恋を知って人となる
「うむ、あれは最も神に近い人間だった」
「神に近い……だった……?」
「君も知っているだろうが、水鏡家の当主は生来より持ち合わせた適応力によって決まる。ここにおける適応力とは環境に対する適応力ではなく」
「死への適応力……ですよね」
「その通り。水鏡は古くから悪霊や怪異と接してきた。怪異や悪霊の超常的な力にどれだけ耐えられるか、念を込めた札がどれだけ強力か、など。私が説明するまでもなく知っているだろうが、それによって当主は決まる」
そう。それによって私は次期当主に選ばれた、水鏡緋花の代わりとして。
その人のことは知らないけど、私よりも先に当主に選ばれた女性だ。私よりも適応力はあったはず。それがどうして破棄されて私に回ってきたのか。
お父さんもお母さんも、誰も教えてくれない。
「そういう意味で水鏡碧花は完璧だった。超常的な力の一切を受け付けず、どれだけ力を吸われる儀式をしようとも平然としていた。無論、他の者にも同じ事は出来る。しかし他の者が同じ事をするには、神仏に縁のある物を持つか、或いは自らに強力な悪霊を封じ込めなければならない」
「あの人には、それが必要なかったと?」
「ああ。正しく水鏡家が望んだ最高の逸材だ。だが……やりすぎた。碧花さえ居ればどんな怪異も恐ろしくないと、君の家の人達はあの者がまだ年端も行かぬ少女である事も忘れ、あらゆる責任を押し付けた。怪異も悪意を持ち、家族も悪意を持っていた、そんな状況だ。本人によれば、段々全てがモノクロに見えてきたらしいぞ」
この話のおかしな所は二つ。それだけの逸材を私が知らない筈がないのと、私以上に縛られていた女性が、どうしてあれだけの自由を得たのかという事だ。
羨ましいなんてものじゃない。私だって自由になりたかった。
「それで、どうしたんですか?」
「死のうとしたらしい。が、ただ死ぬのでは勿体無いと、とある強大な怪異に己の内に眠る力を譲る条件で契約したらしいな」
「……そ、それって騙されてますよ! その怪異の事は知りませんけど、きっと碧花さんの身体を乗っ取りたかったに決まってます!」
「そう思うかもしれないが、違った。それは厳密には交換条件だった。いや、どちらかと言えばあの者に有利な条件だった」
「どういう事ですか?」
「あの者は悪意しか持ち込まない己の力を憎んでいた。手放したいと思っていた。君には……クフフ。分からないかもしれないがな。こうしてアイツは普通の人間となった訳だが、話は終わりじゃない」
一呼吸置いて、王は話を続ける。まるでここからが重要だと言わんばかりに、笑みを深めて。
「あの者と首藤狩也を結びつけたのはひとりかくれんぼだったが、そこで奴はとんでもない力を発現させてしまった」
「とんでもない……でも、そういうのは手放した筈じゃ」
「手放したとも……ではその力は何処から来たか。決まっている、あの者と契約した怪異だ。怪異は引き換えとして、あの者に別の力を貸し与えた……結果から言えばそれは貸し与えられたままだ。力を借りるだけ借りて、最終的には強奪しているのがあの者らしい」
「力、力ってもったいぶりすぎですよ! いい加減教えてください!」
「あの者は唯一、怪異を普通に殺す事ができる」
それは。
あまりにも唐突で。
あまりにもリアリティが無くて。
信じられる筈のない言葉だった。
「そ、そんなのって…………」
「信じられないか。だがあらゆる超常現象の影響を受けない力と引き換えに得たと考えればそうでもないぞ。超常現象の影響は受けるし、怪異と遭遇して何もしなければ殺される。普通の人間と何も変わりない。ただ、特別な手段を介さずともそういう存在に干渉出来るだけだ」
「それがおかしいんですよ! 苦手なものや弱点があるならそれを使って、そういうのが無いなら無理やり封印して。水鏡家のやり方、いいえ、対怪異のやり方に反してる……そんなやり方、認められる訳ない!」
「認められなくてもいいんだよ」
「あの者はそんな事に興味はない。好きな人を守りたいだけだからな」
