第82話 ハンナ育成計画1

 ハンナの実力を見るために、アルトはまず素振りを見せてもらった。


「せ、せいっ!」


 手つきがかなり不器用だ。

 速度はないし、手首が硬い。

 刃も立っていない。


 あれでは魔物に接触したときに、刃が滑ってダメージが通らない。

 下手をすれば逆に手首を怪我しそうだ。


(短剣の熟練は、多くて5といったところかな)

(さて、どうする?)


 考えるアルトの脳内から、ハンナと友誼を結ばないという当初の目標は既に消えている。

 現在は、ハンナを強くするためにはどうすれば良いか? しか頭になかった。


 無理もない。

 好きな女の子から、自身の力を請われたのだ。

 全力でその願いに応えたいと思うのが男というものである。


 訓練方法を考えたアルトは、ハンナを街の外に連れ出すことにした。

 やはり強くなるには実践が一番だ。


 早速アルトはユーフォニア近くの森へとハンナを連れ出した。

 この辺りには強い魔物は生息していない。

 もし強い魔物が現れてもアルトが対処すれば問題ない。


「それじゃあ、魔物を呼ぶね」


 ハンナに断りを入れてから、アルトは魔物寄せのお香を焚いて魔物を呼び寄せる。


 お香を焚くと、森の中からぞろぞろと魔物が現れた。

 数は全部で50ほどだ。

 現われた魔物は、醜悪な顔をした土気色の人形――ゴブリンばかりだった。


 醜悪な見た目とは裏腹に、一匹一匹の戦闘力は低い。

 初心者御用達の魔物である。


「ひっ……」


 現れたゴブリンたちを見て、ハンナが小さく悲鳴を上げた。

 腰が完全に引けていて、足がガクガクと震えている。


 魔物は弱い者から狙う。

 ゴブリンたちはアルトを無視し、一斉にハンナに狙いを定めた。


「あ、アルトくん!?」

「大丈夫。ハンナに一匹送るから、それ以外は全部任せて」


 現れた魔物の実に多い。

 だがこの程度の数ならば、いくらでも対処出来る。


 アルトは各魔術を発動し、ゴブリンを最後の1匹まで間引いた。


 これで、1対1の状況が出来た。

 しかし、ハンナがちっとも動かない。

 初めての戦闘に、緊張しているのだ。


 このままでは不味い。

 アルトは声を上げる。


「ハンナ。ゴブリンは冷静に対処すれば勝てる相手だよ!」

「む、無理だよぅ」


 ハンナが今にも泣きそうな声を上げた。

 ゴブリンを相手に、彼女は防戦一方になってしまっている。


 そうなっているのは、ゴブリンが強いからではない。

 アルトが言った通り、ゴブリンは冷静に対処すれば勝てる相手だ。


 特にハンナのように、ある程度稽古を積み、武具を装備した状態であれば、負ける方が難しい。


 なのに抑え込まれているのは、ゴブリンを必要以上に怖れているからだ。


 無理もない。

 ハンナは人生で初めての実践なのだ。


 稽古と実践は違う。

 どれほど稽古を積んでも、実践では恐怖を感じる。

 実践の恐怖は、実践を積んで払拭するものなのだ。


 だから、アルトは心を鬼にしてハンナを叱咤する。


「戦わないと、強くなれないよ!」

「でも……でも……」

「ただ短剣を当てるだけ、訓練と同じ動きをするだけだよ。心を空にするんだ! なにも考えずに、体だけを動かそう!」


 おそらくハンナは、いざとなればアルトが助けてくれると思っている。

 隙を見て、ちらちらとアルトの様子を伺っているのがその証左だ。


(それだけの余裕があるなら、絶対にゴブリンには負けないのに……)


 だから、アルトは絶対に手を出さないと心に決める。

 なにがあっても……。


 そして、その判断が大きな間違いだったと気づく。


 ゴブリンとの戦闘で、ハンナが大けがをしてしまったのだ……。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 アルトは前世で、ハンナに大けがを負わせてしまった。

 それは彼女を無理に戦わせた上、大切なフォローさえしなかったせいだ。


(ああならないように気をつけないと……)


 今となっては無謀だとわかるけれど、当時はあれが無謀だとは思わなかった。

 絶対に正しいやり方だって、疑いもしなかった。

 たぶんそれを、ひとは『若さ』と言うのだろう。


 さておき、過去の失敗を踏まえ、アルトは対策を立て直す。


 ハンナの命を救うことは当然、最も大切なことだ。

 だがハンナを強くすることも、アルトにとっては大事だった。


 なぜなら彼女は己の力について悩んでいるからだ。

 その悩みを、少しでも軽くしたかった。


 今世では、決して思いは伝えない。

 だからその代わりに、彼女の願いだけは、正しく叶えてあげたかった。

 それが今のアルトが出来る、最大の愛情表現なのだ。



【名前】ハンナ  【Lv】1

【天賦】――   【存在力】☆☆☆☆



「マジポン?」


 リオンが目を丸くした。

 ハンナから飛び抜けた身体能力や特殊なスキルを教えられたわけではない。

 にも拘わらず、リオンが驚いた理由はレベルと、もう一つ。


「レベル1って嘘だろ? 本当は3とか4じゃないのか?」

「レベルは、間違いなく1デス」

「それに天賦が無いってどういうことだよ……」

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