不運と踊れ、首狩り族よ

 全く手掛かりのない部長はともかく、我妻と御影は手掛かり自体はあるので、まずは二人から探していこうと思う。因みに、この時点で萌が電話、トークの方で呼びかけてはいるものの、ちっとも反応が無い。

 なので第零階を探そうと思った訳なのだが…………おかしい。第零階は聞いた限りでは階段を上る側で無ければ出現しない筈なのだが、俺も萌も知らない階段が、あまりにも不自然な所で生まれていた。

「これ……第零階だよな?」

「そうとしか考えられませんけど……噂とは、違いますね」

 降りるべきか迷う。調査においては定説から外れるというのも手段の一つだが、萌を死んでも守らなければならない俺にしてみれば、下手な危険地帯に足を踏み入れる事は何としても避けたかった。この手は何が何でも離さない。少なくとも視界から外してはいけない。

 俺に全く危険が及ばないという保障はないが、それでも女性を守るのが男性の務め。部長に頼まれた手前、俺はたとえ命に代えても守らなければならない。俺の不運で彼女を殺してしまうくらいなら、俺の不運で俺を殺した方がずっとマシだろう。死ぬのは怖いが、誰かに迷惑はかけたくないとは常日頃思っている。

「降りてみるぞ。一応聞くけど、第零階って特に危険な七不思議じゃないよな? 存在しない階が出るだけだよな?」

「そう……ですね。私が知る限りはですけど。あ、でも……」

「何だ?」

「存在しない階何で、部屋に入ってる最中に消えちゃったら二度と戻れないかも……」

 勇ましく踏み出された俺の足が止まる。そうか、元々存在しない階に足を踏み入れれば、そうなるのか。いや、しかし……

 萌の手を離さず、しかし俺が躊躇していると、あちらの方から無理やり手が解かれて、彼女は携帯を取り出した。

「ちょっと部長に聞いてみますね」

「まあ部長の方が知ってそう…………ん?」

 いやいやいや。その発想はおかしい。実際の所は全くおかしくないのだが、この状況に限ってその発想はおかしい。俺は萌の携帯を覗き込むと、そこには『理科室に行け』以降のやり取りの後が見えた。


「え、何でお前部長に場所聞かないの?」


 部長の居場所に手掛かりがないから二人から探そうという話だったのに、これでは前提が覆る。七不思議のスペシャリストさえ居れば残り二人の捜索も安全に行えるだろうに、どうして聞こうとしないのか。

 その答えは萌と部長の個人トークの中にあった言葉にあった。彼女は何度も居場所を聞いているし、既読になっている。だが、その質問だけは何処までも無視してくるのだ。

「……因みに電話は?」

「出ないんですよ。只、質問とかには答えてくれるので、聞こうかなって」

「おいおい……遊んでる場合なのか、部長」

 俺がやった訳ではないが、年彦君と血濡れ赤ずきんが歩き回っている事は部長も知っている筈だ。彼の姿が見えないのは上手い事入れ違っているのだろうか、だとしたら歩き回っている七不思議に遭遇しそうなものだが。

―――藤浪が、死んでるんだぞ。

 まだ俺しか見ていないが、あれを見ればきっと部長も考えを変えてくれるだろう。そう考え直して俺は暫く萌の携帯を覗かせてもらう。  


『部長。第零階を見つけたんですけど、何か気を付けるべき点とかありますか?』

『第零階自体に危険はない。安心しろ』


 安心出来るか。

「先輩、どうしますか?」

 多分この場で一番、俺が現在の状況を把握出来ている。その上で言わせてもらうと、死人が出てしまった今、七不思議の調査などやっている場合ではない。さっさと三人を見つけて帰還する事が利口だが、そうなったのは藤浪が血濡れ赤ずきんによって殺されてからだ。元々は七不思議の調査の為に来ており―――つまり、三人の発見と合流を最優先にするべきだが、それまでは従来通り調査してもいいかもしれない。何もしないというのも、それはそれで非効率的だろう。

