執着/忘却
二階へ上ったはいいが、部屋が一つしか無かった。入ろうと思ったら雪に阻まれたので、これにて探索は終了。家の内部構造はおおむね理解出来たというか、行ける部屋が全て一階に集約されているので、二階の事は覚えなくていい。
あまりにも一階に役割が多くないかとも思ったが、俺が入れないくらいだ。案外二階こそ一番大事な部屋なのかもしれない。
―――何があるんだろうな。
普通に考えたら、下着とか替えの服が入っている棚などがあると思われる。言うなれば第二の生活スペースで、俺を入れないのは、元々雪と楼の二人だけで使う予定だったから、入れるスペースも使わせるスペースも無いから……とか。
雪せつが何も語ってくれないので、真相は二人のみぞ知る事だ。今の所、あのお願いが最初にして最後の会話だった。
『ずっと、一緒に居て』
何か訳ありに違いない。それとも単なる寂しさからか。見ず知らずの俺にまで頼ってくるくらいだから相当な寂しさだ。楼が俺に話し相手を頼んだのは、もしかするとこれを知っていたから、かもしれない。
俺達は囲炉裏を挟んだ状態で向かい合って、訳もなくゴロゴロしていた……のは俺だけだ。雪はずっと正座している。堅苦しい。
「楼は一体何処に行っているんですか?」
もしかしたらまた何かをきっかけに話してくれるかもしれないのでそれに期待して、俺は引き続き雪に話しかけている。手応えがあれば、そこから交流を深められる。
「……ここは、何処なんですか?」
やはり答えない、か。
ならどうしてあの時だけは喋ってくれたのか、という事にも繋がってくるが。俺はゴロゴロするのをやめて、居住まいを正す。
「…………俺に、一緒に居て欲しいんですか?」
全く関連性が無い質問が無視されるなら、先程の言葉に関わってくる質問ならどうだろうか。他でもない雪の方から言い出した事だから、無視は出来まい。もしも無視されたら……その時は泣く。
「………………………家族。欲しい」
「家族?」
喋ってくれたのは予想通りだったし、とても嬉しい事なのだが、肝心の内容が全く分からない。というか答えになっていない。イエスかノーで応えられる質問をしたつもりだ。何故どちらかで答えてくれない。
「………………まあでも、暫くは一緒に居ますから、安心してください。他に行く当てもありませんし、突然居なくなったりするつもりはありませんから」
脱出の目途が立てば居なくなるつもりだが、その時は一言挨拶を添えるつもりだ。それが恩人に対する最低限の礼儀というものだろう。忽然と居なくなって結果的に心配させるやり口は好きじゃない。確実に再会したときに禍根を残すからだ。
「―――楼とは、どういう関係なんですか?」
また喋らなくなった。
先程の発言を唯一の隙とするならば、そこから話を広げて行かないと、会話は難しそうである。結局、その内分かる様になるとは何だったのだろう。これは完全に俺が努力して聞き出しているだけじゃないか。
「俺以外の家族って、やっぱり楼だけですか?」
「…………居たかも」
「かも?」
「……居ない、かも」
「……はあ」
喋り辛いと何度言ったか分からないが、相変わらず喋り辛い。返答が曖昧か沈黙か、そのどちらかに偏り過ぎているのだ。主に沈黙。むしろ曖昧な返答は、それだけ話を広げられるから個人的には別に構わない。ただし、沈黙は話が別だ。
碧花との間に発生する沈黙は心地良いが、これはひたすらに気まずい。何か喋らなくてはと焦る。何か喋って沈黙が返される。以下無限ループ。
何とかこの悪循環を解決しないと、終いには交流を放棄しかねない。イライラしないで、根気よくいこう。
「―――ここには、どれくらい住んでるんですか? 楼と」
「分からない」
「分からないッ?」
分からなくなるほど長い間住んでいる……となると、雪も楼も俺と同じ怪異染みた存在だという事が判明してしまうが、流石に早計な判断だ。単に自分達がここに来た日を覚えていなければ逆算出来ないので同じ事が言える。
