狐が笑う


 蝋燭歩き含め、怪異を初見で突破するなんて無理だ。そして俺は、勝算も無しに決着を急ぐ程馬鹿でも無い。明確な勝算があるから、俺はここで勝負をつける事にした。オミカドサマの封印をこんな訳の分からない奴に邪魔されたら、いよいよ間に合わない。

 ……いや、嘘は良くない。

 啖呵を切ったその瞬間に勝算は無かった。只、ここで逃したらまたいつ出てきて邪魔をするか分かったものじゃないからそうせざるを得なかっただけ。見た目は完全に勝算を持ち合わせる知将の顔だったが、実際は負け筋しか浮かばなかった雑魚だった。

 勝算が生まれたのは、俺が何気なくポケットに手を突っ込んだ時だった。

―――ん?

 蝋燭歩きから目を離さないようにしつつ、それを掴み取る。突っ込んだ瞬間から分かっていたが、俺が掴んだのは紙だった。掌に収まり切るくらいの紙。読んでいる暇は無い。いつあっちが襲ってくるかも分からないのに。

「碧花ッ!」

 俺は紙を一瞥してから、彼女の方へ紙を投げた。こういう小難しいものは彼女に任せた方が適役だ。何をして欲しいかは言わずとも分かってくれるだろう。


 因みにあの紙の中身が下らない内容の可能性は無い。


 内容は読んでいないので分からないが、間違いなくそう言い切れる。差出人は『親愛なる友達の友達』。これは都市伝説の典型的な広がり方であり、この手法を使う事で、都市伝説をさも真実であるかのように語る事が出来る。中には真実のものもあるだろうが……その話は置いておこう。こんな差出人は見た事も無いが、こんな風に名前を隠してそうな奴なら知ってる。

 恐らくクオン部長か西園寺部長だ。この二人は共にオカルト部であり、共に都市伝説・怪異に対して圧倒的知識を持ち合わせている。そんな人物に託された手紙に、下らない内容が書いてある筈が無いだろう。

「俺が引き付ける。その間にお前、それの解読頼んだ。どれくらいで出来る?」

「この程度なら十秒も要らないかな。出来るかい?」

「ああ。余裕だ」

 俺は武闘派でも無ければ過激派でも無いので、物理的に蝋燭歩きを殺すなんて出来ないし、しようとも思わない。だが時間稼ぎなら出来る。俺達の居るフィールドは森林だ。掴んでいた筈の縄がいつの間にか蝋燭歩きの手元にまで戻っているが、関係ない。あれだけの長物をこの森で振り回すのは無理がある。幹を上手く活用すれば避ける事は容易い上に、俺が距離さえ取っていれば碧花が同時に狙われる事はない。

 ここが真っ平で見通しが良い場所だったらその限りでは無かった。明らかに地の利がこちらにある以上、俺は何としても時間稼ぎをしなければならなかった。それもたった十秒以下。運動神経が特別良くなかろうとも、俺には『観察』が出来る。

「おらあああああああああ!」

 まずはこちらに注意を引かせるべく、馬鹿正直に蝋燭歩きに向かって直進。憎悪に満ちた黄土色の瞳が俺を捉え、程なく縄を持つ手に力がこもる。蝋燭の冠の灯が大きく揺らめくと同時に、俺の全身から体温が抜けた。

 冠を作る蝋燭が、一本欠けていた。

「うおおおおおおおお!」

 しかし俺の勢いが緩まる事はない。ここで避けるのは悪手だ。碧花を狙わせる隙をわざわざ与える事になる。止まる事を忘れた俺の身体は、遂に蝋燭歩きに直撃した。

「おおッ! …………おお?」

 想像以上の手応えの無さに、拍子抜けする。同時に勢いの加減を誤り、俺はそのまま蝋燭歩きもろとも奥の幹に激突した。怪異には質量というものが存在していないのか知らないが、蝋燭歩きを挟んでの激突にも拘らず、滅茶苦茶痛い。何も緩衝されていないじゃないか。


―――ッやば。


 ゼロ距離で密着していたせいで、俺の体温は急速に下がっていった。段階というものは存在しておらず、身体の状態だけで見れば、凍死寸前……いや、もう凍死していたのかもしれない。体温が実際にゼロになったらなんて考えた事も無いから分からないが、碧花みたいに眠くなるという事は無かった。

 何故……?



