第49話 最高のプレゼント

 アルトがキノトグリス入りをして、6年と7ヶ月が経った。

 あっという間の6年7ヶ月だった。


 レベルと熟練を上げ、〈工作〉で武具を作り、魔石を売り、再び迷宮に潜る。そのルーチンをひたすら繰返した。


 一つ、また一つと階層を下げて、最終的に71層で安定した狩りができるまでになった。


 71層。現時点でキノトグリスの迷宮の新記録だ。

 だがそれを知るものは誰もいない。


『14歳の子どもが71層とか、嘘に決まってる』


 喧伝しても、誰一人信じまい。

 そもそもアルトは、名声に興味がない。

 だから喧伝するつもりはない。


 誰に信じて貰えなくても、自分が知っていればそれで良いのだ。

 誰かに認めて貰わなければ価値が生まれぬ程、アルトが積み重ねた経験は軽くない。


 キノトグリスでの修行はこれで終わりだ。

 本来ならばレベルがカンストするまで続けたいが、もうリミットだ。



【名前】アルト 【Lv】48→70 【存在力】☆

【職業】作業員 【天賦】創造    【Pt】0

【筋力】384→560       【体力】269→392

【敏捷】192→280(+150)  【魔力】1536→2240(+100)

【精神力】1344→1960(+50)【知力】689→1005


【パッシブ】

・身体操作36→50/100 ・体力回復24→49/100

・魔力操作47→67/100 ・魔力回復43→62/100

・剣術41→49/100   ・体術24→32/100

・気配遮断6→21/100  ・気配察知15→43/100

・回避19→51/100   ・空腹耐性35→56/100

・重耐性49/100     ・工作23→61/100

【アクティブ】

・熱魔術26→47/100  ・水魔術24→46/100

・風魔術29→44/100  ・土魔術29→45/100

・忍び足8→16/100   ・解体4/100

・鑑定10→31/100   ・口笛31/100 NEW

【天賦スキル】

・グレイブLv3       ・ハックLv2



 約7年でレベルを最大値まで持って行けなかったのは残念だ。


 しかし、現在判明しているフォルテルニアで最もレベルの高い人物は50。

 それがあの魔術師だと想定しても、アルトはそれより21高い。


 前回、黒衣の魔術師と対面したとき、アルトのレベルは28だった。それと比べれば雲泥の差である。

 また熟練も、ここまで上がりきってはいなかった。


 必ず勝つ、とはいえないが、少なくともこれで前回のようになにもできないまま敗北はしないはずだ。


 ギルドの査定室で残りの魔石を販売する。


(カウンターが低くなったなぁ)


 かつては鞄を足場にしなければ、カウンターの向こう側が見えなかった。

 それが今では、カウンターは胸の位置だ。

 それだけ、月日が流れたのだ。


 アルトがしみじみ昔を懐かしんでいると、受付が戻って来た。

 その姿を見て、アルトの眉間に皺が寄った。


 初めは女性の受付だった。

 だがいまは男性――エリクだった。


「アルトさん。こんにちは」

「どうも。ええと……」


(なんで室長がわざわざここに?)


