CASE Last

確固たる覚悟を胸に

 …………トゥルルルルルルルルル。




 ガチャッ。




「もしもし?」


「もしもし、僕です。那峰先輩ですか?」


「あら、どうしたの? …………何かあった?」


「実は那峰先輩にお願いしたい事がありまして…………協力していただけませんか?」


「別にいいわよ。可愛い後輩の頼みだもの。先輩、何でも聞いちゃうわ」


「……有難うございます。実は―――」
















 罪ばかりを思い起こさせるこの町は嫌いだったが、今なら胸を張って大好きと言える。それもその筈、この街は全ての始まり……碧花と出会い、妹と出会い、由利と出会い、萌と出会い……俺の人生を語る上では外せない、様々な人物と出会った町。


「…………見ててくれ、天奈。雪。楼。俺はもう、逃げない」


 予定していた期日よりも随分早く帰還した事で、ズル休みの余りが俺にはある。勿論元気に外出している所を先生に見られたら即刻登校しなければいけないが、それはそれ。俺は一際静かになった自宅を見渡してから、外出の準備を整えて靴を履く。


「―――行ってきます」


 そう言えば、改めてこんな言葉を言うのもいつぶりだろうか。当たり前の日常とやらに浸り過ぎて、俺はそのありがたみを忘れていた。全てを失って、天涯孤独の身となった今、ようやくあの日常の愛おしさを実感する。


 いや、喪失感に浸るにはまだ早い。俺には知らなければならない事がある。今の今まで目を背けていた違和感、そして目を向けるしかなくなった彼女への不信感。その全てを知ろうとは思わない。しかし少なくとも、彼女への不信感を拭えるくらいの情報は欲しい。


 好きな人を疑うなんて、誰しもやりたくは無いのだから。



 ……アイツも、そろそろ心の整理がついた頃だろ。



 まだ俺は、アイツから話を聞いていない。『首狩り族』の被害に遭いながらも生還したあの女性の話を。


 家から病院までの道のりは大分長い。到着するまでの間、俺は現実に帰還するまでの電車でのやり取りを思い出す事にした―――







『碧花。お前は美原と神乃をちゃんと逃がしたって言ってたけど、王は二人がここに居るって言ってたぞ?』


『…………え?』


『お前が嘘を吐くとは思えないが、王は単純に嘘を吐かない。どうなんだ?』


『……王がそう言うなら、居るって事なんだろうね。でも私は知らないよ。二人はちゃんと逃がしたし、後から来たんじゃない?』


『何で』


『私に聞かれても。もう一度あそこに戻りたいとは思わないしね』







 特に不自然な会話では無かった…………本当か? 俺には十分不自然だった様に思える。碧花があんな漠然とした返答をするなんて。明らかに何かを隠したとしか思えない。長い付き合いの俺には分かる。大概鈍いが、あそこまで露骨に隠されたら俺でも気付ける。


 だがあそこで問い詰めても、碧花はきっと答えてはくれなかっただろう。彼女は意味も無く、そして下らない理由で嘘を吐いたりはしない。彼女が嘘を吐くなら、そこには深い理由がある。その為にも俺は病院へ行くのだ。



 近江奈々に会いに行くのだ。



 由利と萌は俺に言った。碧花から距離を置けと。自分達は殺されそうになったのだと。しかしそれだけでは根拠が足りない。何せ俺は彼女のそういう面を一度たりとも見た事が無いから。そういう意味でも、奈々が思い出した記憶はとても重要だ。彼女は碧花ともそこそこに仲が良く、あの場所にも一緒に居た。居たから記憶喪失になってしまった訳だが、その記憶が戻ったなら、それは有用な情報となる。


『うん…………何で、私が落下したかも。私の正体も』


 大事なのは前者だ。どうして落下したか、他でもない本人の口から聞けるなら、信憑性は自ずとついてくる。


 病院に到着した俺は、早速奈々の居る病室へと向かった。ノアに絡まれたらまたどうやって断ろうか考える所だったが―――


 あれ?


 ノアは居なかった。単に退院したという事なのだろうが、いざ居ないとなると、それはそれで少し寂しい。しかし主目的である奈々は幸いにもまだ入院しているみたいなので、そこは良しとしよう。


「奈々」


「…………『くびっち』」


 その呼び方は以前もされた。記憶喪失をする前は、俺の事を確かそう呼んでいたっけ。それ程昔の事でもないのに、凄く懐かしい気持ちになる。俺は窓側の椅子に腰かけて、奈々の目をじっと見据えた。


