのである。
自分が嫌いな人物に、どうして自分がなりたいと思える。余談のつもりだったのに、いつの間にか本筋に影響していた。己の思考をこっちの路線で考えるのはやめる事にする。
まあ。そういう話を抜きにしても、やはり俺は待ち望んでいると言えるかもしれない。
喧騒か静寂か。
どちらの中に居たいかと言われれば、俺は喧騒である。これは遠回しな『俺は真の陰キャとは違うんだぜ』というアピールではない。面白いに決まっているからだ。
少し分かり辛いので言い換えよう。友人との誕生日パーティと、一人でする誕生日会。どちらが良い? この場合、俺の求める刺激とやらは友人とのパーティである。だってその方が楽しいだろう。理由はそれだけ、たったそれだけだが、退屈を感じるには十分すぎる動機である。
たった今俺が感じているこの退屈は、世界の誰かが何よりも欲した平和なのかもしれない。だから退屈と感じたとしてもそれを煩わしく思うのは…………なんて考えられる程、俺は聖人じゃない。退屈なものは退屈なのだ。退屈から解放して欲しいと思うのは、俺にとっては当然の事なのだ。
―――周りに頼らないって、決めたのになあ。
俺も意思が緩い男だ。もう頼りたがっている。自分でやると決めたなら、最後まで通してみるのが男というものだろうに。でも仕方ない。勉強がちっとも面白くないんだから。
「なーんかいい勉強方法ないかな~」
独りごちったのは、癖でも何でもない。突然俺の周りがテレビショッピング空間と化して、誰かが楽しくて仕方ない勉強法を紹介してくれないかと僅かにでも期待したのだ。
結果?
そんなの、俺の周りに誰も居ない事から明らかだろう。商品も無ければ実演も無いし、肝心の電話番号すら書かれていない。実際にそういう異能力を持っていたらさぞ退屈しなかっただろうに、どうやら俺は選ばれし人間では無い様だ。
―――分かり切ってたけどな。
『首狩り族』であっても、俺は選ばれし主人公様ではない。主人公補正とは全く無縁な人物だ。でなければ、どうして俺はこんなに酷い目に遭っている。ハーレムぐらい作れたって良いではないか。テストくらい出来たっていいではないか。運動くらい出来たっていいではないか。
そもそも本当に主人公ならここで空から女の子が落ちてくるくらいの奇跡が起きる訳で。こんな暇潰しにもならない空想に耽っている暇なんて無い筈なのだ。全く、酷い話である。
一回くらい、漫画の主人公になってみたいと思うのは、少年誰しも一度は思うというのに。世界は無常かな、何も起きてくれない。引き出しから俺の未来を変える為に何かが来てくれても良いのに。
終いには思考を巡らせる事もつまらなくなって、俺は再び勉強に集中する事にした。と言っても、感覚としては少しずつ脳を溶かしていく感覚である。勉強が終わる頃には、すっかり液体化しているという訳だ。
やはり碧花に頼らないのは間違いだったのだろうか。
彼女が居るなら、俺は彼女に良い所を見せようと無理をしてでも頑張る(でもマッサージは受ける)ちょろい男なので、彼女が居れば少なくともこの参考書に書かれている事は全部覚えたかもしれない。
あー失敗した。でも修正する気が起きない。全然やる気が出ない。頭が痛い。俺は机に突っ伏して、数分と経たずに眠り込んでしまった。
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