第50話 勇者からは逃げられない!

 部屋を分けてから、アルトはマギカとあまり顔を合わせていない。

 このままこっそり王都ユーフォニアに向かおうかと考えた。


 しかしさすがに挨拶なしは失礼だ。

 出立の情報を、アルトは一か月前に手紙で伝えていた。


 正直アルトは、マギカが付いて来ても来なくてもどちらでもよかった。

 王都ユーフォニアで起こることは、アルトにしか関係がない。


 もしマギカが来れば、彼女を巻き込んでしまう可能性がある。

 だから出来れば、アルトは一人で出立したかった。


 だが出発の当日、アルトの部屋にマギカが現れた。


「付いてくから」


 それがさも当然であるかのように、彼女は準備を進めていた。


「アルト、大きくなった」


 久しぶりに見る彼女の顔の位置が、ずいぶんと低い。


(昔は見上げる立場だったのに……)


 アルトはマギカの身長を、すっかり追い抜いてしまっていた。


「それに、強くなった」

「……そっちこそ」


 部屋に現れたマギカは、アルトの目にもはっきりと分かるほど強くなっていた。

 時々迷宮や宿でちらり顔を見ることはあったけれど、話を交わすのは約1年ぶりくらいか。


 鞄の中にいるルゥが、久しぶりのマギカの姿にぽよんぽよんと喜んでいる。

 ルゥは彼女に会えて嬉しいようだ。


 だが、アルトは若干の焦りを感じていた。


(これはもしかして、かなり先を行かれたかもしれない……)


 迷宮に戻って無性に狩りがしたくなった。

 けれど、そんな時間はもうアルトに残されていない。


 後ろ髪を引かれる思いで宿を後にし、二人は北の大門へと向かう。

 そこで、キノトグリス出街手続きだ。


「マギカ。街を出るときに若干お金がかかるんだけど、手持ちはある?」

「ん。大丈夫」


 聞くまでもない質問だった。

 彼女もアルトと同じか、それ以上に魔物を倒している。


 魔石を売ったお金は、贅を尽くさなければ使い切れないほどあるだろう。

 もちろんそれは、面倒臭がらずに魔石を拾っていればの話だが……。


 出街手続きを終え、手数料に冒険者税の金貨1枚を支払う。


 金貨1枚は、平民の年間の生活費に相当する。

 目が飛び出るほどの税金だ。


 冒険者はキノトグリスの税収を最も押し上げる労働力だ。

 冒険者がいなくなれば、キノトグリスの税収ががくんと下がってしまう。


 そのため税を高くし、労働力の流出を防いでいるのだ。


 ただこの税金には、抜け道がある。


 フォルテミス教の巡礼の旅の途中だと言えば、税金をゼロにできる。

 もちろん、最低限のアリバイ工作は必須だ。


 具体的にはフォルテミス教の教会に数日巡拝、寄付、ミサに参加などなど……。

 いろいろ面倒なのでアルトはやらなかったが、この抜け道を利用する冒険者は多い。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 門を出てすぐに、聞き覚えのある声が響き渡った。

 いつも耳にしたくない、今日は特に聞きたくなかった声である。


「勇者の俺を差し置いて、どこに行こうとしてんだよ!!」


 門でばたばた暴れていたのは、勇者の青年――リオンであった。


「ちょ、ちょっと離せよ! 俺は街の外に出たいだけで…………え? 税金? きき、金貨1枚!? 聞いてないぜそんなの!!」


「ごたごたしているようなので、さっさと逃げよう」

「ん。それが良い」


 関わると、面倒極まりない事態に発展することが目に見えている。

 アルトが足早に遠ざかろうとすると、リオンはより一層大きな声を上げた。


「アルト! おお、俺にお金をよこせよ!! あんだけ俺の体を激しく使っておいて、金も払わずに逃げるつもりか!?」

「ちょっと人聞き悪いよ!?」


 我慢できず、ついリオンに怒鳴ってしまった。


 アルトのその反応を見て、あらやだアルト君そんなことしてたの? ヤラシィ、みたいに絶対零度の視線を向けるマギカ。


(いいや違うんです。なにもしてませんからね? 信じてください)


