第42話 不器用すぎて戦えない
ヴァンパイアの戦闘法は、人間とは大きく異なっている。
まず攻撃手段。主力は爪になる。
熟練が上がれば爪の威力が上がるし、折れてもヴァンパイアの再生能力ですぐに元通りになる。
アルトはこれが素晴らしい武器だと思うのだが、リオンは不服のようだ。
またヴァンパイアは、精神攻撃魔術が得意な種族でもある。
にも拘わらず、リオンは1701年も生きていて《魔力操作》すら取得していない。
これは〝自称〟格好良い物理手段に頼ってきた結果だろう。
いずれこの欠点を克服するとしても、一朝一夕にはいかないはずだ。
長年培われた感覚を壊して、再構築するのはなかなか難儀するものなのだ。
これらを鑑みて、アルトは方針を策定する。
「体力の多さを生かすために盾を持ちましょう。主力武器ですが、武器が破損した場合の切り札になりますので、爪を使えるレベルにします。
《魔力操作》の訓練は常に行うように。ヴァンパイアにとって精神攻撃は最大の魔術です。ちゃんと使いこなせるようになりましょう」
どの熟練をどうやって伸ばしていくか。アルトは熟練上げ流れについて、細かくリオンに指導していく。
それが終わると、アルトはリオンに熟練上げを命じて1人地上に戻った。
彼は体力が非常に高い。おまけに回復力も相当だ。どれほど滅多打ちにあっても、死にはしないだろうと高をくくる。
最低限〈グレイブ〉を設置しているので、多少魔物が現れても大丈夫だ。
……大丈夫なはずだ。
いや、普通なら大丈夫なのだが、残してきたのはマギカではなくリオンである。
(不安だ……)
地上で買い物をし、全力でリオンのいる場所まで迷宮を駆け抜け――ガブガブとシャドウストーカーの餌になっていたリオンを、間一髪で救い出す。
「ぐえぇ。死ぬかと思ったぁ……」
「なんで出ないでって言った範囲から出たんですか……」
「師匠が帰って来るまでに、魔物をいっぱい倒して驚かせてやりたかったんだよ!」
やる気は分かるけど、戦えないのに無理はしないで貰いたい。
「その馬鹿みたいに高い体力が無ければ死んでましたよ?」
ため息一つついて、アルトは店で購入してきた(安物の)長剣をリオンに渡した。
爪攻撃があるとはいえ、熟練が上がるまでは魔物にダメージが通らない。
なのでひとまずダメージが通るであろう武器で攻撃してもらう。
長剣を渡されたリオンは、その扱いに何故か四苦八苦している。
筋力が平均以上あるのに、長剣を持つとヨレヨレになってしまうのだ。
筋力だけではない。敏捷力・魔力は平均以上。精神力は異常。体力は化け物と来ている。
その怪物みたいな肉体性能に、彼は振り回されていた。
力の入れ方が違う。
扱える力が大きいため、動きがオーバーになる。
動きすぎて大きな隙が生まれる。
その隙にガブガブされる。
これが大体彼のパターンだった。
「全力で戦おうとしないでください。モブ男さんなら十分、肩の力を抜いても倒せますから」
アルトの感覚的に、平均ステータスが300程あれば50階の魔物と戦える。
平均ステータスが400程もあれば、無傷で勝利出来るレベルだ。
リオンはその必要スペックを、知力以外は超えている。
必ず1対1の状況を生み出せば、手傷を負うことはないはずなのだ。
だが、リオンはぼろぼろだった。
爪で抉られ、反撃の剣は当たらず、ただただ翻弄される。
相手の攻撃は見えているのに、攻撃が当たらないことでやや動きが乱暴になっている。
そこをアルトが矯正し、的確に指示を与えていく。
(自分だったらもっとスマートに攻撃を当てられるのになあ)
(あの反撃は簡単に回避できるのに!)
(なんで攻撃を食らうんだ?)
アルトに残された時間は、多いようで少ない。
こうしているあいだにも、リミットは刻一刻と近づいている。
(なのに、どうして僕はリオンのために、貴重な時間を割かなきゃいけないんだ!)
あまりにも不器用な立ち回りに、だんだんと苛立ちが募っていく。
リオンの訓練を見守りながら行う熟練上げも、いつになくムダにマナが費やされている。
足が地面にめり込み、頭の上を飛び交う光弾が激しさを増す。
「…………あ、あのさ」
「はい」
「魔物、いなくなっちゃったんだけど。全然来ないんだけど、魔物……」
「そうですね。どこ行ったんでしょうねぇ」
「おまえが怖すぎるんだよ! なんだよその魔術!? 魔物が怯えて逃げちゃっただろ!!」
はっと気づき、アルトは《魔力操作》を止めた。
途端に、頭上を超高速で飛び交っていた1メートル大の無数の光弾が、音もなく消失した。
「…………な、なんだよ?」
「無駄が多すぎます」
「し、仕方ないだろ! 俺はいままで、戦った経験がほとんどないんだぜ?」
「わかりますよ。けれど、モブ男さんのそれは戦闘に慣れてないんじゃありません。たぶん、ヴァンパイアの体に慣れてないんです」
彼は真面目にやっていた。それも、アルトの指導に口答えすることなく、必至に戦っていた。
アルトも、初めから器用だったわけではない。
前世で冒険者になりたての頃は、とんでもなく不器用だった。
今世で初めから上手く立ち回れているのは、前世で試行錯誤した経験があるからだ。
人間誰しも、初めは上手く行かなくて当然なのだ。
だから、不器用な彼を怒るのはお門違いだ。
お門違いなのだが、アルトの腹の虫は収まらない。
リオンのような能力を、これまでアルトはどれほど欲して来たか。
☆4の【存在力】がアルトに備わっていれば、あの魔術師を確実に打倒出来るかもしれないのだ。
欲しくても得られない力が目の前で、無駄に振われ、ミスをする。
(もったいない)
(その力、僕ならもっとうまく使えるのに!)
(上手く使って、ハンナを確実に助けることが出来るのに!!)
高い性能の体に振り回されるレオンの姿に、アルトは怒りを堪えることが出来なかった。
「あなたは本当に1701歳なんですか?」
「そうだな」
「じゃあどうしてそこまで、ヴァンパイアの動きができないんですか? それじゃまるで――」
――人間からヴァンパイアに生まれ変わったかのようだ。
その言葉を口にする前に、アルトははたと気がついた。
(もしかしてリオンさんは……)
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