「狩也君ッ!」



 などと考えている暇は無い。丁度彼女の声が聞こえたので、全力で退避。根っこに危うく―――というか足が突っかかって宙を舞ったが、結果的には碧花の所へ戻れたので良しとしよう。

 幹がストッパーになってくれたせいで、腰の辺りが砕けたのかと錯覚するくらい痛いが。

「いててて……おおおおおおぅぅぅぅッ! いってえ……」

「大丈夫かい? 手を貸そうか」

「いや、大丈夫だ。幸い、そんなに速度は乗ってなかったからな」

 まさか足が遅い事に助けられるとは。世の中分からないものである。逃げてきた方向を見据えつつ、俺は立ち上がった。

「で、何か分かったのか?」

「まあ、短い文章だったからね。蝋燭歩きの倒し方と言って良いのかな。判明したよ」

「お、やっぱそうか! で、どんな方法だ? アイツの身体にある蝋燭を全部消すとかか?」




「いや、アイツの持ってる縄でアイツを吊る事らしい」




「え…………」

 俺はこちらににじり寄ってくる蝋燭歩きの被る冠を見遣った。何度見ても一本欠けている。決して幻覚ではない。

「嘘だろ?」

「嘘じゃない。ご丁寧に根拠まで書いてある」

「根拠?」

「口裂け女の対処法は知ってるよね。ポマードの話」

「おう」

 口裂け女の対処法として、ポマードと言う名前を叫ぶ方法が有名なのは、たとえ都市伝説なんかに興味が無くても知っているのではないだろうか。俺も知っているくらいなのだから、これは本当に有名な対処法である。

 因みにこれ以外の対処法も勿論あるので、知らなくても恥ではない。地域によって広がり方は違うのだから。

「怪異には必ず対処法が存在する。怪異が死人を起源とする場合、『死因』が弱点となるそうだ」

「死人が起源……てことは蝋燭歩きは―――」

 流石に会話が終わるまで待ってくれる程、あっちも利口ではない。俺達の会話を遮ったのは、横やりならぬ横繩だった。

 俺も碧花も咄嗟に外側に飛び幹に身体を隠してやり過ごしたが、明らかに後手に回った行動なのは言うまでもない。やはりフィールド上の利はこちらにあるようだ。気にするべき点は、幹を利用されると縄の軌道がおかしな事になるくらいだが、まあそれはそれだ。屈めば何とかなるだろう。

「首吊りで死んだのか!」

 距離が空いたので、大声で無ければ会話が出来ない。碧花もまた、力強く頷いた。

「そうみたい! この紙によればね! 詳しい事情何かは後にして、今はこの紙の言う事を信じた方が良いと思うけど!」

 それしかないと言うのなら、デマ情報だったとしても試すほかあるまい。大丈夫。仮にデマだったとしても、その時は一か八か蝋燭を全部消してみるだけだ。一本欠けているのは、どうせクオン部長あたりがぶん殴ったせいで欠けたのだろう。

 怪異が物理的存在ではないのにも拘らず欠損が引き継がれているという事は、有効な手段ではあるという事だ。それもそれで試す価値がある。紙に書かれている事がデマだと仮定するなら、試す価値さえあれば十分だ。




 ここで問題になってくるのは、どうやって首を吊らせるかだ。




 ………………自分で自分の首を吊らせる。

 自殺願望者じゃあるまいし、どうやってそんな事を可能にすればいい。煽動の達人でもない限り、そんな事は出来ないと思うのだが。























 

―――首を自主的に吊らせる、か。方法は無い事も無いんだけどね。 

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