 アルトの疑問を感じ取ったのか、エリクが申し訳なさそうな顔をする。

 なにか手違いでもあったのか。アルトは不安になる。


「アルトさんはこれからキノトグリスを出られるそうですね」

「ええ、はい。よくご存じですね」


 その程度の噂なら、〝魔法〟に束縛されることなく広まるようだ。

 しかし、いままでに経験したことのない反応だった。


 身構えていると、エリクが相好を崩した。


「いままでキノトグリス冒険者ギルドをご贔屓にしていただき、ありがとうございました」

「いえ、そんな贔屓なんて」


 スピーディな魔石の買い取りに税金の処理。

 むしろアルトが冒険者ギルドにお世話になった。


「お礼を言うのはこちらの方ですよ」

「いえいえ。これだけの魔石を販売していただいたにも関わらず、冒険者階級を上げられず、申し訳ありませんでした」

「それは……仕方ないですよ」


 冒険者ギルドにとって、依頼主からの信用が大切である。

 引き受けた依頼をあっさり投げ出されたら、信用に傷が付く。


 良い家の出だったり、良い肩書きがあれば、守るものがあるため依頼を簡単に放り出さないだろうと信頼される。

 逆に平民出は、失うものがないため、依頼を放り出す可能性が高い。

 そのため、冒険者ランクの昇級審査に差が生まれる。


 同じ仕事をしても、肩書きがあればFランクからEランクまでは1ヶ月。

 対して平民なら3年はかかってしまう。


 アルトは農村の出だ。

 年齢は低く、存在力も最低だ。


 そんな人物を、ギルドとしてランクアップさせるわけにはいかない――というのがギルドの立場である。


 実際、七年近くギルド活動を行っていても、アルトの冒険者ランクは一つも上がらなかった。


 前世でも、アルトの冒険者ランクはなかなか上がらなかった。

 FランクからEランクに上がったのは、冒険者になって10年目のことだった。

 それが最初で最後のランクアップだった。


「リオンの方も、気を遣って頂いたようで。本人はよくここに来て、強くなったと私に自慢しておりました」


『なあ聞いてくれよ! 俺、レベルがこんなに上がったんだぜ! これはもう勇者だよな? そうだろ!? だから冒険者ランクをSにしてくれよ! え、出来ない? 俺は勇者なんだぞ!? 冒険者ランクFなんてふさわしくないだろ!』


 こんなことを言っている光景が想像に易い。

 アルトは首を振った。


「皆に迷惑がかかるので、来ないで欲しいと伝えてはいるのですが……」

「ですよね……。お察しいたします」


 ご愁傷様です。アルトは手を合わせて黙祷した。


「あのようなリオンは、私がギルドに所属してから初めて目にします」


 そこで一旦エリクは口を閉じ、すっとアルトに身を寄せた。


「リオンから、彼の事情を聞いていますか?」

「……はい」

「職員の中にも、彼の処分が重すぎると言う者がおります。彼はずっと平の職員でしたが、私などよりも優秀でした。あらゆる部署に回されては、一通り仕事を覚えているものですから、困ったことがあれば私ですら彼に訊ねるくらいでした。

 しかしやはり彼の身上、能力があっても、易々と階級を上げるわけにはいかず……。ギルドは彼に、冷席しか与えられなかったのです」

「そうでしょうね」


 神代戦争の頃より和らいだとはいえ、ヴァンパイアへの弾圧は現在も続いている。

 もし出世させてしまえば、リオンの正体が露見したときに、ギルドすべてが焼け野原になりかねない。


 つまりギルドは彼――トカゲの尻尾をいつでも切られる状態にしていたのだ。


 それは、組織運営において必要なこと。

 だが人間としての暖かみが、些か欠けていると判断せざるを得ない。


「嬉しいのですよ。あのようにはしゃぐ彼が見られて」

「…………」


 エリクが、アルトのブレスレットを端末に置いた。

 その端末は、ギルド情報を更新するためのものだ。


(なにをするんだろう?)


 アルトが見守る中、エリクは少し照れくさそうに微笑んだ。


「ですので、これは私からの贈り物です」


 そう言って、彼は端末のボタンを押し込んだ。

 書き加えられた情報に、アルトは目を剥く。


「エリクさん。これは――」

「しっ。バレると私の首も飛びますから、内密に」


 彼は一差し指を唇にそっと当てた。


「これからの、あなたの旅路にフォルテミス様の導きがありますように。そして、その行程がどうか、安らかなものでありますように」


 そう言って彼は胸の前で手を組んだのだ。


>>【冒険者階級】F→E


 エリクのそれは、アルトがこの世界に来て初めて他人から送られたプレゼントだった。

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