新たな傀儡

 早い内に帰っておくんだったな。


 私の携帯と狩也君の携帯は繋がってる(GPS的な意味で)。こんな時間まで止まっているという事は、今日はその場所でお泊り、という事だろうか。心当たりはない事も無い。今から襲撃するのもそれはそれで良いんだろうけど夜も遅い。今日は疲れたし、引き上げた方が得策だろう。


「……はあ」


 リボンを締め直し、私は帰路に着いた。背後からは火の手が上がっており、既に消防車が出動。野次馬も集まって、上を下への大騒ぎ……はもう収まったけれど、あれは暫くニュースになるだろうね。爆発で痕跡が消えてくれればよいけど、どうかな。結構派手な爆発だったから、消えてくれないと不都合が生じるかな。


 現在の季節は冬。日が暮れるのも早いが、闇が深まる速度は更に早い。いつどんな時、どんな距離からでも彼を発見する為に視力は保ってきたつもりなんだけど、そんな私でも、この暗闇では一寸先もまともに見えなかった……というのは、厳密には嘘だ。まだ起きている家の灯りやら街灯やらで、そこまで暗くはない。ただ、全部消せばそれくらいの暗さにはなるだろう。




「いやあ、外は冷えますね。ミカさん」




 夜に出歩く女子高生を相手に、声を掛けてきたのは無精髭が目立つ男性だった。ミカというのは私の名前で、当然偽名だ。何せ相手は犯罪者。わざわざ本名を教えて情報アドバンテージを相手に与える意味が無い。


 私の持つ情報が何処から来るのか。狩也君はとても疑問に思っている事だろう。明らかに高校生の保有する情報網じゃないって。私自身もそう思う。長い時間をかけて築いたこの情報網は、最早一つの組織とも言える広さだった。


 非現実的だって、そう思うかもしれない。でも、これが現実だ。事実は小説より奇なりなんて言うけれど、私自身が正にそれだった。と言っても、大層な事をした訳じゃない。夜中出歩いたり、ダークネットを使用したり、明らかに怪しい店に出入りすれば、自ずと関係は構築する事が出来る。


 言い換えると、それだけの事をしてもこの街周辺を把握出来るくらいの関係しか構築出来ないんだけどね。全く不便な話だよ。


 私は今からでも狩也君が確実に成功できるように、色々根回ししたいってのに。


「外が冷えるなんてらしくないじゃないか。サイトウ。最近、風を凌ぐのに丁度いい場所を見つけたって聞いたけど」


 この男性の名前はサイトウ。多分偽名。如何にもな感じで声を掛けて来たけど、別に仲間でも何でもない。これだけは誰にも勘違いして欲しくないから言うけど、私は狩也君以外の味方には決してなり得ない。どんなメリットを提示された所で、私にとってのメリットとは狩也君の全てであり、デメリットはそれ以外。つまり誰にも、懐柔されるつもりはない。


 もしも私が誰かと組んだのなら、それは捨て駒か、使い勝手の良い傀儡か。そのどちらかだ。サイトウは…………後者かな。


 彼は別に仲間でも何でもなく、何なら他人と言ってもいいけど、情報提供者としては中々有能だ。伊達に通り魔はやってない。そんな男が私に声を掛けて来てくれるのは、私も同じ通り魔仲間(群れる通り魔なんて居るのかな?)だと勝手に思っているからだ。


 きっかけはいつだったかの……狩也君に勉強を教えてもらおうという名目で近づいた女を排除した時。偶然、ナイフを持って徘徊する姿を目撃されちゃった瞬間から。


 あの時はこういう立場で生きる事に慣れてなかったし、詰めが甘かったというか何と言うか。気は進まなかったとはいえ、直ぐに殺そうと思ったけど、このサイトウという男は私に好意的だった。下心じゃない、同じ犯罪者としての臭いを感じ取ったのだ。


 以降、会う頻度は非常に少ない(狩也君と過ごす時間を失ってまで会いたくない)とはいえ、こうして会う度に何かと親切にしてくれる。



 不潔で、醜悪で、酒臭くて。大嫌いだけど。



「ハハハ、警察が来ましてね、力ずくでどかされちゃいましたよ。いやあ何とまあホームレスの肩身の狭い事で。ねえ?」


「私にはさっぱり分からないね。ホームレスじゃないし。何か用? あんまり近づくと通報するよ」


 この汚らしい男性に触られるぐらいなら、女性としての特権を存分に活かすつもりだ。私の五体は狩也君のもの。他の誰にも穢させない。


 警戒心を剥き出しに警告すると、サイトウは抗う事なく、少しだけ距離を取った。


「いやあ、ちょっと最近……物騒でしてね。いやいや、犯罪がどうの、という訳ではないんですよ。最近は不可解な事件が多くてねえ、警察の目も厳しいせいで、全然ストレス発散が出来なくて」


