嘘つきは**の始まり
俺の立てたのは方針であり、今すぐに行動へ移すという訳ではない。風呂に入った後は適当に風呂に入って、いつの間にか起きていた天奈に夜食を作ってもらって、寝た。流石の俺も限界だった。疲労だ。さして運動もしていない俺には体力が無いのだ。
悪夢を見たらどうしようかとも思ったが、そんな事は無かった。俺の運がどれだけ悪い方向に転がったとしても、流石に夢にまでは干渉してこないらしい。今日は特別不安だったから、何も無くて何よりだった。
翌日の事である。
部長がくれた文言が忘れられなくて眠れなかった……いいや。
良く分からないけど滅茶苦茶疲れていた……いいや。
碧花と性行為する妄想をした………………違わないけど、違う。
普通にぐっすり眠り、昨日の疲れなどまるっきり取れてしまった俺は、一足早く学校へ向かう事にした。朝食は適当にパンで何とかした。
友達を失ったショックというものは、慣れていないのなら一日二日で取れるものではないと俺は思っている。それは俺自身の経験から来る感覚であり、俺も暫くは碧花にずっと慰めてもらうか、彼女の胸の中で半日以上を過ごすかしないと立ち直れない位だった。同じ事をしてやりたい気持ちは山々だが、俺は碧花の様なたわわに実ったけしからん胸を持っていないし、そもそも碧花がそれを可能としていたのは、俺と生活時間が一致していたからだ。一致していない俺がそんな事をすれば学校に遅刻するだけに決まっている。
こういうやり方しか出来なくて申し訳ないが、彼女には一人の時間を過ごしてもらい、それでどうにか、立ち直ってもらう事にしよう。孤独は人を腐らせるかもしれないが、それでも孤独が必要な時だってある。心の整理をする時間は誰にだって必要だ。甘やかすだけでは、なんて碧花に甘やかされてきたような俺が言っても説得力は皆無だが、あれ以降も息をするかの如く友人が死んできた俺とは違い、天奈は流石にあれっきりの筈だ。彼女まで首狩り族になっていたなら、首藤という家系は多分呪われているのだろう。
大丈夫。俺の気持ちは伝わっている。
兄として、アイツの傍にはずっと俺が居る。泣こうが喚こうが、嫌おうが何しようが俺とアイツは血の繋がった兄弟だ。昨日はそれを伝えた。後は彼女がどうやって心を整理するかであり、これ以上の介入は、した所で俺には何も出来ない。
かつて碧花は言っていた。
『極論にはなるけどね、自分の機嫌は自分で取るのが最善だから、君も少しは感情をコントロールできるようになっておいた方がいいよ』
と。だから天奈にはそれをしてもらいたい。碧花と出会うまで理解者の居なかった俺とは違い、彼女には最初から俺が居る。きっと、俺とは違う道を歩んでくれる筈だ。
―――まあ。俺が妹の自力に精神治癒を任せてこうも早く出発した理由は、これだけではない。
単純に言うと、クオン部長に文句を言いに行きたかった。一体どんな神経で何を考えていれば俺に対してあんな封筒が出せるのか、問い詰めるのだ。彼に彼女の何が分かる。彼が俺と彼女の何を知っている。
水鏡碧花の事が好きな俺にとって、確証も無いのに彼女を疑う事は拷問に匹敵する。そんな事、俺はしたくない。あの時からずっと、俺の『友達』として傍に居続けてくれる彼女が、何か悪さをしているだなんて思いたくない。
拳を作る手に力が込められる。今まで部長に対して本気で怒った事は無いが、今はまあまあ腹が立っている。ぶん殴ってやろうかとも思っているし、何ならあのふざけた仮面叩き割って、そのご尊顔を拝見してやる!
良し、一日を生活する気力が湧いてきた。自分の機嫌は自分で取るのが最善、か。案外間違っていないかもしれない。こんな事をしても碧花は喜びもしないし悲しみもしない。これは俺が気に食わないからやろうとしている事であり、そこに他者の感情などは一切入っていない。碧花の発言は後になってその意味を理解出来る場合が多いから、そういう意味でも彼女と居るのはメリットだ。人生経験豊かな大人は、総じてモテる傾向にあるとネットに出ていた。
―――そういや、どうなるんだろうなあ。あれ。
あれ、というのは他でもない、香撫の発言である。確か彼女は、根も葉もない噂を流してどうのこうの言っていた気がする。如何せん、昨日の事なので記憶に若干確証が持てない。……ああ、言っていた。俺と肉体関係を結んでいるとか何とか、言いふらしちゃうらしい。
言い方から分かってくれると思うが、俺に危機感は無かった。元々友達が居ないのが俺だ。数少ない友達はあのパーティに来てくれた人でほぼ全て(つまり事情を知っているという事だ)なので、今更悪い噂が立った所で、どうという事はない。
だからと言って天奈までそうという訳ではないのだが、如何せん家族でも形成するコミュニティが違うと他人事という感じが否めない。勿論、心配はしている。彼女が謝罪すれば済む事なら謝罪を…………いや、駄目だ。こっちから謝罪するのは俺が許さない。謝ればいいってもんじゃないだろう。こういう問題は。大体、悪いのはあっちだし。
一日経って頭の冷えた二人が謝罪してくれればそれで何事もなく収まるのだが、どうだろうか。そうしてくれればこちらも謝れるから、両成敗って事で悪く収まる気がするのに(こっちに何かの非があるとは思えないが、非があるかどうかを決めるのは個人の勝手だろう。この場合は)。
―――頭より先に、身体が冷たくなってなきゃいいけどな…………。
俺の超絶的不運が制御出来ない以上、そしてどんな形であれ俺に接触したからには、あの二人にも災いが襲い掛かる可能性がある。幾らあの二人が外道だからって死ぬ程ではない。二人の無事を頭の片隅で祈りながら、俺は足早に学校へと向かうのだった。
学校に着くのが早すぎた様だ。実は大分前から「ちょっと早く出過ぎたんじゃないかと思っていたが」どうやらその直感は正しかったらしい。だからやめておけとあれ程…………来てしまったモノは仕方ないので、取り敢えず自分の教室に入った。
帰宅部らしいクラスメイト数名が俺の方を一瞥するが、直ぐに興味を失くし(或いは絡まれたくなかったのか)、机の上に開かれた本に視線を落とした。ライトノベルだ。漫画しか読まない奴とオタクを毛嫌いしている奴なら問答無用で嫌悪感を抱くだろうが、俺はどうも思わない。ライトノベルはライトノベルで長所があるだろうし、普通の本は本で長所がある。棲み分けは出来ていると思うのだが、どうして両者は争うのだろうか。ライトノベル以上に問答無用で嫌悪感と恐怖感を抱かれている俺には分からなかった。
現在の時刻は七時半くらい。ウチの教室の時計は電池が切れているので、当てにするだけ損だ。学校が開くのが七時なので、本当に早く来てしまった。普通の時刻で言えば、そろそろ天奈が起きる頃だろうか。彼女の通う中学校は確か…………えー。八時十分から開始だったか?
