第85話 ハンナ育成計画4

 リオンが呟くとほぼ同時に、森の中からゴブリンが現われた。

 感覚が察知した通り、数は50。

 アルトとリオンが同時に剣を抜き、マギカが拳を構えた。


「一匹だけ残すように。これは一応、ハンナの訓練だから」

「了解」

「うい」


 瞬時に散開。

 アルトは1秒で5体の胴を真っ二つにし、マギカは4体をバラバラにする。

 残る41体のゴブリンが、一斉にリオンを付け狙う。


「なんでだよッ!?」

「「……」」


 まさかこんなに一度に狙らわれるとは思ってなかったのだろう。

 ゴブリン1体を葬り去り、「さすが勇者。クール!パーフェクト!!世界イチィィィ!!」と快哉を上げているところで、もみくちゃにされた。


「ま、まって痛い痛い!! ぎゃあああ! なんか背中刺されてるぅ!!」

「「…………」」


 ダメだこりゃ。

 アルトとマギカが、力無く首を振る。


(何故リオンの挑発はそこまで効くんだ?)


 恐るべき吸引力だ。

 このところ、彼の挑発効果にますます磨きかがかかっている。


「あの、助けた方が――」

「いやハンナ、リオンをよく見て」


 リオンは一切ダメージを食らっていない。

 ドラゴン並の体力と防御力に、ゴブリンでは擦り傷さえ付けられないのだ。


 その様子を見たハンナが、ハッと息を飲んだ。


「そんな! リオンさん、攻撃されてるのに喜んで――」

「ねえから!! 喜んでねえから!! 見てないで、さっさと助けろよ!」

「ええと……どうしましょう?」


 ハンナがアルトを見つめた。


 当然のように、アルトにはリオンを助ける気などさらさらない。

 その吸引力の高さに呆れてしまっているのもあるし、リオンが魔物に群がられているのを見ると、本当に楽しそうで邪魔するのが悪いなと思えてしまうのだ。


 イヤイヤ言いながらも、「なんて勇者チックなんだ!」と、己の防御力の高さに惚れ惚れしているに違いない。


「本人が叫び疲れるまでは放っておこうか……いや」


 突如、脳裡に妙案が浮かんだ。


「ハンナ。リオンを助けてあげて」

「ボボ、ボクじゃ無理です!」

「いや、たぶんあの状態になったら誰でも助けられるよ。なんせ、ドラゴンでさえ、僕らがどれほど攻撃をしても、リオンから視線を外そうとしなかったからね」

「そうなんですか!?」


《挑発》の効果から抜け出すためには、高い【知力】が必要だ。


 ドラゴンは、ゴブリンよりも【知力】が高い。

 そのドラゴンが、ヘイトを分散させなかったのだ。

 ゴブリン如き、一匹二匹攻撃したところで、ヘイトが外れることはないだろう。


「リオンさん。そのまま《挑発》を維持して下さい」

「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!」

「もしヘイトが外れたら、ハンナが死んじゃいますからね」

「それはだめぇぇぇぇ!!」

「そういうことだから。頑張って!」

「師匠のアホンダラァァァ!!」


 うわぁぁん、と泣き声を上げながらも、リオンは必死に《挑発》を持続させている。

 まさに勇者の鏡だ。


「あの…………本当に上手くいくでしょうか?」

「心配?」

「はい」

「じゃあ、ちょっと見てて」


 道ばた倒れている樹を拾い上げて、アルトはそれをゴブリンめがけて放り投げた。


 ――ボッ!


 樹は、数匹のゴブリンをなぎ倒した。

 倒されたゴブリンはまだ、ぎりぎり生きている。


 通常ならば、ゴブリンは攻撃に反応してアルトにヘイトを向ける。

 しかし、何故かゴブリン達はさらにいきり立って、リオンをより一層もみくちゃにした。


「ね? 攻撃すればするほど、何故かモブ男さんが憎くなるみたいなんだよ」

「すごいですね……。あ、リオンさんもそうですけど、アルトさんも。あの、倒れた木をそんなふうに投げつける人、初めて見ました」

「え? 樹は投げるものでしょ?」

「……ええと。十メートルくらいありましたけど」

「けど細いよ」

「重かったですよね?」

「軽いと攻撃にならないよ?」

「…………」

「変態になにを言っても無駄」


 言葉を返そうとしたハンナを、まるで1時間心臓マッサージを続けたあとの医者のような面持ちでマギカが止めた。


(たかが丸太を一本投げたからって、なんでそんな顔をされなきゃいけないんだ)


 アルトは僅かにぶすっとした。

 それはさておき、ハンナである。


「いまので、こちらに攻撃が向かないことはよくわかったね?」

「はい」

「できるね?」

「……はい」


 ハンナは自前の短剣を、恐る恐る抜いた。


(頑張れハンナ)


 アルトはハンナの背中を見守る。

 しかしやはり、前回と同様で、ゴブリンを前にいつまでたっても攻撃行動に移れない。


「ハンナ。そのままだとリオンが死んじゃうよ」

「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ!! ハンナ! 助けてハンナァァァ!!」

「あ、すみません。いま助けますから! もう少し頑張ってください!!」


(リオン、ナイスアシスト!)


 アルトは胸の内で快哉を上げた。

 リオンのいまの台詞は非常に良かった。


 彼の救いの声を聞いて、ハンナの目つきが明らかに変った。


 短剣を握る手には力がこもり、闘気もしっかり感じられる。


 ハンナは短剣を振りかぶり、不器用な手つきで一閃した。

 しかし目を瞑ってしまったせいで、攻撃はゴブリンの背中を浅く裂いただけに終わった。


 ゴブリンの傷口を見たハンナの顔から、血の気が失せた。


「ハンナ、大丈夫!」


 すかさずアルトは声をかける。


「ゴブリンは一切ハンナを見てない。だから落ち着いて。もう一度」


 アルトの声で、ハンナの顔に生気が少しだけ戻った。

 彼女が2度、3度と攻撃を繰り出す。

 いまだその瞼は開かれず、攻撃も弱い。

 だが、着実に筋は良くなっている。


(このまま行くか……それとも……)


 アルトは祈るように、ハンナの攻撃を見守るのだった。

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