「通り魔なんて悪趣味を続けてるからだ。ざまあない」


 殺人、傷害なんて趣味にするもんじゃない。頭がおかしくなるからね。狩也君が関わらないのなら、私だってしたくはないよ。気持ち良くも何ともないんだもの。


「貴方がそれを言いますか、ミカさん……っと。本筋からズレました、失礼。最近、記者が嗅ぎまわってる件についてはご存じで?」


「何の事件を?」


「ほら、ミカさんもご存知じゃないんですか? あの中学生二人が奇妙な死に方してた事件……」


「―――ああ、その事件」


 私は狩也君の携帯越しに現場を見た時、吹き出しそうになった事を思い出した。


 記憶に新しいと言えば、新しい。被害者がお互いにロープで天井に繫がれていて、更に現場が荒れに荒れていた事から、ネットでは『パペット事件』と呼ばれている。陳腐な人形劇みたいに被害者二人がのたうち回る姿を想像したのかな。




―――あれを劇と呼ぶのは憚られる気もするけどね。それくらい芸の無い暴れ方だった。




 因みに犯人は手掛かりすら掴めていないそうな。警察はダイイングメッセージの一つも残さなかった二人を恨んでいいと思うよ。


「学生であるミカさんならご存知では無いんですか? あの事件の関係者に、一人怪しい人物がいるって」


「怪しい人物ね。さて、見当も付かないけど」


「ご冗談を。その手の話では有名だそうじゃないですか。学生の間で『死神』と呼ばれてる青年が居ると」


 決して合ってはいないけど、まるっきり的外れじゃないのが、怖い所だ。ネットのデマというものは、こんな感じで拡散されていくのだろう。それにしたって『死神』なんてセンスが無い。全員殺してる訳じゃないんだから、そんな物騒な名前は付けないで欲しいな。



 死ぬより酷い目には何度かあわせてるし、進行形で味わってると思うけど。



「私が深く関わっている訳ではないので、あまりこう……決めつけた事は言えませんがね。つい最近あった高校生の自殺も、その青年が関わってるというじゃないですか。ええ、私はどうでも良いんですよ? 所詮は犯罪者ですから。何がどう進展しても対岸の火事を眺める様なものです。ただ、どうやらその青年、ミカさんと同じ学校に所属しているとの話ですから、もしもご学友なら、と。そう思って声を掛けた訳です」


 家が視界の奥に見えてきた所で、私は歩みを止めて、振り返りもせずに言った。


「…………記者の名前は?」


「おや、ご興味がおありで?」


「そうだね、興味がある。記者なんて生き物は無駄に行動力が高いから……良い傀儡になってくれそうだよ」


「やめておいた方が良いと思いますが。操り方を間違えれば警察は間違いなくその糸を辿ってくる。そして、貴方に辿り着く」


「確かにその通りかもしれない。傀儡は糸で操るもの、糸を辿れば操者に着く。だけどね、所詮傀儡は傀儡だ。要らなくなったら糸を切ってしまえばいい。使い古された木偶を眺めたって、操者には辿り着けないよ」


 再び私は歩き出す。サイトウは「夜道には気を付けてください」とらしくない事を言って、足を止めた。


 只、好きな人とクリスマスを一緒に過ごしたいだけなのに。あの時くだらない連中に邪魔された行為をしたいだけなのに。或いはそれ以上の行為で滅茶苦茶にしてほしいだけなのに。どうして災難ばかりが邪魔してくるのだろうか。




 許される事なら、私は…………とうの昔に君に告白しているんだよ。




 彼の為ならあらゆる事もやってみせるけれど、そんな私でも、告白だけは出来ない。する訳にはいかない。


「ねえ狩也君。大切な人一人の為に全てに仇なす女性は…………嫌いかな」


 虚空に問うても答えは無い。全ての答えは狩也のみぞ知る事である。

















 



 



 そう言えば、記者の名前。聞き忘れたな。

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