私をあげる
じかんが、ない。
王はどこだ。
あいつ、こんなときにすがたをかくしやがっ…………まて。
………………治った。
遅かれ早かれ由利は死ぬから、今の内に見つけておきたいのに。何故隠れた。どうして隠れやがった。決まってる。何を狙ってるかは知らないが、私からも隠れたという事は、何か碌でもない計画を企てている証拠だ。私に言えない時点で……その計画には私が関わってくる。
「アイツ……」
私の敵でも味方でもない事は知っているが、あまり余計な事をしないでもらいたい。最悪なのは気まぐれに由利を助けられたらどうするかだ。アイツにすれば狩也君が住人化しようが人間に戻ろうが関係ない。助ける可能性が全くないとは言えない。
愉快な事が好きなアイツは、突飛な発想や常識破りな発言を非常に好む。私とアイツが取引をしているのも、そもそも私の発言や態度が気に入られたからだ。奴の基準で言う『愉快』は非常に曖昧だが、御影由利という女はあのクオン部長が認めたオカルト部のメンバー。『愉快』の基準に合う感性を持っているのは間違いない。
―――狩也君。
どうやら脱出する事を決意してくれたみたいだけど、それだけじゃダメなんだ。君は既にここの住人。取り戻すには王に魂を渡さないといけないんだ。住人じゃない奴の魂を…………でないと君だけはここを出られない。
「―――くっそ」
王の瞳は多大な負担を伴わせる。かつての私ならものともしなかっただろうけど、狩也君との出会いの代償にそんな過去は失った。今の私は変哲のない一般人。この目を開き続ければ出血を起こしてしまう。
早く会いたい。
彼の手を取り、彼の顔を眺め、彼の身体を抱きしめたい。彼を泣いて喜ばせたい。とにかく彼の成分が欠乏している。狩也君に会いたい。会えないだけで気が狂ってしまいそうだ。彼の居ない私の世界は全てがモノクロで、まるで終末世界そのものだ。ああ分かっている。最初にも言ったが時間がない。
以前はオミカドサマのお陰で何の影響も受けなかったが、今回アレは居ない。幸い、まだ露骨な影響は受けていないが、いつ私もここから帰りたくなくなるか分からない。
何気なく視線を横に逸らすと、私は気になるモノを発見した。いや、気になるモノというか……初めて来た時に見つけておきたかったモノというか。
「……成程ね」
私は狐面を手に取って、何気なく顔に掛けてみた。
「―――お前の仮面は、こんな所にあったのか」
得心がいった。さて、解明を期待出来なかった謎が明かされた所で、王を探しに行かないと。心当たりを当たればいつかは必ず遭遇する筈だ。
身代わりの為にも二人は残すとして、後は萌、神乃、美原。一人は不要だから殺すとして、その一人をどうする……考えるまでもないか。
「……私はお前を許さない」
ナイフを袖にしまいこみ、私は再び歩き出したが、その歩みも、僅か数歩で止まった。
「は?」
どんなつもりでそんな恰好してんの?