「というか、人に教えを請うておいて、その言いぐさは酷くありませんか?」

「俺が倒した魔物の分のお金をくれよ。全部とは言わねえよ。ま、この街を抜け出す分あれば許してやるよ」


 6年間の狩りで、彼が倒した魔物は万を超える。

 それらの魔石を販売すれば、金貨1枚は余裕で超える。

 だが、


「あれはもうありませんよ」

「なんでだよ!? もしかしておまえ、昼間っから酒をカッ食らって嫁さんに酒がねぇぞ!って怒鳴りつけて博打に明け暮れる陸でもない男なのか!?」

「何ですかその例えは!? 酒をカッ食らう年齢じゃありませんし、そんな暇ありませんでしたよね!?」

「じゃあ、お金はどこに消えたんだよ?」

「装備ですよ」


 アルトはジト目でリオンを指さした。


「ミスリル含有の長剣に軽鎧、銀糸をふんだんに使った織物数十点に、近接用革靴。全部ドワーフのお店で購入したんですよ」


 9歳になった頃、アルトはあのドワーフの店で買い物ができるようになった。

 一体なにがきっかけだったのかはわからない。

 偶に足を運んでいたら突然、


「馬鹿だか変態だか知らんが好きにしろ」


 といわれて、店の商品を購入できるようになったのだ。

 酷い言われようだが、ドワーフのお店で武具を購入出来るようになったのは非常にありがたかった。


 対してアルトの装備は、ほとんどが自作だ。

 すべてをドワーフ製に換装したかったのだが、自分で作った武具に良補正が付いてしまったため、なかなか変えられなかった。


 自分の装備にかけたお金は、金貨5枚程度。

 冒険者としては、ほとんどお金を掛けていないと言って良い。


 リオンは全身がドワーフ製だ。

 そのため、アルトよりも何倍も装備にお金がかかっている。

 その金額を合わせると、軽くリオンが稼いだ分の10倍は超える。


「足りない分は僕が出していますので、気にしないでください。リオンさんは最高の一番弟子でしたよ」

「お、おまえ……なんだよ突然。どうしたんだよ?」


 お金の話をして顔面蒼白になっていたリオンが、突如挙動不審になった。


「べべ、別におまえに装備を買って欲しいなんて、一言も言ってないからな!?」

「……で、ドワーフ製の武具を装備している感想は?」

「最高だ! まさに勇者って感じだぜ!」


(ちょろい)


 長剣を抜いてポーズを取るリオンを見て、アルトは苦笑した。


「……と、こんなところで道草を食っている場合じゃなかった」


 リオンに軽く手を振って、アルトは首都ユーフォニアに向けて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待てって!! 俺を置いてかないでくれぇ!! っく……今すぐドワーフの装備を売れば、金貨1枚くらいどうってこと…………っく…………」


 なにやら後ろで葛藤している人がいるが無視をする。

 この世は残酷である。

 お金のないものに、自由はないのだ。


「いいのあれ?」

「いいのいいの。別に、付いて来てもどうしようもないから……って、それはマギカもだよ? 僕は、これから学生になるつもりだから」

「そうなの? じゃあ私も、学生になる」

「んー」


 アルトはまじまじとマギカの全身を眺めて、満足そうに頷く。


(それは……とてもアリだな)


「え? なに? 俺が?」


 レベルアップによって鋭敏になった耳が、小さくなったリオンの声を拾った。


「え? 横領? そそ、それは…………」


 自業自得。因果応報である。

 ナムナム。

 アルトは心の中で手を合せる。


「キノトグリス追放ってどういうことだよ!? …………え? 外に出してくれるの? タダで!? 出る出る! ほらさっさと出せよ! あいつが逃げちゃうだろ!!」


(……あれ? なんか雲行きが怪しいぞ!?)


 悪寒を感じ、アルトは振り返る。

 そこには、キノトグリスの大門から解き放たれた猛獣が――、


「待てよ師匠!! この俺! 勇者のこの俺を置いていくなんて千年早いぞ!!」

「やばっ! マギカ!」

「ん」


 アルトの合図で同時に走り出した。


 向かうは首都――ユーフォニア。


 通常ならば12日間の道乗りだが、いまなら1日でたどり着けるだろう。

 いや、それほどの速度は最低でも出さなければいけない。

 なんせ、あの勇者から逃げ切らねばならないのだから……。


 しかし、どれほど逃げようとも、無限の体力を誇る勇者(バカ)の速度は落ちることを知らない。


 全力で逃走し続けたアルトだったが、日が沈む頃にはあえなく御用となった。


「残念だな師匠! 勇者からは逃げられないんだぜ!」


>>【Pt】0→1




 ハンナの死まであと――7ヶ月。

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