「狩也さん……ですか?」
「君はあの狩也という青年の事も知らないからな。どうしてそこまで肩入れするか分からないだろう。しかし、確かに言える事として、水鏡碧花は恋をした事で人になった。恋という形で全ての感情を思い出した。それ故にアイツは首藤狩也の幸せを願い、彼の幸せを阻む者を、そして己の恋路を邪魔するものを許さない。アイツにとっては首藤狩也への想いこそ、己自身を形作る全てという訳だ」
それが水鏡碧花という女性の正体だ、と締めて王は口を閉ざした。何も言って来ないが、ここからは質問タイムという事だろうか。
「……それを知って、私はどうやって帰ればいいんでしょうか」
「この情報をどうするも君の自由だ。恐らくこの話をすれば、首藤狩也は色々と察する事が出来るだろう。もしもそうなれば、二人の関係は崩壊する。それをネタにあの者を強請ってみるのも一興。まあそれが出来るのなら……だけども。何せ血の繋がった家族すら容赦なく殺せる様な奴だ。暴走させてしまえば何をするか分からないぞ」
「…………え?」
そんな事件、寡聞にして聞いた事がない。しかし私をここまで移動させておいて、嘘を吐いているとも考えにくい。一先ずその話は忘れて、私は質問を続ける。
「じゃ、じゃあ王さんはどうして碧花さんの……姿を象ってて、目を貸してるんですか? その事……言い忘れてますよ」
「む。そうだったな。安心しろ。手短に済む話だ。あの者の姿を象っているのは予期せぬ侵入者を欺く為で、目を貸している……一方的に強奪されたのは、首藤狩也を見つける為だ」
「―――どういう事ですか?」
「首藤狩也はどうやらここの食物を食べてしまったらしいな。それもかなりの時間が経っているから、普通の目では全く見えない。私が先程言った様に、あの者には特別な力などもう無いからな。私の目でも奪わぬ限りは、死んでも見つけ出せないと踏んだのだろう」
「さ、さっきから奪われたとか言ってますけど、取り返す気は無いんですか? お、王さんの目なんでしょうッ?」
目がそう簡単に入れ替わるのも問題だが、それ以上に問題なのは奪われたと言っておきながら、今の所それを取り返す気が全くない事だ。何でもない紙屑ならばともかく、目玉は身体の一部だ。義眼だとしても、やはり一部なら取り返そうと躍起になるのが道理である。
「取り返す気はない。私は対価を既に受け取っている。いや、この国の住人が、と言うべきか。あれだけの事をしてもらったのなら、こちらとしても、目の一つや二つ奪われた所で、気にするつもりは全くない」
「は、はあ? 対価って―――ぞ、臓器とかですか?」
「クフフフ。生物じゃあるまいし、そんなものは必要ないさ。もっと根本的な……君達人間が普段目にしていなければいけないもの。生きる上で必ず見なきゃいけないものを、あの者は譲ってくれた」
もったいぶった言い回しに私は苛ついて仕方なかった。つまり何を言いたいのかさっぱり分からない。結論を言ってくれない会話は苦手だ。私が神乃くらいしか友達が居ないのは、家の事情を抜きにすれば、そういう性格のせいだと思う。
「―――さて。私から語れる事は全て語ったと思っている。他には何かあるか?」
「……ここからの脱出方法を教えてください!」
「それはあの者に聞いてみろ。私から正体を聞いた後なら、ちゃんと『素』で会話してくれるだろう」
「王さんは教えてくれないんですか?」
まほろばの王は指を鳴らす構えを取って、腕を持ち上げた。
「もう十分、生きる気力は沸いただろう。勘違いしないでもらいたいが、私は君達の味方ではない。ここで君達が生き残ろうが死のうが、知った事ではないんだ。クフフフ、さあ頑張って生き延びてくれ。私と話し過ぎたせいで、手遅れになっているだろうがな」
パチンッ!
再び指が鳴らされた瞬間、唯一の照明であった蝋燭が消えて―――
私は、まほろば駅に移動していた。
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