少なくとも、俺の今いる世界が普通でないのは事実だ。腹部の傷が何かを突っ込まれただけで回復するなんて科学的じゃない。科学的かどうかを抜きにしても、物事には道理がある。
傷口を縫えば出血が止まる。
食べ物を食べたのでお腹いっぱい。
これにはちゃんと一本の筋が通っている。前者は傷口が無くなれば出血のしようがないので止まるし、後者は腹が減っている問題を解決する為に、腹に食物を入れただけの事。ちゃんと筋道が立っている。
科学的オカルト的現実的非現実的―――などなど、様々な括りがあるが、そこにはちゃんと筋道がある。その括りなりの正当性というものがある。
だがどうだ。
腹部を刺されて死にかけている。治す為に何かを食べた。
これの何処に筋道があると言うのか。
傷口を塞ぐ事と何かを食べる事はイコールではない。ナイフが姿を消したのも結局分からないままだし、とにかく正当性が無いのだ。
「……一応、聞いておきたいんですけど。ここから出る方法とかって、あります?」
「―――出る、の」
「いや出るつもりは無いですよッ。でも一応ほら……聞いておきたいじゃないですか。俺、この辺りの事、何も分かりませんし!」
冷や汗を掻きながらも取り繕う。雪の反応は確かめようがないが、それ以上追及してくる事は無いので、一先ずは凌げただろうか。それとも悪戯に不安にさせてしまって、不味かったか?
「…………」
「…………」
「………………あッ」
結局何も答えないのかよッ!
つまり知らないという事か。取り繕うのに失敗していたら出て行かれたくなくて黙ったと言うのも考えられるが、全ては推測でしかない。全てあの深編笠が隠している事に問題がある。あれさえ取り外せれば、どんな表情で、何を考えてるのかくらいは、うっすらと感じ取れるというのに。
「ろ、楼は知ってますか?」
例によって沈黙。これ以上脱線すると会話自体断絶される事を学習した。話し辛すぎる。会話としては甚だ不自然な方法で、俺は強引に話題を切り返した。
「か、家族って俺の事、そう言いましたけど……お、俺ってどんなポジションに居るんですか? 兄とか弟とか、色々あるじゃないですか」
言い終わってから、俺はこの質問に何の意味があるのだろうと自問自答した。有益な情報を得る為に色々と質問しているのに、殆どの質問は答えてくれないからって、気が付けば質問に答えてくれる事だけを望んで尋ねていた。
こんな質問に答えられても、俺には何の得も無い。むしろ次の話題に移れる分、黙ってくれる方が助かった。
「…………?」
雪は首を傾げる行為に及んだ。斜め上の反応に、俺は暫くの間言葉を失う。質問の意図、或は意味が分からない……というのは、あり得るのだろうか。難しい言葉なんて一つも使ってないのに。こちらの方面で話が続く予感がしないので、再び強引に話を切り返した。
「楼とは普段、どんな事を話してるんですか?」
沈黙。
「―――ずっと一緒に居て欲しいって言いましたけど、何で見ず知らずの俺にそんな事を言ったんですか?」
「…………家族、だから」
「家族だから……そんな曖昧な理由なんですか」
だが考えても見れば、それは曖昧でも何でもない気がする。俺だって『家族』とずっと一緒に居たい。もし『家族』が居なくなると分かったら、直ぐにでも引き留めるだろう。
「………………カクシブエ。皆、居なくなった」
「……カクシブエ?」
「家族に、居なくなって欲しくない」
ようやく少し情報を引き出せた。カクシブエが何なのかは皆目見当も付かないし、そんな単語は寡聞にして知らないが、これは大きな収穫である。ひょっとしたらカクシブエが、俺の脱出に大きく関わってくるかもしれない。
―――今更だけど、携帯持ってりゃ良かったな。
俺の携帯は現在碧花が保有している。もし電波が通じるなら真っ先に連絡する所だったが、携帯の画面を見るのも嫌だったが、その我儘が事態をここまで悪化させるなど誰が予想した。何度も未練がましく言わせてもらうが、持っておけば良かった。
腹時計にしてお昼頃、楼が家に帰ってきた。
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