第44話 不器用な彼の本気の決意

 表情を暗くしたリオンを見て、アルトは口の中で舌打ちをした。


 想像できる。分かってあげられる。

 そんなのは嘘だ。


 実際に体験した人間じゃないと、理解なんてできない。

 ハンナを失ったアルトの苦悩が、誰にも伝わらなかったように……。

 だからこそ、アルトは自分に苛立った。


(なにも分からなかった)

(なにも分かっていないことを、分かろうともしなかった)


 壁まで歩き、思い切り壁を殴りつける。

 拳の皮がすり切れて血が溢れてくる。


 痛みは生きてる証じゃない。

 痛みは、死ねない呪いだ。


「モブ男さんはなにになりたいですか? 勇者? それとも人間?」

「……どうしたんだよ突然?」

「答えてください」


 有無を言わせぬアルトの口調は、人が変わったかのようだった。


(この威厳……子どものもんじゃねぇぞ、おい……)


 重苦しい雰囲気に、リオンは生唾を飲む。


「そ、そうだな。折角勇者の職業に就いてるんだし、勇者になりたいな」

「そうですか。ではこの訓練は修了します。もう二度と僕に近づかないでください」


 なにを言われたのか分からず、リオンはぽかんとした。

 しかし理解が進むと、途端にカッと頭が熱くなった。


「ちょっと、どういうことだよ!?」

「だってアナタはもう立派に、フォルテルニアの勇者じゃないですか。スキルボードの職業欄に勇者が表示されてるってことは、神がアナタを勇者だと認めたっていうことです。アナタはもう、勇者なんですよ。だから、僕が教えられることは何一つありません」

「いや、でも俺、戦えないし」

「勇者だからって戦う必要はありませんよ」

「はぁ!? 勇者は悪を討つもんだろ!? だったら戦う力が必要だろ!」

「それは、誰が決めたんですか?」

「それは……」


 アルトの質問に、リオンは答えられなかった。

 フォルテルニアの勇者像は、日本の勇者とそっくりだった。


 いずれの世界でも、勇者は悪を倒す存在だった。

 だから、誰が決めたかと問われてもわからない。


 依然として、アルトは真剣な顔つきをしている。

 茶化そうとする雰囲気はどこにもない。


 逆にリオンの方が、冷え切ってしまった雰囲気を茶化そうとしていた。


『なし! 今のなし!』


 そう口に出来ればどれほど良いか。

 しかし、そうできない雰囲気を、アルトは放っている。


「し、知らねぇよ」

「ええ、僕も知りません。けど――」


 人差し指を立てて、アルトが口を開いた。


「モブ男さんは勇者に必要なものを――とても大切なものを忘れています」

「……なんだよ? 何を忘れてるっていうんだよ」


「勇者とは、願ったものをすべて手に入れる人なんです。大切な人を救いたい気持ちと、世界を救いたい気持ちを天秤に掛けられても、そのどちらかを見捨てることなく、どちらも救ってみせる。それが、僕らがイメージする勇者像じゃないですか?」


 アルトが一度言葉を句切り、にやりと笑った。


「僕らがイメージする勇者って、実は強欲なんですよ?」


 アルトの言葉に、リオンは強い衝撃を受けた。


 一見、滅茶苦茶なことを言ってるように感じられる。

 だが、何故か真理を突いている気がするのだ。


(……なにか、理解出来た気がする)


 けれど、リオンはそれを上手く言語化出来ずにいた。


「モブ男さんは、勇者になるか人間になるか選べと言われて、勇者だけを選びましたよね」

「…………あっ」


 ――そうだ。


 自分が何を理解したかが分かった瞬間、いままでにないほど熱い吐息が漏れた。


 その吐息を聞いたアルトが、柔らかい笑みを浮かべた。

 もう分かっただろう? と……。


「もう一度聞きます。勇者になるか、人間になるか。どちらを選びますか?」


「もちろん、全部だ! いいぜ、選んでやろうじゃないか!! 俺は人間で、勇者で、俳優で歌手で、スーパースターでクールヴァンパイアの王になる! 後宮に美少女を何人も侍らせて、何万年も生きてやるんだ!!」

「なんかよくわからない言葉が混ざってますけど……ちょっと盛りすぎでは?」


「うっせぇ! 全部やってやるんだよ! 俺は決めたぜ。全部を手に入れるために、全部を受け入れるって……」


 リオンは己に親指を向ける。

 未来への恐れを心に隠し、不敵な笑みを務めて浮かべる。


「だから教えろよ。この力(ヴァンプ)の使い方を!」

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