第117話 当面の方針

 言葉が話せるようになったアルトは、いくつかの質問をリベットにぶつけた。

 ここがどこなのか?

 自分はどうしてここにいるのか?


 他にもいろいろ聞きたかったが、まずはここからだ。


「あんた、アルトって名前だったんだねぇ。ただいままでダラットって名前で呼んでたからねぇ。ついうっかりダラットって呼んでも許しておくれよ」


 号泣した形跡が目にはっきりと残るリベットは、それでも気丈に振る舞って笑顔を作ってみせた。


「アルトがここにいるのは、ダグラが拾ってきたからだよ」

「拾う?」


「ああ、まず最初から話さなきゃいけないね。

 あんたはルミネに落ちたって話だよ。本当かどうかなんてあたしぁ知らないよ? ただエルフの族長さんとかがそう言ってたのを、旦那が聞いただけだからね。

 落ちてきたときは瀕死だったみたいだね。エルフが気を利かせて回復薬を飲ませて、一命を取り留めたってわけさ。

 で、エルフは人間が大嫌いだ。人間の命を救ったはいいが、どう扱っていいかわからない。そこで、たまたま仕事でルミネに来ていたダグラに、アルトを押しつけたってわけさ。で、ダグラは放っておけなくて、あんたを連れて帰ってきた」


「そうだったんですね。ええと、ここは……?」

「アヌトリア帝国の隅っこにあるダブリルってドワーフの街だよ。皇帝陛下が自ら用意してくださった街だ」


「僕の所持品はありませんでしたか?」

「ぼろぼろの服と、短剣……そのくらいかねぇ。服も短剣も、アルトが意識を取り戻した時のために、きちんと取っておいてあるから安心しておくれ」

「あ、ありがとうございます。本当に、なにからなにまで」

「やめておくれよ!」


 目が潤みかけたリベットが、ぷっくりとした腕でアルトの肩を叩いた。

 叩かれたアルトの肩は、肉が破裂したかと思うような音を立てた。

 肩がビリビリと痺れる。


(照れ隠しなのはわかるけど、もう少し手加減してほしい……)


「そういえば、ブレスレットはありましたか?」

「いや、ブレスレットはなかったね。もしブレスレットがあれば名前を確認することもできたんだけど、ありゃきっと壊れちまったんだろうねぇ」

「そう、ですか」


 アルトの意識を吹き飛ばすほどの衝撃を受けたのだ。

 戦闘用ではないブレスレットが壊れても仕方がない。


 それより驚くべきは、ブレスレットを壊す程の衝撃を受けてもなお、ぼろぼろになる程度で済んでいた装備だ。

 さすがドワーフ謹製のミスリル防具である。


 リベットから受け取った箱に入っている短剣を手に取る。

 ひんやりとした冷気がアルトの手に伝わる。

 短剣がアルトを拒絶しているのだ。


(あの時は無理矢理使ってすみませんでした。おかげで、大切な人を助けられました)


 手に取って祈りを捧げるけれど、短剣は相変わらず冷たい。

 強く握れば、手が凍り付きそうだ。


(ここじゃ戦闘になるようなことはないだろうし。しばらくはこの家に置いておこう)


「ずっと聞きたいことがあったんだけどさ」

「はい。僕が答えられることなら」

「とても言いにくいんだけど」


 まるで身内の不幸を告げるような素振りに、アルトの体が強ばっていく。


(一体、なんだろう?)

(まさか知り合いの誰かが死んだのか?)

(あるいはユーフォニアが火の海に……)


 そんな恐ろしい未来が頭を掠めるなか、リベットが口を開く。


「その……いつもあんたの頭の上で回ってる光の球。それは、一体なんなんだい?」

「………………ぁ」


 見ると、自分の頭の上に光の球が3つ程浮かび上がり、ぐるぐると高速で回転していた。

 どうやら無意識のうちに、《魔力操作》の訓練を行っていたようだ。


「すみません。これからはなるべく気をつけます」

「い、良いんだよ。無害なんだろ?」

「はい」

「だったら……そうだね、部屋の中をその球で満たすのだけ辞めてくれればそれでいいさね」


 その時の光景を思い出したのだろう、リベットがぶるっと肩を振るわせた。


「……すみません」

「あ、ああ。それはそうと……これからどうするんだい?」


 リベットが少し怯えたような顔をした。

 おそらくこのまま、アルトが遠くに行ってしまうんじゃないかと思ったに違いない。


 アルトとリベットたちは赤の他人。

 このまま居座るのはさすがに失礼だ。

 すぐに家を出るのも吝かではない。

 しかし、アルトはここで三年もの間暮らしてきた。


(せめて、受けた恩は返さないと)


「なにか、仕事をしようかと思います」

「どうしたんだい、いきなり」

「リベットさんたちから受けた恩を、返そうと思って」

「もう、やめとくれよ!」


 そう言うと、再びリベットの張り手が飛んだ。


(――ぐっ!)


 言葉に気をつけないと、感動張り手で殺されそうだ。


「自分のブレスレットも、買わなきゃいけませんしね」


 そう言って目に涙を溜めたリベットを落ち着かせる。


(ステイ、ステイ!)

(よぉし、いい子だ)


「働くっていったってねぇ。あんた、何が出来るんだい?」

「得意なものは魔術――」

「あぁあ……」


 魔術と言った途端、リベットが遠い目をした。


(あれ? なんだろうこの反応)

(まるでモブ男さんやマギカみたいだぞ?)


「――と、短剣と、あとは武具製作や、魔剣製作も出来ますし、あとは――」

「ちょっと待っておくれ! あんた、一体どんだけのことができるんだい!? まさか、ちょっとかじった程度じゃないだろうね?」


「さすがにドワーフほどの技術はありませんよ。ドラゴンの牙で短剣を作ったことはありますが、ポールアクスの攻撃を受けて壊れてしまったので……」


 あれは、際どい攻撃だった。

 あのとき、龍牙の短剣なら耐えられるだろうと、アルトは高をくくっていた。

 しかし、アルトの武器製作技術が低かったため、一撃受けただけで折れてしまった。


《工作》スキルがもっと高ければ、あの攻撃を受けても折れなかったはずだ。

 当時を思い出して落ち込むアルトとは対象的に、リベットの目からみるみる力が失われていく。


「まあ、あんたに自信があるのはわかったよ」


 やはりリベットも同様に、アルトの言葉を信じてくれないようだ。


「なんでも出来るようになりたいのはいいことだけど、やりたいことの中で、極めるものは一つだけにしときなよ。全部に手を伸ばすと、全部手に入らないんだからね」

「やりたいこと……」


 いままで考えたこともなかった。

 無理もない。アルトは人生をやり直してからずっと、〝やらなければならないこと〟に追われ続けていたのだから。


 そのせいか、やりたいことを考えても、何一つ案が浮かばない。

 リベットのその言葉は、アルトの心に小さなトゲとして残った。



 リベットはこのままで良いと言ったが、さすがになにもしないわけにはいかない。

 日が暮れてから家に戻って来たダグラに頼み込み、翌日からドワーフ工房の雑用として働くことになった。


 ひとまず働きながら、アルトは終わりが来るまでの間にやりたいことを、見つけるつもりだ。



 ――神に与えられた人生のタイムリミットまで、あと2年6ヶ月。

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