「せ、雪ッ!」
大鉈なんて知らない。俺は顔を深く覗き込ませて、反響に臆さず大声を上げた。
「おい雪ッ! 生きてるなら返事してくれ! 雪!」
返事がない。只の屍もない。文字通り闇に葬られてしまった。俺の。俺の家族がまた。俺がまた殺してしまった。
「雪! おい雪! 返事しろって―――」
「先輩駄目です! それ以上頭ツッコんだら先輩も落ちちゃいますよ!」
「雪ぅぐ―――!」
更に深く顔を突っ込もうとした所で隣の萌に襟を掴まれ、強制的に安全な場所へ。それでも行こうとする俺の腹に、萌が馬乗りになった。
「先輩ッ! あんな深い所に落ちた人が生きてると思いますかッ?」
「そんな訳ない事くらい知ってるよ! でも―――」
雪は家族だった。妹を失った俺にとっては妹と同じくらい大切な家族だった。袂を別ったつもりだが、それでも殺す気は無かった。
短い期間でも、楼と雪は俺に元気を与えてくれた。その恩に報いるならば、たとえ相手が殺す気でもこちらまで同じ姿勢は取らないのが当然ではなかろうか。
それを俺は、意図せずしてとはいえ殺してしまったのだ。
「アイツは……俺の家族だったんだ……」
「家族……でも先輩。妹ちゃんは」
「死んだんだろ分かってる! 違うんだよ、雪は妹でも姉でもない。そもそも男性から女性かも分からない! でも大好きだったんだ……アイツは俺を、『首狩り族』じゃなくて、首藤狩也として見てくれたんだ。アイツと居ると楽しかった。ずっと一緒にいてほしいと言われた時も満更じゃなかった。そんな奴を……俺は……」
「先輩は悪くないですよッ! だって床下がこんなに深いなんて思わないじゃないですか!」
「初めて来るお前達はそうだろうな。でも俺は二度目だ。最初の頃に気づいておけば良かった。でも初めて来た時はひたすらに……恐ろしくて、碧花に四六時中慰めてもらってた」
「……先輩はやっぱり優しいんですね」
穏やかな声で萌が言う。彼女は涙でずぶ濡れた俺の手に、そっと自分の手を重ねた。
「優しい? ……馬鹿な。俺が優しかったらもっといろんな奴に好かれてる。俺みたいなのはな、優しいんじゃなくて情けないって言うんだ」
「いいえ、優しいんです。私も御影先輩も、先輩の事が大好きです。碧花さんが先輩の事を好きな理由が、ほんのちょっとだけ分かる気がします」
「ほんのちょっと?」
「はい。だって幾ら友達や家族でも、自分が殺されかけたら嫌いになります。でも先輩、好きって言ってたじゃないですか。大鉈で自分を狙ってきてる人を、それでも大切に思ってるじゃないですか」
彼女は小さな体を限界まで広げて、包める所まで俺の体を包んだ。
「先輩。自分を責めないで下さい。他人を攻撃出来ないからって、自分に責任転嫁しないで下さい。大丈夫です。雪さんはきっと恨んでませんし、ひょっとしたらその内蘇るのかも。だから先輩。後は先輩が自分を恨む事をやめれば、それで済むんです。そうすれば誰も傷つきません」
純然たる事実として萌の体は小さい。俺の体よりも一回り以上も小さい。でも、何故だろう。今はとても大きく、暖かく感じた。心がそっと雪解けていくのを感じる。
「逃げていいんですよ先輩。その姿がとてもダサくても、私や御影先輩は絶対に嫌いになったりしませんから」
「…………」
萌の言葉には裏がない。彼女が純真無垢故に、裏を感じたくても感じられない。あの親にしてこの子あり、なんて言葉もあるが、一体あのクズからどうしたらこんな子が生まれてしまうのだろうか。
俺の事を優しいなんて言うが、本当に優しいのは萌の方だ。首狩族の名前が広まって、徐々に俺から人が離れていく。或いは俺の性格の悪さが広まって、また人が離れていく。
そんなどうしようもない俺にさえ、萌は太陽の様な笑顔を向けてくれる。生と死の夕闇を歩く俺に日輪は眩しすぎるかもしれない。それでも俺を照らしてくれるのは、太陽と月だけだ。
「……有難う。もう大丈夫だ」
体感十五分。萌は精一杯俺をぎゅっとしてくれた。雪を殺した罪悪感から流れた涙は、気が付けば止まっていた。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ。少し考えてみたんだが、雪はここの住人だ。住人は死なないらしい。だから、生きてるだろう」
希望的観測ではあるが、前を向かないよりはマシだ。こんな風にでも考えないと、俺は潰れてしまう。
「それじゃあ先輩」
「何だ?」
「私重くて持てないので、代わりにあの鉈で扉をぶっ壊しちゃってください!」
俺は扉の方を一瞥。大鉈に視線を落とし、それから二度見した。
「いや、開いてるじゃねーか」
「あ、あれえ?」
雪を落とす前は全く開いてはいなかった。もしかしてこの扉……いや、まさか。
「行くぞ、萌」
「はい!」
何を考えてるか知らないが、もしもこの予測が当たったのなら。
殴る。
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