第83話 ハンナ育成計画2

「しゅみましぇん……」


 ハンナが涙目になりながら指先をモジモジと動かした。


 長期間訓練を行えば、レベルは自然と上昇する。

 勿論、自然上昇するための条件はある。

 体がある程度成長していることだ。


 具体的には8歳から10歳の間に体の基本が出来上がり、訓練によってレベルが上がるようになると言われている。

 それまでは、肉体を作り替えるためのエネルギーに変換されるのだ。


 アルトのレベルがゴブリン戦まで自然に上がっていなかったのは、レベルアップのためのエネルギーが、肉体を作り替えるために用いられたためだ。

(おかげで魔力がずば抜けて高くなった)


 さておき、ハンナのステータスに驚いているのはマギカも同じだった。

『わたし興味あります!』と言わんばかりに、耳の先が絶えずハンナに傾いている。


「まあ、レベルが1なのはわかった。だが、なんでこの程度で家庭教師に匙を投げられるんだ? ぶっちゃけ、天才って言ってもいいレベルだろ」


 アルトは首を傾ける。

 ハンナはレベルが1だが、存在力が☆4と非常に高い。

 鍛えれば強くなる可能性はある。だがそれだけで天才と言いきってしまうのはやや強引だ。


「天才は、少し言い過ぎでは?」

「だってそうだろ。天賦が空白ってことは、生き方が天賦(かみさま)に縛られてねぇってことだろ」

「……縛り、ですか?」

「ああ。天賦があるせいで、端っから自分に出来ることが決まってるだろ。向いてることが分かるってのは効率的で良いんだけどよ、本当はやりたいことがあるのに、天賦が向いてねぇからって諦めることだってあるんじゃねぇか?

 それってなんか、天賦に生き方を強制されてるみたいじゃねえか。

 だからよ、天賦がねぇと、やりたいことを自分で選べるだろ。未来を、すべて自分の手で選べるんだよ」

「……あー、なるほど」


 アルトは思わず膝を叩いた。

 これまでアルトは、天賦に縛られていると感じたことはなかった。

 むしろ、天賦は自分が生きて行く指標であり、より良く生きるためのものだと思っていた。


 しかし、リオンは天賦を縛りだと言った。

 その考え方に、アルトの目から鱗が落ちた。


(きっと、異世界から転生してきたからこそ、そう感じるんだろうなあ)

(フォルテルニアの人にはない考え方だ)


「あ、ありがとうございます。今までそう言ってもらったこと、なかったから」


 あまり褒め慣れてないのだろう。

 ハンナが照れくさそうに頬を掻いた。


「まっ、なんにせよ、まずはレベル上げだな」

「そうですね」


 レベル上げの方針には間違いない。

 だが、それだけでは前回同様だ。

 前回と同じように進めれば、二の轍を踏んでしまう。


「さてっ」

「――っ!?」


 アルトはおもむろに自分の鞄を開いた。

 その中身を見てハンナが息を飲んだ。


 鞄の中には、さも当然のようにルゥがいた。

 ここは学校で、他の人に見つかったらまずいから宿で待機しててね、とよくよく言いつけていたのに。

 見つからなければ問題ない、とでもいうみたいにこっそり鞄に忍び込むニクイ奴。

 アルトは初めから《気配察知》で気付いていたが、害が無いため放っておいた。


 ぷるぷる、ぼくいいスライムだよ! とでも言うみたいに必死に媚びるが、アルトはお構いなしにルゥをわしづかみにした。


 乱暴はやめて!ともきゅもきゅ動くルゥを、ハンナめがけて放り投げる。


「わ! わわ!?」


 ルゥを手にしたハンナが、なんだかよく分からないけどとりあえず、という風にルゥを抱えた。

 正面から見て、裏返して、じぃっと眺める。


 そんなところまで見ちゃいやぁん、とルゥが恥ずかしそうにお尻をプリプリ揺さぶった。


(そんなところで、どこだよ……)


「これ、なんですか?」

「スライム」

「す――ひょぅ!?」

「大丈夫大丈夫。悪いスライムじゃないから」


 慌てて放り投げそうになるハンナを必死に止める。


「それルゥって言って、僕の友達なんだ」

「でも、魔物、なんですよね?」

「まあ、そうだね。けど悪い魔物って感じ、する?」

「…………」


 プルプルと振えるルゥを見て、そのなにかがハンナの琴線に触れたようだ。

 しばしルゥを眺めたあと、ハンナは小動物を慈しむようになで始めた。

 完全にルゥの虜である。


「これから森に行って魔物を退治しようと思う。その間、ハンナはルゥを守っててほしい」

「え? あ、うん。けど、ルゥさんって、スライムなんですよね?」

「そうだね」

「ボクよりも強いんじゃないですか?」

「うーん。鳥についばまれただけで死ぬんじゃないかな?」


 戦闘に参加することはまずないし、ステータスも確認出来ないため、ルゥの強さはわからない。

 ただ――、


「強そうに見える?」

「いえ…………」


 尋ねると、ハンナの言葉が詰まった。

 それもそうだろう。どこからどう見ても、ルゥは強そうには見えない。


 そんな弱いルゥにゴブリンの魔の手が!

 マズイ! そう思ったハンナがルゥを助けるために剣を振るう。

 そして初めて、ハンナはゴブリンを倒したのである!

 名付けて、ルゥを生け贄にしてハンナを育てよう大作戦!!(仮)


(これなら上手くいくだろう)


 そう、アルトは確信し、首都郊外の森へと向かう。

 まさかこの作戦が失敗するとは、夢にも思わずに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る