「……今日はお前に話があって来た」


「―――奇遇だね。くびっち。私も貴方に話があったんだ」


 視線だけでどちらから先に話そうかという無限ループに危うく陥りかけたが、俺が手を添えて先に話すよう促すと、奈々は一度唾を呑み込んでから、ゆっくりと口を開いた。




「その………………まずは、ごめんなさい!」




「―――ん?」


 突然謝られた。訳が分からないというか、心当たりがない。俺から謝罪すべき事は無限にあるが、謝罪されるべき心当たりは一つも思い当たらない。一体何に対して謝っているのか、本当に申し訳ないが奈々の方から明言してくれないと、俺も反応に困る。


「き、急にどうしたんだ? 何で謝って―――」


「私、くびっちを騙そうとしてたの! 本当に、本当にごめんなさい!」


「…………騙す?」


 前言撤回。やはり心当たりがない。騙すって何? 騙された経験自体は無い訳じゃないが、俺はいつ奈々に騙された? 付き合いが本格的に生まれたのはあの肝試しの時だけで、それ以降は記憶喪失、それ以前は接点がない。いつ騙されて、俺がいつ損をした。


「私……ううん、私と蘭子と央乃ね―――裏風紀委員っていうのやってたんだ」


「うらふーきん……裏風紀委員。ああ、それで」


「それで、その裏風紀委員っていうのは……その。男子達に問題行動を起こさせて、それを写真に収めて学校にばら撒いて学校から男子の居場所を無くそうっていう…………事、やってたの。それで、ね? 私達のターゲットっていうのは……あの時、肝試しに参加した男子なの」


「…………」


 あの時肝試しに参加した男子というのは、神崎、俺、リュウジ、カイトの四人だ。騙したというのはこの事であり、俺をターゲットに入れていたのを謝罪しているのだろう。


 原因は分かってる。時間が経ち過ぎて、いまいち実感が湧かないのだ。


「………………急に居場所を無くした時の男子の顔が、面白かったの。だから今までも、これからも……ほんっとうにごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


「―――いや、気にすんなよ」


 俺は知っている。裏風紀委員がどんな所業をしていたのか、遺書に書かれたものとして知っている。途中まで本当に心当たりはなかったが、裏風紀委員の単語で思い出した。黙って聞いていたのは飽くまで事実確認の為というか、一から十まで全部話してくれるなら、それに越した事は無いだろう。


「その……実はその前にミカミカと話してて」


「え?」


 初耳だった。というか遺書にはそんな事、一言も書かれていなかった。


「…………ミカミカってね、私達の協力者だったの。だからあの時も協力してくれてた。私達、ミカミカも嫌いな男子を連れてきたんだなって思ってたんだけど、くびっちを巻き込むつもりなんて更々無かったみたいで……それで、色々口論になって。私、下山しようとしたんだけど、そしたら足に何かロープみたいなものが引っかかって。あんなの、山に入る時には無かった! それで落ちちゃって……それで」



「分かった。もういい」



 罪の意識のせいで言葉がとぎれとぎれなので、奈々の発言を勝手にまとめさせてもらうとこうだ。



 肝試し女子勢は裏風紀委員であり、気に食わない男子の問題行動を意図的に起こしてそれを写真に収める事をやっていた。


 肝試し男子勢は餌。


 裏風紀委員には碧花も協力しており、その影響で裏風紀委員は俺もターゲット扱いしていたが、碧花は『それはそれ』として俺を巻き込むつもりは全くなく、口論になった。


 奈々は下山しようとしたが、上る時には無かったロープみたいなものが足に引っかかって転落。



 結果としては、碧花への不信感を高めるだけとなった。あの遺書には彼女の名前、存在が一言も記されていなかった。裏風紀委員が本当にアレを書いたならまず明記している筈なので、遺書は偽造された可能性が高い。警察の目も欺く偽造の仕方なんて全然思いつかないが、ともかく偽物であると断定しても良いだろう。


「も、もういいって……?」


「俺が聞きたい話とお前の言いたい話は一致してたって事だよ。だからもういい。俺は全然怒ってないから謝罪なんてしなくていいし、むしろ感謝したいくらいだよ」


「……ど、どういう事?」


「いや、お蔭で有用な情報が聞けた……そうか。碧花は協力者だったか」


「く、くびっち?」


 聞きたくなかったと言えば嘘になる。以前の俺なら必死で目を逸らしたかもしれない。でも、もう逃げない。俺は罪と対峙した。己の罪と向き合った。だから今度は『首狩り族』と向き合わなければならない。


 まだ確信ではない。


 しかし疑惑ではある。


「……奈々。お前、退院したらすぐに何処かへ隠れろ。いいな?」


「え。え? ……う、うん。分かった」


 それだけ言い残して、俺が病室から出ようとした瞬間、携帯のバイブレーションが発生。確認すると、由利からのメッセージだった。








『今日の夜十二時にオカルト部の部室に来て。話したい事がある』   





 




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