真実を求むか、背けるか

『一人かくれんぼとは降霊術の一種であり、自分自身を呪うとも呼ばれている術なのは良く分かっていると思う。しかし、それだけが全容とは思えない。私は一人かくれんぼについて独自の調査を重ねる事にした。この手の怪談を調べる時、最初に手をつけるべきはやはり起源だと考えた。一体何処から一人かくれんぼは始まったのか―――』





 あの黒い封筒は早急に破り捨てた。俺に碧花を信じるななんて、それは拷問に近い何かだ。或いは拷問以上の拷問だ。確かに俺は碧花について全然何も知らないが、少なくとも部長よりは知っている自信がある。


 俺は彼女の事を疑わない。それが今まで俺に寄り添ってくれた彼女に対する、俺の解答だ。


 魚心あれば水心、という奴だ。それに俺は彼女の事を異性として認識している。そんな女性を疑う道理が何処にあろうか。信じる為に疑うという言葉もあるが、それはそれでこれはこれだ。ここで疑うのは全く違う話である。


 まあそんな事は置いといて、黒い封筒を挟んでいた本にもちゃんと内容があった。



 タイトルは『一人かくれんぼの詳細な遊び方と、その影響』だ。



 一ページ目の裏側に書いてあったし、これは書籍と言うよりも、手記に近いのかもしれない。時間帯的に電灯はまだ必要なさそうだが、この厚みだと読むのに時間が掛かりそうだから一応用意しておく。日が完全に落ちるまでに読み終われば、幸運と言えるだろう。




『一人かくれんぼは二時間以内に終わらせないと霊が帰ってくれないと一般には言われているが、私は一人かくれんぼの起源を追っている内にある事に気付いた。正確に言うと、一人かくれんぼは霊が帰らなくなるのではない。いや、確かに霊は帰らなくなるが、その後だ。その霊はある種の霊道となり、他の霊まで繫ぎ止めてしまう。あの世とこの世が曖昧になるのだ。


 私はこの目でそれを実際に見た。そしてこの情報を伝えるべく、これを書き残した。もしこのメモが私の元を離れているのなら、きっと私は生きていないのだろう。気が付けば部員も私を抜かせば副部長一人だけになってしまった。彼だけは何としても生かさなくては。彼まで死んでしまえば、オカルト部はお終いだ―――』




「ん?」


 読み進めていく内に、これがオカルト部の手記だという事に気付いてしまった。しかしその割には手帳が馬鹿に古い。それを部長が渡してきたという事は……俺達が入学する前の、つまりクオン部長が二年生か一年生の頃のオカルト部の記録、という事だろうか。


 部長にしてもそうだが、オカルト部に入る際は怪談を追うのに命を懸けなくてはならないのだろうか。途中から文字は書き殴ったかの様に汚くなっているので、如何にこれを書いた人が追い詰められていたかが良く分かる。よく見たら、ページの端っこには血痕の様なものが付いていた。


 ……今更驚きはしない。俺はこれよりも酷い死体を見てきた。


 気になるのは、どうしてこんなものを俺に渡してきたか、という事だ。碧花と一人かくれんぼと……何の関係がある。まだ読み進める必要がありそうだ。




『一人かくれんぼを止める方法はネットに書かれている通りだが、もしも二時間以内に終わらせられなければこの限りではない。二時間以内に終わらせられなかった場合、霊道から溢れた霊は簡単には帰ってくれない。それを帰らせる為には―――』




―――肝心な所のページが破れていた。


 こんな偶然ってあるか。ここは映画の世界では無いんだぞ。破かれた個所をよく見ると、シャーペンか何かで線を付けて囲ってから、意図的に切り取られている事が分かった。何の為に、誰がやったのかは知らないが、迷惑極まりない。二時間以内に終わらなかった一人かくれんぼには心当たりがあるから、是非とも終わらせ方を知りたかった―――






『もう君の行った一人かくれんぼは終わった』






 ふと、碧花の発言がフラッシュバックする。あれは、嘘だったのか? …………待って欲しい。そう判断するのは早計だ。そもそも終わらせ方の書いてある部分が見えない上に、違ったとしても、碧花が嘘を吐いたとは限らない。碧花も、俺と同じくらいの知識しか無かったのなら終わったと考えても不思議はないのである……


 と言いたかったが、こうも考える事は出来ないだろうか。



 一人かくれんぼと首無し死体は別の存在であると。



 俺の記憶が正しければ、確か碧花が調理室でぬいぐるみを解体して、意気揚々と帰ろうとしたら首なし死体の襲撃を受けて、それで……つい先程フラッシュバックした碧花の台詞に繋がっていった筈だ。そうなると、彼女の発言は妙に変というか、何か引っかかるというか。


 一体何が引っかかるのだろう。己の中に生まれた違和感を言語化出来ない時、人は頭を抱えて悩んでしまうものだ。誰か、この暗号にも似た引っ掛かりを解くのに協力してくれる人物はいないだろうか。


 本人に聞くという手も無くはないが…………幾ら何でも昔の事だ。覚えていまい。俺でさえ、今になって思い出したというのに(経験自体は覚えているのだが)。


「あーもう分かんねえよ!」


 一人きりだからこそ、虚無に当たり散らす事が出来る。誰かがこんな光景を見ていたら明らかに精神がおかしいと思われてしまうが、どうか許してもらいたい。きっと、俺は無意識の内に理解する事を拒んでいるのだ。


 それを理解してしまえば、戻れなくなると直感しているのだ。



 ―――碧花、俺は。 



 考えても仕方ない。分からないものは分からないのだ。天奈もまだ起きないみたいだし、勝手に風呂にでも入ってゆっくりしようか。それとも風呂なんぞ無視して、いっその事寝てしまおうか。


 碧花に臭いとか言われると死ぬ自信があるので、それはないか。風呂に入ろう。夜食は天奈が起きてからでも遅くはない筈だ。そうと決まれば俺の行動は早い。早速風呂に向かう為に立ち上がったが、それと同時に俺は一日の間に獲得した疲労がどれだけ重いかを理解した。


 分かり切った話だが、今日は色々あった。下手糞の癖に人を慰める事もやったし、俺にとっては激動の一日だったと言えるだろう。碧花の乳袋や萌のマミーコス、由利の魔女コスを見れた事まで加味すると、良くも悪くもか。あれを揉めたら疲労なんぞ吹っ飛んでいただろうになどと妄想してみる。あり得ない話だ。


 一旦あの手帳に書かれていた事は、忘れるとしよう。頭がこんがらがってどうにかなりそうだ。アニメだったら爆発して黒焦げになっているに違いない。それくらい、俺は頭を悩ませていた。部長側でも碧花側でもない、中立の人間が俺の友達に居てくれればいいのだが、そんな人間が居る筈もない。居たとしても、既に首は狩られている頃だろう。


 ちょっと待て。



 首を狩られている…………中立………… 



 居た。一人だけ、居た。俺の事を色眼鏡で見ず、オカルト部の側でも碧花の側でもない友人が一人だけ居たではないか。彼女に協力を仰いでみようか? また病院を脱走でもしてくれない限り、会えそうもないが(俺が一方的に友人と思っているだけなので、もし彼女の保護者にでも遭遇したら、不審者として扱われるかもしれない)。


 この際、頭の良さはどうでもいい。俺には協力者が必要だ。今度彼女と会う事が出来たら、ダメ元で頼んでみるのもありかもしれない。


 行動の方針を立てた所で、俺は一時的に思考を停止し、脱衣所の中に入っていった。考え続けても堂々巡りになるだけなら、いっそ何も考えない方が効率的に違いない。





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