「早いね、君」
声を掛けてきたのは、昨夜散々俺の頭を悩ませてくれた碧花だった。
「碧花ッ……! 何でここに?」
「何でって……学校に来るのは当然の事だろ? 私も君も学生じゃないか」
「そういう事じゃねえよ! お前、俺より早く来てるだろ?」
「うん」
「じゃあ俺早くねえじゃんッ。え、あれ? いつもお前こんな早かったっけか?」
別のクラスなので確かな事は言えないが、大体彼女は後三十分くらいしたら来る筈だ。つまり八時頃。俺より早くとなると、最早学校が開いた直後から来ていたのではと邪推してしまう。
「いいや、何だか今日は早く登校するべきかなと思ったんだよ。女の勘……みたいなものだ。お蔭で君と話せているから、私の勘は正しかったって事になる」
「え?」
「だって、こんな早い時間に君と話せるんだ。『トモダチ』と話すのは、誰だって好きじゃないか」
碧花の綻んだ口元を見て、俺は思わず彼女に告白してしまう所だった。有り体に言って、クソ可愛い。ちょっと嬉しそうなのも声音から分かるし、他でもない俺も嬉しいから、何だか両想いみたいでテンションが上がる。
クオン部長への怒りを一時的に忘れるくらいには、舞い上がっていた。
「な、なあ碧花? お前昨日用があるっつって帰ったよな? どんな用事だったんだ?」
「ああ、何。気になるんだ? 別に大した用事じゃないよ。君に教える必要もないくらいつまらない話だ」
「…………そう言われると気になるな。もったいぶらずに教えてくれよ」
「んーまあ……いや、残念ながら教えられないな。でも―――」
碧花は後ろから折りたたまれた手紙を出すと(どうやら後ろ手に最初から持っていた様だ)、強引に俺に握り込ませた。
「これに参加してくれたら、見せてあげてもいいよ」
紙には、『クリスマス会へのお誘い』と書かれていた。
「行く!」
時刻は七時三十五分。人気の少ない教室で、俺はガタッと立ち上がって高らかに碧花へ告げた。俺の思い描いたモノは間違っていない筈だ。直前に呟かれた彼女の発言からも分かる。
「絶対行く! 俺絶対行くよッ」
「……フフッ、そう。じゃあ、楽しみに待っててよ」
碧花は頬を染めながら嬉しそうに微笑み、それから俺の肩に手を置いて、ゆっくりと俺を座らせた。一見すると俺が促されて座った様に見えるが、実はかなりの力で抑え付けられて強引に座らされた。女子なのに、碧花は俺よりも力が強いのである。
「流石に座ろうか。幾ら私でも恥ずかしい」
「あ、はい」
欲望に忠実な俺はそれに喜ぶ事に注力し、すっかり先程の怒りなど忘れ、拳を解いて喜ぶのだった。そんな俺を眼前に捉える碧花も確かに嬉しそうではあったのだが、俺の反応が過剰だったからだろう。ちょっと困惑していた―――
丁度その時、携帯に通話が掛かってきた。相手は天奈である。
「……は?」
何でこんな時間帯に掛けてきたのかが分からない。一人にしてしまった事で文句でも言おうと思ったのか。何にしても可愛らしい妹だ。
「碧花。ちょい静かにしてもらえるか」
「元々そんなに喋ってないよ」
周りに迷惑を掛ける度胸は無かったので、俺は極力声を殺しながら、通話に応答した。
『もしもし?』
『お…………お』
『は?』
『お兄………………ちゃん』
『おう天奈。どうかしたか?』
『あ…………あ…………』
それから床に落ちた様な音が入り込み、通話が切れる。
余程暫く経過すると、メッセージアプリの方に写真が送られてきた。やけに回りくどい手法を取ってきたなあと最初は思ったのだが、『写真が送信されました』の通知に移った画像に、俺も嫌な予感を覚えた。碧花もこっちに回り込んできて、スマホの画面を覗き込む。
「何が送られてきたの?」
「………………」
もしかして。通話が切れてからかなりの間が空いたのは、何とかしてこれを送ろうと思ったからなのだろうか。言葉が出なくなって、どうしようもなかったから。
送られてきた画像には、香撫と那須川。二人の死体が映っていた。
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