第220話 最初の試練

 ……もしこれが魔法ならば。

 そう思い、アルトはステータスを表示してログを確認する。


『概念耐性を獲得しました』

『概念耐性が上がりました』

『概念耐性が上がりました』

『概念耐性が上がりました』

『概念耐性が上がりました』


 ログに現われた文字を見てアルトは目を剥いた。


「あのシズカさん。一つ伺いますが――」

「なんや!?」


 あー。

 自分の術が抵抗されてることに、相当苛立っているご様子。

 だがアルトは勇気を振り絞って訊ねる。


「シズカさんが使っているのって、もしかして魔法ですか?」

「せやで! ……は? なんでそれがわかったん!?」

「概念耐性というものが――」

「あんたぁ!概念耐性があったん!?」

「いえ、いま耐性を獲得しました」

「なんでや!?」


 うがー!! とシズカは袖を振り上げて頭を抱えた。

 その勢いで、彼女の女性らしい部分が揺れる揺れる。


「魔法が使える人って、現代にもいらっしゃったんですね。神だけかと思ってました」

「せやろせやろ!? ウチはすごいんやで! ……なのになんであんたには効かへんのや!? ウチのは真名を口にして、命令するだけで発動する概念なんやで!?」


 ああ、自分でネタばらしちゃった……。

 いやネタばらししても対応できるものじゃないんだけど。

 魔法とはそういうものだ。


 魔術とは決定的に違う。

 人間の技術では到達しえない、魔術の極地。

 概念、あるいは現象。

 ――〝世界〟と言い換えてもいい。


「あの……。その真名というのは?」

「両親につけられた名前のことや!」


 どうも、怒るとテンションが高くなる人物らしい。

 イントネーションや小さなニュアンスは違うが、冷静なときの京都弁も、怒っているときの大阪弁もまずまず使いこなしている。


 この方言は、やはり転生人が輸入したものなのだろう。

 それが現代の、フォルテルニア語でも表現されているなんて。

 故人の熱意には頭が下がる。


「なに考えてんねん!?」

「すみません。その……名前はどうやって調べるんですか? それも魔法ですか?」

「ちゃうわ。ステータスブレスレットには魔術が組み込まれてるやろ? それをウチの〈魔術看破〉で覗き見するんや」

「へぇ……なるほど」


〈魔術看破〉でそんなことが出来るとは。

 さすがは魔法を使える現人神だけはある。

 すかさず試してみたが、リオンもマギカもステータスが覗き見られない。

 どうやら一朝一夕に真似出来るものではないらしい。

 出来たところで何の役にも立たないのだが……。


「つまり、リオンの名前はステータスブレスレットを覗き見したからわかったんですね」

「せやで? せやから、あんたの名前もちゃあんと判っとるんやで? アルト、命令や! ウチの靴に口づけしぃ!」


 ……あ、ちょっと良いかも。


「やっぱ辞め辞め! アカン。あんた目がアカン!!」


 っち。


「というか、ボクのブレスレットを覗き見しても〝真名〟は見えませんよ?」

「なんでや!?」

「これに登録してある名前は、両親からもらった名前とは少し違っていまして」

「おま……」


 シズカは口をぱくぱくさせて顔を白くする。

 だがそこにすぐに朱が混じった。


「アホちゃうか!? 両親からもろた名前を、なんで棄てたん!? あんさんには人情ってもんがあらへんのか!? 血ぃも涙もないんかい!?」

「いえ……あの……」

「一体両親がどんな思いで、どれほど考えてあんさんに名前を付けたかわからんのかッ!」

「なんかすみません……」

「はっ! まさかあんた、ウチがこの魔法が使えると知って偽名を……」


 いやいや。


「この名前は――いろいろあって指名手配されていたので、同じ名前なんですけど、綴りを換えているんですよ。なので、両親から貰った名前(綴り)とは違っていまして……」


 そもそもシズカに出逢うとも、シズカが魔法を使うともわからない状況で、名前を変更すれば魔法が効かない、なんて考えられるはずがない。


「……そういえば師匠、アヌトリアでブレスレットを再購入してたな。なるほど、名前を変えたのはそのときか」

「ええ、まあ、そうですね」


 教皇庁指定危険因子となったアルトは、なるべく自らの足が付かないようにと、綴りを一部変更していた。

 とはいえ、この程度のことで追跡を逃れられるとは思っていなかったが。

(実際に、ヴェルやオリアスはアルトを見つけた)


「んん。まぁ、しゃあないな。3人のうち1人だけやけど、ウチの魔法を乗り越えられたわけやし――」


 あ、口調が戻った。


「ひとまずキツゥい修行は堪忍したるさかい。資格もあるようやしね。良かったなぁ、マギカ」

「ありがとうございます」


 魔法の効果が解けたのか、リオンとマギカはやっと頭を上げた。

 しかし、かなり拘束力の強い魔法だったのだろう。共に額に赤い跡が付いている。


「ぐふ! なんだよそれ!? マギカのおでこ真っ赤になってんの! プーックスクス!」

「リオンも――」

「え? なぁにぃ?」


 マギカが指摘する前に、毒キノコでもでも食べたみたいに笑い転げているリオンの額が急速に治癒。赤い跡は影も形も無くなった。


「……汚い。さすが勇者汚い」

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