第43話 彼の事情
口にせずとも思いは伝わったか。リオンが長い睫を伏せた。
「……俺、人間だったんだよ。心は人間だ。その心が、この体に合わないんだよ」
「けど、何年も生きていたら徐々に合うのでは?」
「おまえは人間だからそう言えるんだよ。俺はヴァンパイアだぜ?」
「ですから――」
「ヴァンパイアの気持ちが、人間にわかるかよ!!」
リオンの怒声が部屋に反響し、どこまでも遠くへ行って、無意味な音になって戻ってきた。
そのあまりの声量に、ビリビリとアルトの皮膚が痺れた。
「俺はな、ヴァンパイアになんてなりたくなかった。どうせ生まれ変わるなら、普通の人間に生まれたかった……」
「……リオンさんは、死に戻ったんですか?」
突然の告白に、アルトの体が震えた。
まさかリオンが、自分と同じ経験をしているのではないかと思った。
しかし、リオンは首を振った。
「死に戻りじゃねぇよ。転生だ」
「転生?」
「ああ。別の世界からこっちに来たんだ」
「そんなことが……」
にわかには信じがたい。
だが、彼は時々妙な言葉を口にしていた。
またアルトは死に戻りを経験している。
死者の時を巻き戻す〝魔法〟があるのだから、異世界からフォルテルニアに転生する〝魔法〟があったとしても、不思議ではない。
「俺はさ、事故で死んだんだよ。恥ずかしい話、死ぬのがすげぇ怖かった。死ぬ前に『死にたくない』って願ってたんだよ。死にたくねぇ死にたくねぇって祈ってたら、神様が俺の願いを叶えてくれた。
――俺は、死なない体に生まれ変わったんだ。
初めはチートだなんだって思って喜んだ。けどそれも数年で消えた。なんでヴァンパイアになったんだろう。人間じゃなかったんだろうってな。
人間だったら、悪魔だの人殺しだの言われず、斬られたり刺されたり、拷問に遭うこともなく生きてこられたのに!!
俺は確かに、死ぬ前に死にたくないって願った。それがまさかこんな風に叶うなんて夢にも思わなかった。
こんな生物に産まれてくるんだったら、そのまま死なせてくれりゃ良かったんだよ!」
血を吐くようなリオンの声に、アルトは言葉を失った。
ヴァンパイアは人間に比べ、肉体性能が高い種族だ。
さらに彼は、存在力が非常に高い。
レベルが上がれば、簡単に強くなる。
アルトはリオンが羨ましかった。
その体が、力が、欲しかった。
けれど彼は違った。
ヴァンパイアの体を拒絶した。
苦痛耐性がMAXになっているのは、彼が戦おうとしたからじゃない。
拷問を受けたからだ。
拷問を行ったのは、十中八九フォルテミス教の信者だ。
彼らにとって闇に生きるヴァンパイアは敵であり、討滅の対象だ。
あらゆる拷問がなされ、それでも死なずに受け続けた結果、彼は様々な耐性を獲得したのだ。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
リオンは元日本人だった。
日本に生まれ、日本で死んだ。
その後、神と名乗る人物に出会って、ここフォルテルニアに転生した。
ヴァンパイアの体に、職業が勇者。
これで無双して異世界を楽しむぞと意気込んだ矢先、リオンはフォルテミス教徒に捕らえられた。
何十年もの間、毎日拷問が行われ続けた。
神の裁きと称して、聖属性の武器を何度も体に埋め込まれた。
鉄の処女の中に、三日三晩放置されたこともある。
けれどリオンは死ねなかった。
守衛の隙を突いて牢屋を抜け出した。
途中で追手がやってきて、体が切り刻まれた。
それでも必死に走り、リオンは逃げ延びた。
リオンが逃げ切れたのは、拷問によって耐性系のスキルがカンストしていたおかげだ。
スキルで防御力が上乗せされ、際どいところでも踏ん張ることが出来た。
拷問を受け続けている間、リオンは延々と自分がヴァンパイアであることを呪い続けた。
自分の二度目の命を否定し続けた。
神を恨み続けた。
『なんで俺を、こんな種族に転生させたんだよ!!』
『俺は、こんなに苦しい目に遭いたくなかった』
『こんな苦しい目に遭うくらいなら、死んだ方がマシだった!!』
自分を苛むヴァンパイアの体が、どうしようもなく憎かった。
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