オレとオマエの底意地

 茂みに入った瞬間から足跡など見えていないから、一度でも何処かで足跡が曲がっていたらその時点で終わりだ。だからって立ち止まってられないから、ひたすらに走っている。碧花の死体を見るくらいなら世界の破滅を迎えた方がマシだ。アイツにまで死なれたら、俺にはもう何も残らない。妹に慰められた所で、きっと傷は癒えない。


 唯一の回復方法は只一つ。それは碧花が殺されるまでに彼女を見つけ出す事である。


 きっと俺にはそれが出来る。根拠なんて『トモダチだから』で十分だ。


 意味が分からない? 根拠になってない?


 それを言うならこの状況だ。どうして碧花がこんな目に遭わなきゃならない。俺の『首狩り』はそこまで悪化していたのか?

 だとするなら、尚の事取り戻さなくてはならない。理不尽に対抗出来るのは理不尽だけ。即ち不運の所有者である俺だけ。

「碧花ッ!」

 夜である事も、森である事も厭わない。碧花さえまともに見つかれば俺の身の危険なんてどうでもいい。いつかのかくれんぼみたいに、俺は走り回った。前回と違う点を挙げるとするなら、既に連れ攫われた可能性があり、また死んでいる可能性が……いや、それは前回と同じか。一人かくれんぼの頃は、確か調理室で碧花がぬいぐるみを始末している所を発見して……初めて彼女の心の奥に眠っていた闇を見て。

 今回もそうであればどれだけ良いだろう。俺は蝋燭歩きを始末した碧花と遭遇し、喜ぶのだ。そうなれば、この肩に掛かった重荷は軽くなる処の話じゃない。全くなくなると言っても過言じゃない。

「碧花ッ!」

 狼の遠吠えの様に、俺の声が空しく響く。空しいと言うと狼に失礼だが、何の返答も返ってこなかったのだから、空しいと言わずして何と言おう。それも普通に叫んでいるのではなく、肺の枷を外し、喉が擦り潰れ、声帯が千切れる事も覚悟で叫んでいるのだ。お蔭で喉が痛いとか、そういう温い段階はとうの昔に超えている。

 明確に今の状態を表すとなると言葉に悩むが―――喉が枯れる、という言葉があるだろう。それが比喩である事は勿論皆知っているだろうが、俺の喉はそれが比喩ではなく額面通りだった。喉が砂漠化している。ありとあらゆる潤いが声となって外へ出ていくせいで、ちっとも潤わない。


「碧花ああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……………ア゛!」


 最後の声の辺りで明確に喉が悲鳴を上げた。ここまで来ると俺が意志でどうにか出来る問題ではない。人間である以上、生体機能の異常にはどうやっても抗えないのである。元々大声を出すような性格ではない事も相まって、拷問に等しい痛みを感じている。やめられるものなら今すぐやめてしまいたいが、それでは碧花が見つからない。

 さっきも言った通り、彼女さえ見つかれば俺の身なんてどうでもいい。俺の心配をするのなら、まず彼女が無事である事が分かってからだ。俺だけが無事のハッピーエンドなんて断固認めない。そんなハッピーエンドはこちらから願い下げだ。

「碧……カ……! ア゛ア゛! …………ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ!」

 こっちに居る保証なんて無いが、どうか見つかって欲しい。今まで散々不運だったんだ。ここであり得ないぐらいの幸運を一回くらい起こしてくれたって罰はそれまでに十分当たっているのだから、いいだろう。

 極限のネガティブ思考で行くなら、由利と萌はもう手遅れかもしれない。流石に時間が経ち過ぎているし、気まぐれにオミカドサマが手を出さない可能性はゼロではないのだ。だが碧花は―――まだ絶対に間に合う筈。

 だから俺は最優先で碧花を探している。二人を諦めている訳ではないが、影も形も掴めない二人よりかは、少なくともついさっき一度助けた碧花の方が救出出来るだろうと思ったのだ。


―――そんなのって、嫌だろ。 


 彼女の事を異性として意識している事を除いても、水鏡碧花は俺の親友だ。こんな事で永遠に別れるなんて嫌すぎる。

 親友である事を除いても、俺はまだ一度も彼女に告白していない。どうせ失敗すると分かっていても、一度も告白出来ないまま終わるなんて嫌だ。

 勧善懲悪がまかり通る世界であって欲しい。悪である俺が生きて、善である彼女が死ぬなんて間違っている。


 殺したくない。死なせたくない。助けたい。


 根っこに引っかかって転ぼうが、幹に顔面を激突させようが、よく分からんクモだかアリだかに刺されようが構わない。それは彼女を探さない理由にはならない。そもそもそんな理由なんて無い。助けるという選択肢しか、俺には見えていないし、普通の人間にはそれしか見えないだろう。

「……グッ!」

 声かどうかも良く分からない擦り切れた喘ぎ声を挙げて、何度目かも分からない衝突を果たした。また幹だ。しかも今度は勢いが付き過ぎていたのと当たり所が悪かったせいで、俺はそのまま崩れ落ちてしまった。

 直ぐに立ち上がろうとするが、脳が揺れてしまって上手く動けない。どれだけ前のめりになって走ってたら、こんな最悪の当たり方をしてしまうのだろうか。

 答えは『はやる気持ちが抑えられなかった』と、それだけだが、俺にとって碧花は居なくなってしまえばそれだけで前後不覚に陥ってしまう程の女性。体力も声も限界で、更に言えば疲れすぎて俺も眠気を感じていた。走り方が滅茶苦茶になっていたとしても無理は無かった。

「…………ぁぉ…………」

 せっかくクオン部長に助けてもらったのに、こんな所でまた意識を失うのか、俺は。情けない。情けないが……ついに不運が俺に牙を剥いたと思えば道理がある。今まで一度も俺は自分の事を主人公並にカッコイイ人物だと思った事は無いが…………今だけは、主人公補正が欲しかった。


 碧花おひめさまを助ける王子様になりたかった。

















 ―――もう、オレは…………アキラメルしかないのか。


 ココロの中ではそう思いつつも、オレの身体はまだ足掻こうとしていた。たとえ生まれたてのコジカの如く弱弱しかったってカマワナイ。もう一度サイキすればこちらのものだ。雑草だらけの地面に指を突き立て、オレは徐々に力を込めていく。

「ゥ゛ゥ゛…………!」

 オレは変な所でゴウリテキだった。アキラメが早かったのだ。ジブンのせいで死んだと考え込む割に、オレにはタスケラレナカッタ、タスケラレタ筈なのにタスケラレナカッタと考えてしまう。己の無力を正当化し続けていた。

 だから誰も、タスケラレナカッタ。

 今度こそ、次こそ。そんな前置きを何度した。一度だって真面目に取り組んだ事はアッタカ? 無くてもいい。今だけでもトリクメレバそれでいい。コンナトコロで諦める様じゃ、絶対にモエもユリもタスケラレナイ。

 ギギギギギギッ!

 両顎を限界以上に引き締めたら、気味の悪い歯軋りが響いた。辛うじて動く指を幹に突き刺したら、指の先から早速出血した。慌ててもう片方の手で幹を掴んだが、今度はささくれ立った樹皮が掌に刺さり出血―――していない。俺が手を離さない限り傷口は樹皮によって塞がれている。だから怪我なんてしてない。

 一度でもこの手を離してしまえば、痛みに怯んでしまえば、もう二度と立ち上がれない気がした。凡人らしく足掻いてみせなきゃ、良い結果なんて生まれないと直感した。


 だからこそアガク。


 限界を超えようとも。

 その先に望むモノがあると信じて。












「ミーツケタ」

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