「じゃあ俺が先に入る。安全を確認したら萌。お前はカメラで零階の内部を撮影してていいぞ」

 どのくらいの広さかは分からないが、一応それだけでも新聞には載せられる筈だ。残念ながら多くの七不思議は体験談しか書けなさそうだが……死なないだけ安い。

「……行くぞ」

「はいッ」

 真後ろに彼女を配置して、振り向いたら消えていた……なんて笑えないので、彼女と肩を並べる形で俺達は見慣れぬ階段を下りる。第零階も血濡れ赤ずきん程ではないが謎が多い怪異で、そもそもどうしてそんな階層が生まれるのかが分からないそうだ。それと、その存在ばかり語り継がれているが、中身がどうなっているのかは誰も知らない。


 扉に手を掛けて、思い切って開けてみる。その瞬間、俺と萌の足は化石したように動かなくなり、その双眸は人形の様に固定されてしまった。


 血塗れというだけならばまだ良かったかもしれない。俺達が見た光景は、そんな物理的に恐ろしい光景ではない。まず目に付いたのは絵の具だった。壁一面に描かれた拙い絵。その足元にはぐちゃぐちゃに潰れたクレヨンが何色も転がっており、とてもまともな精神状態で作られた光景とは思えない。

 だが何よりも俺達の視線を止めたのは、その隣に座る御影の姿だった。

「由利……さん?」

 萌はカメラから手を離して、ゆっくりと近づこうとする。何やら危ない気配がしたので、俺は彼女の手を掴んで制した。

「俺も行く」

 彼女は壁に向かって何かをしている。いや、何かなどとぼかす必要はないが、念の為だ。俺は背後の扉を足で閉めて、今まで姿が見えなかった御影の背中に近づいていく。周囲に我妻の姿はない。 

「…………きーらーきーらーひーかーる♪ おーそーらーのほーしーよ♪」

 こちらには気付いていない様だ。もう一歩まで近づいた所で、俺はそれとなく姿勢を倒して覗き込んだ。

 案の定、御影はクレヨンを手に持って、壁にぐちゃぐちゃの絵を描いていた。歌っている歌からして星なのだろうが、色合いがバラバラでそうは見えない。目の焦点は合っておらず、絵が完成しても、彼女的には失敗したのか、癇癪なのかクレヨンが握り潰された。彼女の手が、クレヨンの素材に塗りつぶされる。

「由利さん!」

 萌が駆け寄って肩を揺さぶるが、彼女は絵を描く事をやめようとしなかった。仕方がないので俺がクレヨンを取り上げると、突然倒れ込み、動かなくなった。操り人形の糸が切れたみたいに、唐突の出来事だった。

「先輩、どうしましょう! 由利さんが……!」

「ああ……分かってる! 取り敢えず連れて行くぞ!」

 また保健室を利用するのは流石に危険な気もするが仕方ない。俺達は調査を中断し、二人で御影を保健室まで運ぶ事にした。かなり重いが、今は女性の体重について気にしている場合ではない。死んでいないだけ、まだ良い方だろう。

「先輩……由利さんに何があったんでしょうか」

「俺に聞くな! 取り敢えずベッドまで運んだら部長に聞いてみるぞ!」

 お互いに両手が塞がっているので、俺は保健室の扉を足で開けようとする―――が、やけに重い。

「先輩?」

「いや、何か重い……せえい!」

 俺自身のバランスなどお構いなしに扉を強引に蹴っ飛ばした瞬間、廊下の方向に向けて人型の物体が倒れ込んできた。

「うわあ!」

「きゃあ!」


 理科室にある人体模型……であればどれだけ良かったか。その物体は顔こそ判然としないが、果たして誰なのかは萌が言ってくれた事で気付けた。





「―――我妻さん」





 気づける点と言えば服装しかない。何せその死体は首から上が完全に炭化しており、たとえ無二の親友であろうとこの死体を顔だけで識別する事は不可能に近いからだ。保健室の扉がやたら重かったのは、この死体が寄りかかる形で扉に引っかかっていたのだろう。

 全身が穴だらけでないだけ、まだマシと思う俺の感覚は狂っているのだろう。

「あ…………あ」

「萌。だ、大丈夫かッ?」

「……………………だ、大丈夫です……けど。な、何で我妻さんがこんな事に……『炭女』は調理室に居る筈なのに……!」

 炭女。七不思議の内の一つだ。虐められていた女子が最終的に調理室にあったコンロだか何だかで顔を焼かれて死んだという事件が元ネタになっているらしいが……ここは保健室だ。出てきたとしても炭女ではなくサオリさん。明らかに出現場所が違う。







 まさか……炭女まで徘徊しているというのか。  

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