第84話 ハンナ育成計画3

 学校の授業は、出欠が自由である。

 それは貴族の子息子女が、家の都合で授業に出られないことが多いからだ。

 出席の規定があれば、ほとんどの高位貴族は学校を卒業出来なくなってしまう。


 さておき、アルトたちはずる休みを行い、ユーフォニア近郊の森へと向かった。

 首都から森まで片道五時間はかかるため、トレーニングは泊まりがけで行う。


(前世もそうだったけど、ハンナは両親になんて説明して外泊許可を貰ったんだろう?)


 公爵家令嬢が、どのようにして外泊許可を貰うのか?

 気になりはするが、アルトが必要なのは結果である。

 ハンナが森まで赴けるならば、家の事情は二の次だ。


 アルトはペースを考えずにずんずんと進む。

 レベルが高いマギカとリオンは、ペースを乱さずついてくる。

 一方体力が低いハンナは、ついてくるのがやっとの様子だった。


 息が上がり、ふらふらになり、倒れそうになった頃を見計らって休憩を入れる。

 そうすることで基礎体力を養っていく。


 ハンナもアルトの狙いがわかっているようで、一言も文句を口にしない。


 夜になったら天幕を張り、たき火を囲んで寝るまでハンナと様々な話をした。

 自分の生い立ちとか、なにを見て育ったかとか。好きな食べ物、嫌いな教科、笑ったこと、泣いたこと。

 ひとつきっかけを与えただけで、アルトもハンナも、それこそ湯水のごとく話したいことが溢れ出した。


 本当は、仲良くなるつもりなんてなかった。

 どうせ別れてしまうのだから、辛い別れが待っているのだから、この先辛い思いをするくらいなら、出会わない方が良いと思っていた。


 けれど一度友誼を結んでしまうと、アルトは自分の思いを抑えることが出来なかった。

 本当は、ハンナと話がしたかった。

 ハンナと、仲良くなりたかった。


 もっと伝えたい。もっと話していたい。

 けれど時間には限りがある。

 体力だって、無限じゃない。


 肉体的に限界だったのだろう。

 休憩に入って緊張の糸が切れたハンナは、うつらうつら舟をこぎ始めた。


 会話が途切れ、辺りを静寂が満たした。

 そんな中、アルトの耳はずっと、ハンナの小さな息づかいを捉えていた。


(まだ、生きている……)


 それを思うだけで、アルトは心底安堵した。

 フォルテルニアで生きたアルトにとって、このときが最も幸福な時間だった。


 それから休憩を二度挟んで、アルトたちは魔物が生息する森までやってきた。




「簡単に説明すると、魔物寄せのアイテムを使って魔物をおびき寄せる。それを僕らが一緒に退治する」

「ずいぶんと簡単なミッションだな! 相手は俺好みの強敵じゃないけど、まあ、そこは勘弁してやろう」


 ハンナに説明しているのに、何故か反応を示すリオン。


「……ところで、なんでモブ男さん達も参加するつもりなんですか?」


 この辺りの魔物は弱すぎて、レベルも熟練も上がらないはずだ。

 リオンが戦う意味はほとんどない。


「遠くで見てても良いんですよ」

「えっ、いや、俺らも参加した方が良いだろ」

「アルトだけじゃ、心配」


 リオンだけでなくマギカまで参加するつもりのようだ。

 ゴブリン退治をするには、あまりにオーバースペックなパーティだ。


「心配ってなんですか? あらかじめギルドで確認しましたけど、ここにはゴブリンしか生息していません。僕がゴブリンに負けるように思えますか?」

「ううん。そうじゃない」

「ああ。心配してるのは師匠じゃなくてハンナだよ。師匠が暴走したら……可哀想だろ」


 リオンが二の腕をさすりながら体を震わせた。


(なんだその反応は……)


「なぜモブ男さんが怯えてるんですか」

「おまえ、俺にしたこと覚えてないのか!? キノトグリスの迷宮で俺を置き去りにしようとしただろ!!」

「してませんから!」


 件の状況は、先にリオンが魔物に突っ込んだのだ。

 そして魔物にもみくちゃにされたリオンが、どんどん奥に押し流されて行った。

 アルトは決して、置き去りにしたわけではない。無実である。


「というわけで、ハンナ。この男には十分注意しろよ。さもないと、命がいくつあっても足りないからな」


 リオンの鋭い目つきがアルトに突き刺さる。

 おまけにルゥまで、アルトを責めるようにゆらゆら動いている。


(何故だ……)


「アルト」


 マギカが近づいて、アルトの耳に口を寄せる。

 まさか耳元で罵倒されるんじゃ? 思わず身構える。


「誰かいる」

「…………そうだね。でも大丈夫だと思うよ」

「一応、警戒しとく」

「うん、お願い」


 アルトとマギカの会話に交じれないのが寂しいのか、あるいは糾弾がスルーされたのが悔しいのか、リオンが怒哀が入り交じったような妙な顔つきになった。

 関わるとなかなか本題に戻れないので、無視をする。


「それじゃいきますよ」


 アルトが魔物寄せのお香をセットした。


「仲間は仲間を守るものだ。ルゥ。もしなにかあったらハンナを守ってあげてね」

「(ガッテン了解だよ!)」


 ルゥがひょんと頭を上下に大きく揺らす。


 それを見てから、アルトはお香に火を付けた。

 お香から、ゆらゆらと紫色の煙が舞い上がる。

 それを眺めながら、アルトは決意を固める。


(今回は、前世と同じ失敗はしない)

(ハンナには、指一本触れさせない!)


 しばらくすると、辺りの魔物の気配が濃くなった。

 気配察知で判断できる数は50。前世とほぼ同じ数だ。

 アルトはその気配の一つ一つを入念にチェックし、強い敵が混ざっていないことを確認する。


「来たぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る